第3幕 初瀬の観音

(幕前)

右京

「あれからずいぶん経ったけど、あの赤子はどこへ行ってしまったのだろう」

「私はあのまま源氏の殿様の言われるまま、お世話になっていたけれど、しばらくして訪ねていったら、三条も赤子も居らず、いったいどこへ消えてしまったのか。源氏のお殿様もずいぶん心配されているというのに」

「今日も初瀬の観音様にお参りいたしましょう」


花道


三条

「ようやく京へ来たけれど、昔の人は誰もおらず。左大臣や源氏の殿様に会いに行くのはあまりに身分不相応。このままでは京へ出てきたかいがない。」

「せっかくクマから逃げてきたのに、この上は霊験あらたかな初瀬の観音様へ姫君と一緒にお参りして、お願いするしかない。そやけどこうして歩いてきたけれど、ほんましんどい道でしたな」

たまかずら

「私もう歩かれへん。クタクタや。世界遺産やから、いっぺん歩いたろ思うたけれど、今度、来るときは電車にするわ」

「あーしんど。みんな大丈夫か。もうちょっとやで、ガンバロウ」


(宿屋の入り口)

三条

「すんません。予約してまへんねんけど、今日一晩泊めてもらえまへんやろうか」

店員

「今、親父さん居てませんねんけど部屋空いてますから、どうぞお上がり」

三条

「そうでっか。助かりました」「姫様、どうぞ部屋ありますて。どうぞ、どうぞ」

たまかずら

「あーしんど。これ見て、この足、こんなハレてもうて、もう一歩も歩かれへん」

店員

「お茶、入りました。どうぞ」

三条

「おおきに」


親父

「ただいま、あれ、お客さんか」

店員

「はい、部屋空いていたから、お泊めしました」

親父

「あほ、何やってんねん。あの部屋は毎月来る上得意のお客さんの部屋やないか。どないすんねん。今日来られるのに。もうあほやな」

店員

「すんません。断ってきましょうか」

(部屋を見る)

親父

「あほ、あれ見てみ、足伸ばしてくつろいではるのに、今さら追い出せるか」

「うーむ、困ったな。しょうがない。いつものお客は一人だけやし、おつきの人は布団部屋で一夜を明かしてもらうことにして、部屋を半分仕切らせてもらおうか」


「あのう、すんまへんけど、店員が間違えてお客さんらを入れてもうて、この部屋は先約がありまして」

三条

「ほんなら別の部屋を」

親父

「あいにく今日は満室で」

三条

「ほんならどうします」

親父

「申し訳ないけど、部屋を半分仕切らせてもらっても良いですか」

たまかずら

「かまいませんで。ちょっとこの人ら 夜 いびきうるさいけど」

三条

「姫様の歯ぎしりには負けます。」

「こちらは急に押しかけたもの。どうぞ、そのように」

親父

「すんまへんな。なんせ狭いもんで、ほなここに幕をこうして」

「これやったらよろしいやろ」

三条

「十分です」「お姫様、よろしいですね」

たまかずら

「私はかまいません」


右京

「ごめん下さい」

親父

「あ、これはこれは、いらっしゃいませ。実はかんかんガクガクで」

右京

「あ、そうですか。私はかまいませんで。へ。お邪魔します」

店員

「お茶どうぞ」

右京

「へ、おおきに」


(幕の向こう)


たまかずら

「それにしても、クマには参ったな。しつこい、しつこい。豊後を船で出てホッと一息ついたら、エライ勢いで走ってくる船があるから、海賊が来たと思ったらクマやった」

「私、もうびっくりしたわ。なんとか振りきって住吉浜まで着たけれども、もうちょっとで捕まるかと思うたわ」

三条

「ほんまですなあ。そやけどせっかく来た都も18年も離れていたから、知っている人は誰もない。夕顔のお姫様のお住まいも崩れたまま、姫様もあれっきり神隠しにでもあったんでしょう。この上は左大臣様に会いに行くだけなんやが、どうも難しくて、せめて右近さんでも居てくれたら」


(右近・幕に耳を傾ける)

右近

「確か、右近と聞こえたが・・・」

三条

「右近さんが居てくれたら・・・」

右近

「ちょっと、お隣さん」

三条

「あ、えらいすんません。大きな声でしゃべってて、えらいすんません」

たまかずら

「お母さんが大きな声で話すからや」「えらいすんまへんな、田舎もんで」

右近

「いや、ちょっと、お顔を拝見したいもので」

三条

「は、はあ?私のことですか?」

右近

「え、ちょっと顔見せてくれませんか」

(幕を開けて)

三条

「はい、お初にお目にかかります」

右近

「三条!」

たまかずら

「知り合いか」

三条

「え、三条ですが、おたくさんは?」

右近

「何を言うてますねん、よう見てみ、私や、右近や」

三条

「え、ええー」「アア右近さん。おなつかしい。会いたかった」

「ウワァーン」

たまかずら

「びっくりしたな、もうー」

右近

「まあ、こんなところで会うなんて。やっぱり観音様のお導きや。ありがたい。ありがたい」「赤子は?姫君か。まあ、お美しい、お姫様」

三条

「右近さん、お姫様は夕顔のお姫様はどうなさっていますか?」

右近

「お姫様は怨霊に取り付かれてそのまま。私はあの日から源氏のお殿様のところへ世話になって、すこし落ち着いてから、戻ってみたら、赤子も三条も誰もおれへんかった。私はそれから毎月ここへお参りに来てるんや」

三条

「お姫様、右近さんが見つかりました。ただ、お母様は亡くなっていました」

たまかずら

「聞きました。三条、やっぱり私のお母さんは三条だけや」

右近

「お姫様、右近でございます。まあ立派になられて、お父様が見られたら、どれほどお喜びか」「ともかく源氏のお殿様にお知らせしましょ」

「良かった。よかった」

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