第2話
子どもたちの遊び声が響く昼休みの校庭。僕は彼らの元気な声を背にして、校庭の隅にじゃがみ込んでいる優子ちゃんのところに向かって歩いていく。少しずつ優子ちゃんの丸まった背中が大きくなる。彼女の履いているスカートの裾が泥で汚れていた。でも、そんなことを気に留めるそぶりすら見せない。
優子ちゃんのすぐ後ろまで近付くと、僕は右手を前に出して、見えないドアノブを触る。そして扉を開ける真似をした。「がちゃ」と口で音を付けながら。
優子ちゃんが振り向いて僕を見た。待っていましたとばかりに、ぱっと顔が明るくなる。
「お帰りなさい。お仕事大変だった?」
「うん、すごく大変だった」
「もうすぐご飯ができるから待っててね。今日の夕ご飯は肉団子だよっ」
「ほんとに? 僕、お腹ペコペコだったんだ」
でも、ついさっき給食を食べたばかりだから、実はもうお腹一杯なんだけどね。僕は心の中でそう呟いた。
今やっている優子ちゃんとのやり取りは、みんなただの真似事。夫婦の真似事。――そう、僕たちはままごとをやっている最中だった。
「ご飯作るの、手伝う」
僕はそう言って、優子ちゃんの隣にしゃがみ込んだ。ちらと彼女の手元を見ると、鞠のように綺麗な肉団子……じゃなくて泥団子がころんと乗っかっていた。湿った泥で固めた後、形を整えてから、乾いたきめ細かな砂で周りをまぶしていく。そうして出来上がった泥団子には、絶対壊したくないと思わせる魔法がかけられている。
初め、優子ちゃんは「はい、味見して」と僕に泥団子を差し出してきたり、「もうちょっと塩振った方がいいかな?」と泥団子に砂をまぶしたりしていたけれど、次第に言葉よりも手の方に集中するようになって、気が付けば、僕らは無言のまま、黙々と泥団子を作り続けていた。
僕が五個目を作り終えたとき、十二個目を作っている優子ちゃんの手が、ふと止まった。
「――たっくんが引っ越したら、もうずっと会えなくなるの?」
この言葉はままごとじゃないって分かった。だって、いつも優子ちゃんは僕のことを「たっくん」と呼ぶし、僕が引っ越すという話も、本当のことだから。
僕は両手で泥をかき集めながら、「うん」と泥の山に向かって答えた。
「トーキョー、行っちゃうの?」
「うん」
「……じゃあ、もうままごとできなくなるの?」
「うん」
僕はただずっと泥の山に向かって「うん」と答え続けた。一緒に漢字ドリルやれないの? 給食のキュウリ食べてくれないの? 遠足で手を繋いでくれないの? 一緒に小学校卒業できないの? 一緒に大人になれないの? みんなみんな、「うん」で弾き飛ばしてしまう。ひとつひとつの問い掛けが僕の心にちくちくと刺さっていく。痛いからもうやめてよって言いたかったけれど、強く責めてしまいそうな気がして口を結んだ。
「……そんなの寂しいからやだ」
優子ちゃんは絞り出すような声でそう言うと、いきなり僕の手を掴んで立ち上がった。無理やり腕を引っ張られて、訳も分からず一緒に立ち上がる。一瞬目がくらんで、次にそれが晴れた時、優子ちゃんの顔が、僕の目の中一杯に広がっていた。
「――絶対に寂しくならないおまじない、かけてあげる」
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