魔法少女ユウコちゃん

クマネコ

第1話

 柔らかいものが唇に乗っかっている。酷くくすぐったかった。


 今すぐに手の甲で擦りたかったけれど、じっと我慢する。口がふさがっているから、鼻でしか息ができない。僕を取り巻く色んなにおいが胸を満たしていった。太陽に焼けた肌のにおい、吹きかかる暖かい吐息のにおい、唾のにおい、二人の手にまとわりつく泥のにおい――いつもは気にもしないのに、どうしてこのにおいだって分かってしまうんだろう。目を閉じているせいだろうか? 


 周りで、たくさんの子どもたちが声を上げている。男子も女子も、同じクラスの子も、名前も顔も知らない上級生も、みんな何かを叫んでいる。みんなが僕を見ているんだ。


 そう思った途端、体が急に熱くなった。首筋を何度も垂れてゆく汗が気持ち悪い。早く離してくれないかな。唇の痒さがもう限界だ。


 すると、そんな僕の気持ちに答えるように、それまで口を塞いでいたものがすっと外された。自由になった口を大きく開けて息を吸い込み、ゆっくりと目を開く。


 そこに見えたのは、目の中一杯に広がる、優子ちゃんのお顔。瞳を細め、自慢げに胸を反らし、ぽっと赤くなった頬を持ち上げてにっこり笑っている。


 そして、いつの間に集まったのだろう? さっきまでサッカーやらケイドロやらをして遊んでいた子どもたちが、少し目を閉じている間に一つとなって、僕と優子ちゃんの周りをぐるりと囲んでいた。みんな、輪の中心にいる僕らを見て、動物園にいるお猿さんみたいにキャーキャー騒いでいる。輪を作っている子の一人が、「おい、もういっかいやれよ!」と声を上げた。それに続けて周りの子たちも「もういっかい! もういっかい!」と叫び始め、とうとう全員を巻き込む大合唱にまで膨れ上がってしまった。


 この状況に、僕は戸惑ってしまう。どうしてみんな、僕の為にここまで息を合わせてくれるのだろう? 僕は学校の中でいつも一人だったし、仲良く遊ぶ友達なんて優子ちゃんくらいしかいなかったはずなのに。それに、目の前にいる優子ちゃんだって、僕と同じひとりぼっちの仲間だ。僕以外の子と話しているところなんて見たことないし、いつもテストができないせいで、クラスのみんなからいじめられている。


 ……なのに今は、遊んだことも話したことものない子から、会ったこともない上級生の子まで、みんながみんな、声を一つにして叫んでいる。どうして? どうして僕らなんかの為にそこまでするの?


 訳が分からなくなって頭がぐるぐるし始めた時、傍にいた優子ちゃんが、泥だらけの両手でがしっと僕の顔を掴んだ。そして、本当にもういっかい、今度は唇が潰れるくらいの強さで、僕にチュウをしていた。


 周りで一斉に手を叩くお猿さんたち。僕は恥ずかしくて体が溶けてしまいそうだった。いっそこのままアイスみたいにドロドロになって消えてしまえたらいいのに。


 ……だけど、これだけたくさんの子に注目されて、唯一の友達である優子ちゃんをこんなにも近くに感じることができて、なんだかちょっぴり嬉しかった。もう僕らはひとりぼっちなんかじゃなくなった。そんなのは昔の話で、今じゃ僕らは学校中の人気者。僕と優子ちゃんがいるおかげで、今日もこの学校は元気に回っている。僕らはみんなの太陽なんだ。


 もし、本当にそうなのなら、僕はここから一歩も離れたくない。ずっと彼らと一緒に居たい……なんてできもしない考えがふわりと浮かんできてしまう。


「――絶対に寂しくならないおまじない、かけてあげる」


 チュウをされる前、優子ちゃんの言っていた言葉が、頭の中に蘇る。


 この子、本当は魔法使いなのかな? おまじないのかけ方はあんまり好きじゃないけれど、今までずっと胸に抱えてきた寂しさが、ぽっかりと開いていた心の穴が、ほら! 今ではもう嘘のように消えてしまっているじゃないか。


 ――その時、僕らを囲んでいた子どもたちの輪の一点から巨大な両手がにゅっと現れ、輪を大きく引き裂いた。そしてその裂け目から、顔を青くした先生が輪の中に飛び込んできて、僕ら二人を強引に引き離してしまった。

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