ホワイトアウト・シティ
芦田直人
プロローグ
プロローグ
屑鉄平原、と人は呼ぶ。
誰が言い始めたのかは知らないが、その呼び名の通りそこは見渡す限り一面、瓦礫と廃材で覆われた土地だった。
地平線の彼方までもが、ありとあらゆる屑鉄やがらくたで覆い尽くされていた。錆びてへし折れた鋼材、動かなくなって遺棄されたままの機械の残骸、その他諸々の廃材やら瓦礫やら……でこぼことした起伏も、元々の地面の隆起なのか、そういったがらくたの堆積によるものなのか、掘り崩してみないことには何とも言えなかった。土地には昔から屑鉄拾いを生業とする者が多くいて、そんな誰かがいつかそこを掘り返す日も、いつかは来るのかも知れなかったけれど。
ともあれ……そんな最果ての土地ですら、彼女はあくまでも異邦人に過ぎなかった。
無理もないだろう。そのような異形の者を、一体誰が受け入れてくれるというのか。
彼女は背中に生えた羽根をめいっぱいに広げようとする。だがそれはすっかり破れ果て、何枚かはちぎれてしまい、まともに残っているのは右に一枚、左に二枚……こんな状態でここから空へと飛び立てるかどうかは分からなかった。
……そう言えば、あの子は今頃どの辺りを歩いているのだろう。
誰にも受け入れられぬ異形の彼女の、ただ一人の同行者。彼女がこの土地の片隅で息絶えつつあるこの日まで、彼女とともにずっと長い長い逃亡の旅に付き合ってくれた大事な仲間。
本来ならば、あの子を囮にして自分がうまく逃げおおせてもよかったのだ。そういう損な役回りを、あの子は今まで何も言わず黙って引き受けてきたのだから。けれど彼女にしても、その同行者にしても、どうせ二人とも先の長い身とは言えなかった。だったら最後ぐらい、逆にあの子のために、自分の方が囮になってもいいではないか。
あの子の事だから、言いつけ通りまっすぐ街には戻らずに、彼女の身を案じてまだこの辺をうろうろしているのかも知れなかったけれど……どうせその時は、その時だ。どのみちあれだけの傷を負って、あの子も助かるはずがなかった。
だからと言って、連中になぶり殺しにされていいはずもない。
いい加減、彼らも彼女がここにいる事に気付く頃合いだ……そのように思ったのとほとんど同時に、彼方の空から耳障りな低い羽音が聞こえ始めていた。
正直、実に不愉快な音だった。
彼女はおのれを奮い立たせて、もう一度、背中の羽根をまっすぐに広げた。
いつからそうなっているのだろう、腰から下の感覚がまったく無かった。左の腕は、とうの昔にどこかに落としてしまっていた。
羽根を広げ、思い切って空に舞い上がる。
ふわり、と身体が宙に浮き上がった瞬間、その勢いでもって、ついに腰から下の半身がもげ落ちてしまった。
瓦礫の上にどさりと投げ出されたおのが半身をみやって、彼女は苦悶を訴えるどころか、むしろほくそ笑んですらいた。どのみち傷ついた羽根で高く舞い上がるのならば、余計な荷物は無いに越したことはない。
無粋な羽音は段々とこちらに近づいてくる。連中が彼女を捕捉するのも時間の問題だろう。
これが最後の戦いになるはずだ――そんな思いを胸に、異形の彼女は空へと浮かび上がっていく。
誰か見咎めるものがいれば、あっと驚きの声をあげたかも知れない。だがその場で傍観しているものなど誰一人いなかったし……そのような異形の者一人、何者とどのように殺し合って、息絶えて、どこに墜落して、やがて朽ち果てていこうとも、その最果てで生活を営む者達には、なんら関わりのない事だったのかも知れない。
そう、本来ならば。
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