6.part of Y.I.

 ダイニングには俺と海老沢未来、西野原芽衣、水瀬譲二が集まっていた。


「それじゃあ、妹尾さんは、殺されたってことか」


 水瀬が重い声でそう言う。


「そうだと思います。警察には通報しましたが、到着するのは早くて明日になると」

「そう……」


 西野原は体が重いのか、そう言ってテーブルに突っ伏してしまった。海老沢は硬直して動かない。俺は説明を続ける。


「私たちには、ここから動かないようにとのことです。警察による聴取を受けてもらうと。浴室、脱衣所には入らないず、出来るだけご自分の部屋で過ごして下さい」


 水瀬は「そうさせてもらうよ」と言って、ダイニングを去っていった。西野原は動かない。海老沢は「何か温かいものを」と言ってキッチンへ向かう。


「西野原さん」

「……なに」

「西野原さんは、昨日の夜妹尾さんと会いましたか」

「会ってない。私を疑ってるの」


 西野原はテーブルに突っ伏したままそう言った。


「ただ、事実を整理しておきたいんです。ボスに叱られますから」

「私は、北棟の二階の防音室に、ピアノを弾きに行ったんです。妹尾さんが使って良いって仰ったから。推理してるんですか」

「いえ、整理をね」

「人が死んだのに」


 死んだからだ、とは言わなかった。榛原からは、人の死を闇に葬るなと教わっている。

 しかし、俺の出る幕があるのかどうか。長野県警だって、胸にナイフの刺さっている死体を見つければ捜査くらいするだろう。

 海老沢がティーポットとカップを二つトレイに乗せて持ってきて、それをテーブルに置いた。しかし俺はそれを断って廊下に出た。

 一階の東棟の廊下を歩き、ホールを通過して玄関に出る。自分の靴を突っ掛けて玄関の扉を開くと、玄関ポーチの向こうに雪原が広がっている。足跡は無い。

 頭の中に様々な情報が散逸している。一つに結ぶことが出来るのか、出来るとすればどのような形になるのか。

 俺に出来ることはあるのか。

 唐突に殺人の現場に遭遇するなんてことは、そうそうない。というか、俺は初めてだった。殺人の現場に出向いたことならある。でも、そのときだって、榛原夭が隣にはいた。

 榛原夭なら、どうするだろう。

 他人に頼らず、自分の力だけで事件の真相を明らかにしようとするだろうか。するだろう。あの人は何よりも死を重んじている。

 北棟の果てに辿り着き、勝手口の扉を鍵を開けて引き開けた。やはり雪原が広がっている。しかし、勝手口から出てすぐ一帯の雪が無い。恐らく、バスタブに詰められたのはここにあった雪だろう。

 調べてみるべきだろうか。

 俺が調べなくても、警察が調べる。犯人だって特定されるだろう。容疑者は四人しかいない。

 浴室ではまだ死体が雪に半ば埋まっている。

 着た白いブラウスの胸のあたりに、血痕はさほど広がっていなかった。ナイフが刺さったままだからだろう。他に外傷はなく、争った形跡もない。ただ、左手の包帯が外れていた。左首の骨折がどの程度回復していたのかは知らないが、そこにも傷や痣などは無かった。包帯は、事件の拍子に外れたのだろうか。それとも、犯人が外したのか……。

 犯人は、なぜ死体を雪に埋めたのか?

 廊下を歩いて階段を上ると、ホールに続く扉の窓の向こうに海老沢が見えた。ドアを開けると、海老沢と目が合う。


「石神さん」

「何か、私に用ですか」

「石神さん、調べるんですか。妹尾さんのこと」

「いえ……、どうでしょうね。元々妹尾風花氏のことを調べに来たのですけど、まさかこんなことになるとは、思っていなかった」

「私、警察に調べられるの?」

「不安ですか」

「だって、自分が殺人犯かもしれないと思われるんですよね」

「そうですけど……」


 海老沢は何かに気が付いたかのように目を見開き、


「私のこと、疑ってますか」

「いえ、まだ、何も疑えませんよ。頭がこんがらがっているんです」

「探偵なのに、ですか?」

「まだ見習いだと言ったでしょう。正直、こんなこと初めてなんです。いつもはボスにくっついているだけだから」

「そう……」


 海老沢はソファに座って、視線を落とした。


「犯人、分かりませんか」


 小さな声だった。か細い、消え入りそうな声。


「分かったら、どうします」

「安心できます。だって、誰か分からない方が怖い」

「……出来ることはしてみますが、そのことは西野原さんと水瀬さんには言わないでください。それと、犯人が分かるかは分かりません。あと」

「私のことも疑うんですよね。分かってます」

「すみません、決まりなので」

「いえ……、こちらこそすみません。でも、妹尾さんは、少しの間だけだけど一日中一緒にいたから」

「変なことは考えないでください」

「分かってます」


 海老沢は俺に頭を下げて、ホールを去っていった。北棟に行ったから、自分の部屋に戻るのだろう。

 俺もドアを開けて北棟に入る。すぐ右、北側には階段があって、階上へ続いている。

 階段を上って廊下を歩き、中ほどのピアノが置いてあるという部屋に入った。明かりのスイッチを入れると、壁際には確かにアップライトピアノがぽつりと置かれている。ただ、ピアノを見ても、昨晩に使われたかは分からなかった。

 部屋を出て廊下を西の端まで歩くと、壁には胸ほどの高さに上げ下げ窓が嵌めこまれている。幅は五十センチくらいで、そこから下を覗くと勝手口の真上らしいと分かった。そう言えば、昨日の夜に見た紫の何かが無い。

 犯行は昨日の夜。夕食が終わったのが七時半頃で、そのあと妹尾氏が犯人以外と会ったかは不明。

 死体は、あまりに出血が少なかった。あれでは出血性のショック死はしない。指先が凍傷のようになっていたから、恐らく死因は凍死。それがバスタブの中だったのか、あるいは他の場所だったのか……。

 昨日一階のホールで妹尾氏が水を飲んだのは十時すぎ。犯行はそれ以降だったことになる。

 殺人犯は誰なのか。俺は推理を開始した。

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