グラン・ファクトリー(その2)

「遅い! 遅すぎる! いったいどこで何をやっていたのよ!」

「仕方ないだろ。昼に現場に引き取りにいった時点で、こいつはまだ半分瓦礫の中に埋れていたんだから」

「話が違うじゃないの」

「だからおれに文句を言われても困るんだよ。昼までに掘り出しておくって言ってたのは先方なんだから。……でも、こういうのはどういう状態で埋れているか分かったもんじゃないし、掘り出すとなるとどうしても慎重にならざるを得ないのは、お前が一番よく分かってるだろう」

 それがお前の専門なんだから、とジョッシュは言う。エルはそんなジョッシュをじろりと睨みつけると、無言のままトラックの荷台の方に視線を向けた。ロープで厳重に固定された状態でここまで運ばれてきたのは……機械、と一言でいうが外観からは細長い形状をした泥だらけの「何か」としか言いようがなかった。

「……しょうがない。中に入れて」

「よっしゃ」

 ジョッシュは相槌を打つと、そのままハンドルを切り返して、トラックを後ろ向きに工場の中へと進入させた。エルは積荷をおろすために、クレーンの準備に取り掛かる。

「……ところで、運び込んでおいてなんだが、こいつは何なんだろうな?」

「この形状だと動力機関かなんかだと思うけど。取り敢えず泥を落としてみないとなんとも言えないわね」

 彼女はそういうが、細長いシルエットのそれは外観からはどこか駆動するような部位はどこにも見られない。この機械は決して、ジョッシュがここに乗り付けてきたようなトラックや、屑鉄平原で稼動しているような重機のたぐいを動かすためのものではなかった。

 そもそも修理を依頼したのはジョッシュなのに彼の方からそう質問してくるというのも何ともとぼけた話だったが、屑鉄平原の土中から出てくる機械に関して言えばよくあるやりとりではあった。屑鉄平原のがらくたの山の中には、時には〈旧世紀〉に使われていたテクノロジーの産物がそっくりそのまま目立った破損もなしに埋れていることがあり、エル・グランはそういった失われた技術の産物を稼動状態にまで復旧修理することができる、数少ない技師の一人だったのだ。

 こういった機械は大抵は掘り出されたままの泥のついた状態で取引され、〈王都〉の方に売られていくが、エルのような技師が手をかけて修理復旧させたり、あるいは正体や現状が確認出来ているだけでも、取引額が飛躍的に跳ね上がる。ジョッシュはこういったものが屑鉄平原で発見されるごとに、真っ先に飛んでいってがらくたとして買い取り、エルに修復や調査をさせて高値で売り抜く、という商売を手がけていたのだった。

「そういや、さっきからノイエの姿が見えんが、あいつはどこで油を売っているんだ?」

「どうもこうも、私はあんたが昼に来ると思ってたから、ずっとここを離れられなかったのよ? 代わりに屑鉄平原へお使いに行ってもらってるのよ」

「にしても、こんな時間までまだ帰って来ないのか。お前も人使いが荒いな」

「別にこき使ってるから帰りが遅いわけじゃ……」

 そう反論しかけたが、ではなぜ帰りが遅いのか、が彼女には説明出来なかった。

「何か、あったのかな?」

 フランチェスカが何気ない口調で問いを差し挟むが、おかげでどこか気まずい空気になった。エルがだんだんと心配顔になってくる横で、ジョッシュがまるで空気を読まない話題のつなぎ方をする。

「まぁあれだ。同じ日に二件も三件もいっぺんに、物騒な事件なんて起きないさ」

「……何の話よ、物騒な事件って」

「あれ、聞いていないのか?」

 ジョッシュは荷台から外したロープをたぐりながら、何気ない口調で語って聞かせる。

「屑鉄平原からこっちに戻ってきたとき、駐留部隊の車両とすれ違ってな。定期巡回にしちゃ物々しかったから、何かあったのかって聞いてみたんだ。そうしたら、昼ごろに若い女の死体が見つかったっていうじゃないか」

「……死体、ですって?」

「早々に回収は済んでたけど、報告書を作るのに一通り現場確認が必要だったとかで、丁度連中も撤収するところだったみたいだけどな」

 ジョッシュがあまりに無神経に平然とそのようなことを語るので、横で聞いていたフランチェスカはぎょっとした表情のまま大人二人を交互に見比べていた。エルはと言えば……心配しているのか腹を立てているのか、ますます眉間にしわを深く刻みつけた、険しい表情になるのだった。

 それを見てジョッシュは、考えなしに余計なことをべらべら喋ってしまった、しまったことをした、と内心悔やんだが、後の祭りである。何かしら話題を逸らしてその場を取り繕わねば、と思ったそのとき、工場の大扉のところに、小さな人影がぽつんと立ち尽くしているのに気付いた。

「……おお、ほらほら。ちゃんと帰ってきたじゃないか」

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