遭遇(その1)


 その後、汚れをすっかり落として小ざっぱりとしたなりのノイエが工場に戻ってきて、エルはようやく食事にありつけた。何故かジョッシュとフランチェスカまでも一緒に食卓を囲んでの遅い夕食だった。

 空腹を満たしたエル・グランは、日も落ちたというのに明日を待たずに早速作業にとりかかるのだった。

 屑鉄平原には、〈旧世紀〉の古い機械があちこちに埋もれている。それは破損が酷かったり、土砂に埋まって状態がよくなかったりするものが大半だったが、修理したり軽整備だけで動くような程度の良いものも中にはあった。その一方で、それが本当に機械なのかどうかすらこの時代の人の感覚では分からないようなものも見つかっており、動く動かないに関わらずそういった類のものはすべて〈王都〉の方に引き取られていくのだったが、売るにしても価値が分かっているかいないかで値段は大幅に変わってくる。〈グラン・ファクトリー〉は作業機械や車両の修理や整備などごく一般的な仕事を手がける一方で、こういった発掘機械の取り扱いを親子二代に渡って手がけている、数少ない工房だった。

 エルの父ロジェ・グランは名の通った整備技師だった。だがその熟達の技は、娘のエルにしか受け継ぐ事が出来なかった。……彼は手がけた発掘機械に関しての手引きを手書きのノートで丁寧にまとめていたが、残念ながらかなりの悪筆家で知られた彼の文字は、結局娘のエルにしか判読出来なかったのである。

 そしてエル・グランは、技師としての腕前こそ父親譲りではあったが、一体誰に似たのかその性格は極めてむらっ気でずぼら、父のノートをいちいち他人が読めるように丁寧に清書するような手間はかけない人間だった。代わりに一度ノイエが挑戦したもののまともに字が読めないのであっさりと断念してしまった。七年前にノイエを拾ってこの工場に連れてきたのが、他ならぬ父ロジェ・グランその人だったのだが……。

 工場建屋の一階部分、表側の作業場のその奥にエル専用の作業場がある。運び込まれた発掘機械については大概がこの奥の作業場の方での作業となる。

 作業に夢中のときの彼女はとにかく寝食のリズムなどまるで無視、という状態である。すぐ上が住居なのに、作業場に毛布を持ち込んで、腹が減ったら食い眠くなったら眠るというありさまだった。なのでいつもであればノイエは夜食を準備するとさっさと就寝してしまうのだったが、その晩は初日ということもあって最低限やっておくべき準備がいくつかあり、ノイエも食事のあと休憩を挟みながらも夜遅くまで手伝っていたのだった。

 これを発掘した業者にはとにかく余計な手出しをしないように言ってあるから、いつも泥まみれ、砂まみれのままここに持ち込まれる。まずはそれを丁寧に洗浄するところから作業は始まる。泥を全て落とし、作業中に内部に紛れ込むことがないように落とした泥を作業場からも一掃する。この一連の作業はエルの苦手とするところだったのでノイエが担当するのだったが、そこで少年がうっかり壊してしまうようなことはないにせよ元々破損している箇所が露呈することもあり、その時はエルが状況を判断する必要があるので、外観の確認を兼ねてエルも付きっきりで作業に立ち会い、逐一指示を出していたのだった。

 発掘機械は大概はその外観は美しい外殻に覆われており、見た目では何に使うものなのか想像もつかないものが多かった。今日持ち込まれてきたものも、外観は機械めいたごてごてしたものはまるでなく、つるんとした楕円の白い円筒形だった。泥をすっかり落としてみれば、表面は磨き上げられたように光沢を放っており、機械油に汚れた手で触っても指紋すらつかない。

 こういうものを普通につくり、使っていたのが〈旧世紀〉という時代だったのだ。作業のたびに、エルはいちいちその事実に感心させられずにはいられなかった。

 エル自身は幸い経験したことは無かったが、発掘のさいの衝撃などで内部にダメージがあった場合、工場に持ち込まれた時点で発火などの事故が発生する可能性もあり、初日の準備に気が抜けないのはそれが一番大きかった。外から確認して異音がしないかなど用心しながら、外殻パネルで取り外し出来たり開閉出来たりする部分がないかを、慎重に確認していくのだった。

 彼女がそうしている間に、ノイエは床に残った泥汚れを丹念に掃き出していく。床がきれいになってしまえば、次は仮眠用の毛布を持ち込むなど細々とした雑用を済ませ、あとはエルに任せて今日の仕事はおしまい……という丁度そんな頃合いであった。

 ふと気が付けば、どこかからひたひたと水か何かが滴り落ちるような音が聞こえてくるのだった。

 機械からの液漏れをまず疑ったのはエルだった。いかにも技師らしい反応だったが、下回りを覗いてもなんら異変はない。強いて言えば雨音のようにも聞こえたが、その日雨は降っていなかった。

 では、何だ? エルとノイエはお互いの顔を見合わせるのだった。

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