だって好きなんですもの

百合川リルカ

第1話 だって好きなんですもの

 朝っぱらからかーちゃんの怒鳴り声が聞こえる。


「ななせ!ななせ!学校に遅れるよ!」

 あーもう、わかってるっつの。近所迷惑になるから止めろよな。とにかくベッドから何とか起き出し、洗面所に向う。

 いいねえ、今日も俺ってばイケメンだわ。かーちゃんはそんなだらしない髭はやめろとかうるせぇけど、これがワイルドでもてるんだよ。

 トーストとコーヒーと目玉焼き、いつも変わらない朝飯をかっこんで、制服に着替えた俺は鏡と対面する。

 この無造作風ヘア、てのがなかなか面倒くさいんだよな。でも俺は、俺にとても似合うその髪形が大好きで。このいい感じの金髪も良く似合う俺の好きな色。

 あ、クソ姉貴、俺のアイロンどっかにもっていったな!まあいいや、パーマをかけてからそんなに日が経ってないのもあり、うまい具合にカールは作れる。

 

「あんた、また馬鹿みたいな格好して!校則違反でしょうが!」


 馬鹿みたいな格好で悪かったな。俺には校則なんてかんけーねーの。べっつに人に迷惑かけるわけじゃなし?

 俺は、俺が一番好きなものしか身に着けない。髪型も髭もそう。

 だって好きなもんとは常に一緒にいたい。嫌いなものを身につけるのは嫌だ。そんなのおれじゃない。

 まあ、制服は割りと気に入ってる。だからこいつはちゃんと着る。そうして準備を整えて玄関の扉を開けば、真っ青な空が広がる。いいねぇ、俺の一番お気に入りの季節がやってくる。


 いつものごとく、遅刻寸前で校門に滑り込む。

 「おい!またお前はそんな格好で!髪も顔もどうにかしろ!」

 「えー、うちの学校頭髪は規則無いじゃん」

 「ああいえばこういう……その格好は違反だぞ!」

 

 あ、チャイムがなった。はーい、定例のお説教もここまで。こうみえてもそれなりには勉強が出来る俺には、先生方もそこまでうるさくは言わない。単位も出席日数も、一ヶ月かそこら休める程度にはちゃんとある。

 ま、実際にいい学校とは思うぜ?

 堅苦しい頭髪の規則は無いし、制服もとりあえず着ていれば何も言われない。

 勉強もきっちり標準点以上取ってりゃ問題ないしね。

 

 「ななせ、おはよう」

 「ななせー!頼む!カレーパン奢るからノーと見せて!」


 スクールカーストとかそんなんは俺はどうでもいい。気に入った奴とならだれとでもダチになるし、相手がどんな評判があろうと、俺が見て俺が話して俺が楽しければそれでよし。だから俺は特別にグループを作ることも無いし

あっちこっちと結構に多い友達とだべって、飯を食ったりする。

 一限目は現国か、好きな授業だ、今日は朝から調子いいね。


 んあ?恋人はいないのかって?

 んー、まあ、考えないことも無いけど、今は今が楽しいからそれでいい。

 「ななせ、今日当番だよ」

 「あ、そうだったわ、サンキュ。」


 ご機嫌な青い空の下、黒板消しをパンパンと叩く。よし、後五分で授業が始まる。俺は側からみれば不釣合いなほどに綺麗に使っている教科書と、ノートを開いた。


 その日の昼休み、俺は奢ってもらったカレーパンと弁当を食いながらげらげら友達とくだらない笑い話をしてた。


 「なーなーせー、いるかぁ?」

 声をかけてきたのは、隣のクラスの貴也だ。高身長に整った顔、クラスの女子がみんなチラチラと貴也を見る。

 まあ、俺とどっこいどっこいのモテ、かな?ちょっと待てよ、飯くらいゆっくり食わせろ。どうせ話はあのことだろう。


 ざわつく廊下で二人で話す。

 「大ちゃんがさ、今日スタジオ取れたってよ。」

 「まじ?混んでてとれねぇって先週言ってたじゃん。」

 「ほら、○○高校の△□、ってやつ、停学になったんだって。だから今週はあいつらはスタジオ使えねぇから、俺らに回ってきたわけ。」

 停学ねぇ、しかもカツアゲ。だっせぇの。バンドマンがそういうだっせぇことするなよな。

 そう、俺はまあ、見た目どおりというかなんていうか、バンドをやっている。あまり大きくない手でコードを押さえるのは苦労したが、とにかくさ、かっこよかったんだ。

 小学校のころ、夜中に眠れなくて何となくつけたテレビに、俺は釘付けになった。洋楽だ、その頃はバンド名すら読めなかった。

 でもとにかく格好良かった。震えるほどに格好良かった。後に、そのバンドのボーカルは夭逝したと聞きショックを受けたが。


 最初は当然ボーカルに憧れた。けれども小遣いをためながら少しずつ色んなバンドのアルバムを買い、聞きほれているうちに、ギターって楽器のかっこよさに目覚めたんだよな。

 6本の弦が奏でるその様々な音は、俺はとても大好きだ。そして滑るようにコードを押さえ、流し。かっこいいなんてもんじゃねぇ、とてつもなく、それは俺の髪型よりも、髭よりも、制服よりも、何よりも好きなものになった。


 学年トップの成績が取れたら買ってやる、その言葉は多分親父もかーちゃんも冗談のつもりだったとおもうんだよな。でも俺はそれをやって見せた。あん時の親父の顔は今思い出してもわらえるくれぇだ。


 やっすいギターと、小さなアンプ、それにバンドスコア。それを手にしたとき、俺は天にも昇る思いだった。

 ガキの頃に無理やり習わされた、いや、でも結構好きだったピアノのおかげで楽譜は読めるものの、タブ譜はさっぱりわかんねぇ。まあ、それでも俺はギターが何よりも大好きになっていたから、朝から晩までひたすらコードを押さえる練習と、タブ譜を読む勉強をした。


 「そろそろさぁ、他の曲やらね?」

 「えー、大ちゃん叩けるようになるまで時間かかんじゃん」

 俺達はまあ、コピーバンドってやつで、ギター&ボーカルの俺、ベースの貴也、ドラムの大ちゃんで構成してる。

 オリジナル、がやれりゃ最高なんだけど、まだまだそこまではいけない。むつかしいね。

 「ななせ、新しいギターどうよ?」

 「あ、それ聞きます?長いけど聞きます?」

 「「やめとくわー」」


 そう、俺はバイトにバイトを重ね、憧れていた新しいギターを買った。何せ肉体労働でえらい目にはあったが、筋トレにもなったし一石二鳥。なんなら割れた腹筋も見るか?との台詞もあっさり却下された。、ま、制服から覗くパンパンの腕を見れば分かるよな。

 新しいギターはそりゃ最高だった。夏休み中ひたすら重労働に明け暮れた結果、ちょいといいアンプも買えた。エフェクターが次の目標だ。


 ん?前のギターはどうしたかって?あいつも大切な相棒だ、勿論大事にしている。安物とはいえ、あいつにはあいつにしか出せない大好きな音があるからな。

 「そろそろさ、次の対バンきめねぇ?」

 「んじゃ、それに向けて新しいの一曲入れるか」

 一応、これでもバンドの俺達は、ライブハウスで演奏することもある。コピーバンドとはいえ大ちゃんの叩くドラムはかっこいい8ビート、貴也のベースはクールで、指の先をコチコチにしてまで練習した俺のギターと、ちょっと高めの声は実は結構人気があったりする。

 ま、出待ちされるくらいにはね。


 そうこうしてスタジオに入り、新しくやる曲を話し合っていたとき、ふと大ちゃんが口を開いた。

 「ななせ、あのストーカー女、ガッコとかばれてないよな?」

 「あー、俺制服だと別人だし、ばれてねぇだろ。」

 「別人、ていえるかぁ?」

 「まあ、まさかななせとは思わないよな。」

 私服の、つまり制服を脱いだ俺は所謂バンドTシャツにダメージデニム、もしくはちょっとこじゃれた格好で、確かにイメージは制服とはまったく違う。

 おまけにフリーダム学校の癖に、セキュリティは厳しい。以前も俺達のようなバンドマンの追っかけが学校前にたむろして問題になったので、他校の生徒は近づけないようになっている。

 だからまあ、学校がばれることは滅多に無いし、ライブからの帰り道も気をつけているんだけど、いるんだよねぇ、必死に追いかけてくる女が。

 ライブを追っかけてくれるんならいいんだけどさ、一応プライバシー?てやつには踏み込まれたくない。これはバンドやってて、唯一の嫌なことかな。


 ふと、その女を思い出す。まあ、バンギャではないのかな、他のファンの子に比べても地味な感じ。

 それでもいつもライブの後には出待ちに混じっていつもいる。俺の家だのなんだのをつけようとするから、他のファンの子たちからも随分嫌われているらしい。


 んで、いちばん問題なのが。毎回プレゼントを俺に押し付け、ごにょごにょと何かを離して走り去っていくんだけど、そのプレゼントがなぁ、手作りのお菓子、てやつでさ。

 俺もバンドを始めて、人気が出だした頃は、手作りお菓子もありがたく頂いていた。

 でもさ、おれとどっこいどっこいのモテ男の貴也に叱られたんだよね。手作りの菓子なんか何が入ってるか分からないから食うな、て。

 そりゃそうだ、話に聞くところによると、自分の血液とか混ぜてる奴もあるらしい。さすがにそれを聞いてからは、食べる気なくしたな。くれる子には悪いけど。


 で、その子がだ、いつも俺に菓子を押し付けてすぐ走り去るくせに、いつも帰り道に俺の後をつけてくる。

 対バンやってるあいだに仲良くなったほかのバンドのメンバーや、追っかけのバンギャの子があれこれとして俺を逃がしてくれるんだけど、正直マジで迷惑。そもそも俺達はどこの高校かも誰にも教えてないし、万が一ばれても、門の前から強制退去だから何とかなるんだけど、ライブのたびに追いかけっこするのははっきり言ってうざいし疲れる。


 「ななせ、この間のライブでもつけられてただろ。はっきり言えば?」

 「でもさー大ちゃん、それで逆切れされたらやばくない?」

 「あー、まあななせの葬式には行きたくないわー。」

 あのな、俺が殺されることを前提にするなよな、これでも鍛えてるし、女の子の一人くらいはどうにかなるっての。


 そんなことを話ながら、その日の練習は終わった。


 時はちょいと過ぎて、ライブの当日。ま、狭い箱だけど、客の入りはなかなか。実際俺達がステージに立った時も、歓声に包まれた。あー、いーよなー、この瞬間は、もしかしたらギターよりも好きかも知れねぇ。

 大ちゃんがひとしきりドラムを叩き、おもむろに曲が始まる。俺の大好きな、俺を音楽に目覚めさしてくれたバンドの曲。ステージからは熱狂的な声が聞こえ、みんなが飛び跳ねているのが見える。


 と、そんなかに例の子もいた。いっつも最前列取る癖にノリがいまいちなんだよね。あんた、違う意味で目立ってるよ、そういってやりたいくらいにはさ。

 

 そしてライブがはね、楽器をもってライブハウスを出ると、出待ちの女の子たちがキャーキャーと声を上げる。

 あーもうたまんね、最高にテンションあがるじゃん。もみくちゃになりながら渡されるプレゼントは、大抵俺の好きなブランドの服や小物。ま、ブランドって言っても大して高いものじゃないから、ありがたく頂く。

 と、その間に何時ものファンシーな袋を押し付けられる。やっぱりはっきり言うべきか?が、言おうにも姿がもう消えている。他の追っかけの子たちもぷんぷん怒りながら探したが、その頃にはいなかった。

 そして今夜もつけられてないか気を配り、家に帰り、貰った菓子をあけもせずにゴミ箱に放り込む。

 「ななせ!あんたはまた罰当たりなことして!」

 かーちゃんは毎回ぷりぷり怒るけど、説明してもわかってくんねぇから、無視してシャワーを浴び、そのまんまベッドに倒れこむように寝た。

 このライブの後のシャワーとベッドも最高に大好きだ。おまけに明日は休み、……そうだ、本屋も行かないとな、何時もの本の発売日だ。が、俺の平和な楽しい日々に、一つの問題が生まれた。そん時はそんなこと考えもしなかったのに。


 「おい、ななせ、おまえ自宅ばれたのかよ」

 ……そのとおり、とうとうあのストーカー女に俺の家がばれたらしい。何故分かったのかと言えば、何時ものファンシーな袋が郵便受けに入っていたからだ。

 「どこでばれたんだ?」

 「学校はばれたのか?」

 大ちゃんや貴也だけじゃなく、学校の中のいい奴がみんな心配してくれる。

 ヤサバレするのもやばいけど、俺の場合はちょっと複雑な理由、てのがあって、みんな尚更心配してくれるんだよな。

 まあ、おれ自身は別にそこまで危機感持ってないけど、さすがに自宅がばれたのは気分が悪い。


 「ま、しばらくは学校とかきをつけろよ」

 「あー、まじでうちらのななせにストるとか無いわー」

 とりあえず、ライブもしばらくは無い。学校の行きかえりも誰かと一緒だ、問題は多分、ないね。

 あーもう、面倒ごとは嫌いだ。


******

 ストーカーに家がばれてから一週間、学校へ行くのも帰るのもきをつけたが、今のところ特に目立った被害は無い。

 「わりぃななせ、俺ら今日補習なんだよ」

 普段から勉強してないからそうなるんだっつの。他のツレも、たまたまなにかしらの用事があるらしく、結局俺は一週間ぶりに一人で帰ることになった。


 一応警戒はしていたが、つけられている気配は無い。ま、制服姿で俺があのななせだと分かる奴はそうそう居ないから、つい油断して入った本屋で、俺はなんとそのストーカー女と鉢合わせしてしまった。

 相手はパクパクと口を開けている。そりゃまぁ、制服姿見ればそうだろうな。おまけに手に持っている本は、俺と同じの菓子作りの本。


 「あの、あの、ななせさん、ですよね?」

 あ、初めてまともな声聞いたな。なんだ、いい声してんじゃん。

 とまあ、その前に言うべきことはある。互いに会計を済ませた後、おれはその子の腕をひっぱって路地裏に入った。

 そのストーカーちゃんはまだパニックになっている。そりゃそうだよな。だって俺が今着ているのは、セーラー服だ。

 髪型もひげもいつものまま、けれども服はどう見てもセーラー服。筋肉のせいでパツパツだけど。

 おまけにスカートは普通のプリーツスカートじゃなくて、バッスルスカートって言う、ヒラヒラスカート。ほら、俺は目立つっていっただろ?つまりはこういうこと。巣

 「え、あの、ななせさんって」

 「女装趣味とかじゃねーよ、ほれ。」

 ぺろん、めくったスカートの下はボクサーパンツ。けれどもそこにあるべきふくらみはない。


 そう、俺は女だ。どこからどう見ても男に見えるが、れっきとした女。

 無精ひげが生えるのは、元々毛深い体質だったから。胸はAAサイズで殆ど無い上に筋肉でわからない。その上ちょっとごつめの輪郭に、どちらかと言えば堀の深い顔は女の気配すら感じられない。


 「あの…「あー、性同一障害とかじゃねーよ。学校の奴らもみんな分かってるし。」

 小学校のあの夜まで、俺は自分が毛深いのを自覚していた。母親に顔そりをされたこともある。

 けれどあの夜、俺は俺が好きなもんを見つけちまった。あのバンドのボーカルのように、無精ひげを伸ばしたかった。金髪にしたかった。あの髪型にしたかった。

 別にスカートが嫌いなわけではない。むしろ俺はセーラー服が好きだ。けれどスカートは気に食わなくて、バンド繋がりのロリィタファッションの女友達の買い物に付き合ったとき、ひらひらでヒップがぽこんと膨らんだバッスルスカートに一目ぼれした。まあ、店員は俺が試着するのを見て絶句してたけどね。


 「ま、そゆことで、俺は女だし同性愛者でもないし、あんたがいくらうちに押しかけて菓子を持ってきてもあんたとはなんともならないよ」

 ありゃ、想像はしてたけど、泣き出しちゃったよ。とりあえず人が集まる前に、うちに連れて行こう。 どうせ場所はばれてるんだから。


「お帰りななせ、あらお友達?」

 ひげ面セーラー服の娘に対しても慣れた様子の母親にも驚きつつ、彼女はだまって俺の部屋についてきた。


 ギター、アンプ、山のようなCD、多分その辺は彼女も予想通りだっただろう。

 その中でひたすら異質なのはセーラー服とバッスルスカート、なじむのは無精ひげの俺。

 しばらく沈黙が続いた。黙ってても仕方ないので、俺から口を開く。

 「あのさ、あんたさ、さすがに家までつける、てのは無しだぜ?」

 その言葉に彼女がうつむく。混乱しながらも彼女も落ち着いてきたらしい。

 「それと、手作りの菓子のプレゼントはやめたほうがいいよ、俺も菓子作るけどさ、本当に親しい奴以外には食わせないし。なんか混ぜ物してあると思われて捨てられるのがオチだし。」

 みるみるうちに、涙がこぼれだす。その彼女にティッシュを渡すと、涙ながらに彼女が話し出した。


 「どうして、どうしてそんな格好なんですか」

 どうもこうも、俺がいちばん好きなものを集めていった結果だよ。

 「どうして、おとこの人の格好をするんですか」

 ん?たまたまやりたい格好や髪型がこれだったからだけど。そこに理由なんている?

 「どうして、そんなに自分を強くもてるんですか」


 強い?俺が?そりゃ貴也と腕相撲してもいい線行くけどそういうことじゃないよね。

 別にね、俺、自分が女であることには全然抵抗無いしね。

 まあ子供の頃から腕白ではあったけど、一応髪伸ばしたりしてたし。

すっげえ簡単なことなの。俺は、俺がそのとき好きなもの、すきなことをするだけ。他人になんと言われても、俺は俺の好きにするのが何よりも優先事項なの。


 人生って長そうで案外短いかもだし、明日死ぬかも知れないのに、自分が好きなもの以外のことするのも、身につけるのも嫌じゃん。


 そういって彼女之顔を覗き込むと、もう涙は流してなかった。


 「本当に、本当にごめんなさい、こんなことして。」。

 私、ななせさんが大好きです。多分、恋愛感情とかではない、かな、と思います。」

 あれ、なんか予想と違う展開?

 「私、ななせさんがすごく楽しそうに演奏してるのを見るのがすきなんです。

 お友達やバンドの方とお話されてる時もすごく楽しそうで。

 なんだか、すごく自由な人なんだなって。うらやましくて。」

 まったく褒められてる気はしないが、結局は自由になりたい、てことなのかね。


 それからは、彼女の話をひたすら聞いた、まあ、ありがちなちょっと厳しいおうちってやつ。ライブは成績が良ければ行ってもいい。あれ、どこかで聞いた話だな。


 本当は、他のバンギャの子たちが着ているような服を着たい、髪型をしたい。延々と彼女のかたりが長引きそうになったので、俺はそこで話を止めた。


 「で、結局あんたは何がしたいわけ?どうなりたいわけ?何が本当に好きなわけ?」

 彼女の言葉が、ぴたりと止まった。

 「な、何がすきなんでしょう」

 俺は思わず笑っちまった。そんだけ語って、人にストーカーまでして、好きなもんが俺とかバンドとかじゃねぇのかよ。


 「あんた、ばかだな」

 そのことはに、彼女がまた泣きそうになる。けれども実は案外性格が悪い俺は言葉を続ける。


 好きなことを続けることも手に入れることも、簡単じゃねぇんだよ。

 俺だって順風満帆にやれてきたわけじゃなくて、やることはきちんとやって好きなことしてんだよ。

 好きなことに理由なんていらない、見つけようとしても見つからないかもしれないし、ある日突然見つかるかもしれない。

 「だからさ、いつその時が来てもいいようにやれることやって、後は好きなもんを逃さないようにしなよ。」


 彼女は、大きく頷いた。そしてその瞳には、もう涙は無かった。


 ******

 その後、なんだかんだと仲良くなった俺達は、共通の趣味の菓子作りに励んだりしている。まぁ、かーちゅんのうれしそうなこと、娘が娘らしい趣味してるからねぇ。


 「ねえあなた、その髪夏は楽そうで良いわね」

 「ありがとうございます、でも冬は寒いんですよ」


 そう笑った彼女はほぼ丸刈りに近いベリーショートで、つぎはぎのダメージデニムとバンドTシャツ。両親は絶句し、担任は呆気に取られたらしいが、よっぽど前より良いと思う。パティシエになるためにケーキ屋でバイトをし、貯めた金でヴィヴィアンの服を買うのが目標らしい。いいね、いい調子だ。


 俺は相変わらず無精ひげで、夏場はちと暑いバッスルスカートとセーラー服で学校に通う。

 この間かっこいい古着屋を見つけて、そこで買い物してるうちにバイトになっちまった。でもこれも俺の大好きなこと。


 まあ、いいじゃないですか。だってすきなんですもの。

 それが俺達の合言葉。楽しいかって?さいっこうに楽しいに決まってるだろ。


 あ、そうそう、ひとつだけ教えてやるよ。

 通販の安いニプレスはあんまりよくないよ?


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だって好きなんですもの 百合川リルカ @riruka3524

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