第1章 ノイエ

空を見上げる


 少年は大の字に寝そべったまま、ただ空を眺めていた。

 屑鉄平原は今日も薄い雲に覆われていた。晴れやかな陽光が差し込んでくる事など滅多になかったし、だからそうやって流れる薄雲を目で追いかけたところで、面白いことなど何もない。

 ホバーサイクルで走行中に派手に転倒して、したたかに背中を打ち据えたのでなければ、何も好き好んでそうしたいわけではなかった。

 はたから見れば滑稽に見えたかもしれないが当人としては笑いごとでもなく、苦笑いを浮かべたところでそれを見ているものもそれこそ誰もいない。ふてくされて大の字になって、しばし空をじっと眺めていた。

 曇り空に薄ぼんやりと照りつける太陽を掴み取ろうとでもいうかのように、ゆっくりと右手を伸ばし、握ったり開いたりを繰り返してみる。

 よし、大丈夫――そんな風に、少年はそっと呟くのだった。

 そんな風に声を押し殺さずとも、そこは屑鉄平原のまっただ中、少年の他に誰の影さえも見えなかった。

 傾いた日が屑鉄平原を真っ赤に染め上げるにはまだもう少し猶予があっただろうか。どのみちいつまでもそうしているわけにもいかない。帰りが遅くなれば少年の雇い主であるエル・グランは少なからず機嫌を損ねるだろう。

 横転したホバーサイクルが無事かどうかもまだ確かめていない。いい加減立ち上がってその場を後にしたいが、なかなかそうする気にもなれずにいた。

 どれほどそうしていただろうか。見上げていた彼方の空に、少年は何かを見た。

 それは間違いなく、空を飛んでいた。

 だが屑鉄平原のこちら側――ハイシティ側では、鳥のたぐいを見かける事はほとんど無い。マゼラヴィルから屑鉄平原を越えてこちら側、そこに廃材回収業者達の街ハイシティはあって……そこからさらに向こう側には、ただ自由国境地帯が広がるばかりである。国境と言ってもそこは生き物の踏み入ることの出来ない汚染地帯であり、ゆえに国境を引く意味などないからこそ自由国境地帯と呼ばれているのだった。そんな土地と目と鼻の先であることを生き物たちも本能的に知っているのだろう、屑鉄平原でもマゼラヴィルに近い辺りはカラスか何かのねぐらになっていたりもするが、ハイシティ側にはそれすら寄りつかないのである。

 そもそも、少年が見ているそれは、本当に鳥だったのだろうか。鳥というには多少大きすぎるのではないだろうか。

 そもそも、ふらふらとした危なっかしい飛び方は、機械であれば故障していたし、生き物であるのなら傷ついているに違いなかった。その上で、その飛行物体は、何物かにあとを追われていたのだった。

 その飛行物体の後ろを付いてくるように、小さな飛行物体がまとわりついているのが、少年のいる地上からも見て取れた。それはやがて大きい方の飛行物体に追いついたかと思うと……両者もつれ合うようにしながら、少年の見ている前でみるみる高度を落とし、やがて地面に墜落していったのである。

「――!」

 少年は半身を起こし、その飛行物体が落下した辺りを凝視していた。

 一体、何が起こっているというのか。

 遠くから見ているだけの少年に、委細など分かるはずもない。一つ言えるのは、その墜落地点は少年が今いるこの場所から、さほど距離のある場所ではない、という事だった。

 こうしてはいられない、と少年は慌ててその場から立ち上がり、ホバーサイクルの車体を起こす。転倒時にどこかぶつけて壊したりしていなければいいけど、と祈る気持ちで始動レバーを回すと、低いうなり声と共に小型ジェネレータは再起動するのだった。

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