第12話

 大魔法使いの城は要塞のように頑丈そうで、大きなお堀に囲まれていた。このまま空から行くのかと思っていたが、大魔女はお堀の前で降下し、地面へ降り立った。ベテラン魔女たちもそれにならい、僕らの籠を下ろし、そこへ立った。すると、城へのかけ橋が下ろされ、

「お待ちしておりました」

 と一人の魔法使いが言った。

「お久しゅうございます。大魔法使い殿」

 大魔女がそう言うと、橋の前に立っていた魔法使いは、

「百年ぶりですな。お元気そうで何よりです」

 と表情をまったく変えずに答えた。そのあと、大魔法使いにうながされ、城の中へと入った。そこには六人の魔法使いが罪人扱いの僕らだけでなく、魔女たちのことも監視するように一人一人が傍らについた。僕らはもちろん籠から出されることなく、魔法使いたちの魔法によって運ばれた。大魔法使いは大きな二枚扉の前に来ると、手をかざした。すると、扉は音もなく外側に開いた。その部屋は薄暗く、真ん中の空中に、炎を灯した大きな洋風の盃があった。大魔法使いがパンと手を叩くと、いくつものろうそくが、炎の大盃の周りに大きく円を描くように灯された。そこにはろうそくの数だけの魔法使いがいて、空中に浮かぶイスに腰かけていた。一番奥には大きくて立派な、まるで王座のようなイスがある。

「では、始めるかな」

 大魔法使いはそう言って、一瞬姿を消したかと思ったら、次の瞬間、あの大きなイスに腰かけていた。僕らがその部屋に通されると、あたりがざわつき始めた。

「静粛に。評議会を開催する。では初めに、ジョアンナよ、なぜここに人間の子供がいるのかを説明せよ」

 ジョアンナと呼ばれたのは大魔女だった。

「はい、この者たちは、時空の裂け目からこの世界へと引き込まれてしまったようです」

「その時お前などこにいた?」

「わたくしは城の中におりました」

「それは誠か?」

 大魔女は嘘をついている。しかしこれは僕ら三人も事前に示し合わせていた。ここへ来る前に、僕らの思考が魔法使いたちに読み取られないように、魔法がかけられている。それを、魔法使いたちに悟られないだろうか? とても心配だ。

「はい」

「では、これは偶然の事故ということなのだな?」

「はい」

「よろしい。では罪人どもはこちらで預かろう」

 そういって、大魔法使いは閉会しようとした。

「お待ちください。この世界に人間がいることは災いを招くといいます。早く元の世界に帰すには、わたくしのところに置くことが最善ではありませんか? 時空の裂け目をいち早く見つけることができるのは、わたくしだけでございます。そして、そこへのトンネルを作れるのもわたくしだけ」

 大魔法使いは大魔女の言葉に何やら裏があると感じたのだろうか? 目を細めて彼女を見てから、

「分かった。では、お前の責任にて、その者たちを人間界へ帰すのだ」

 その議決に魔法使いたちは不満なようで、大声で反対した。

「静粛に」

 大魔法使いはスティックを振ると、大盃の炎が大きく燃え上がり、火の粉をまき散らした。軽く悲鳴が上がり、魔法使いたちはスティックを振るって、火の粉を払いのけた。

「意見がある者は評議会の規律に基づき述べよ」

 大魔法使いの言葉に、一人の魔法使いがスティックを大盃の炎に向け、立ち上がった。

「意見を述べよ」

 大魔法使いの許可が下りると、その魔法使いは重々しくしゃべり始めた。

「今回の評議会に我々が参列したのには、重要な意味があるのです。それは、ここにいるジョアンナをこれ以上放っておけないと考えてのこと。この世界が二つに分かれてしまったことも、この者のせいではありませんか! 人間界に興味を持ち、人間の子供をわが子のように育てている。そして、また、ここにこうして人間の子供を連れ込んでいる。どうして、これを許されるのですか?」

「それは、私への批判と受け止めてよいのだな? 確かに、ジョアンナはこの世界の掟を破り、我々を翻弄してきた。彼女は我々とは違う。お前たちにも分からぬ感情を持ち合わせておる。千年という長き時間を生きてきた私には、その気持ちがやっと少し理解できるようになったのだ。それを考慮しての私の判断に、お前たちは意見ができるのか?」

 大魔法使いにそう言われると、魔法使いたちは一様に黙った。

「では、これにて閉会する」

 その言葉に反応して、部屋のすべての明かりが瞬時に消え、僕はめくらになったみたいだ。次の瞬間、僕らはあの大きな二枚扉の前にいた。

「あのー」

 何がどうなったのか分からず、つい声を出してしまった。大魔女に、ここではしゃべってはいけないと言われていたのに。心を読まれないようにする魔法が溶けてしまうのだ。

「帰りますよ」

 もうそこには、魔法使いたちはいなかったが、城の中でいつ心を読まれるか知れない。急いで、城を出て橋へと向かうと、大魔法使いがそこで待ち構えていた。もしや心を読まれてしまったのか?

「ジョアンナ。このような形でしか逢えないとは切ないことだ」

「早く分かり合える日が来ることを願っています」

 先を急ごうとする大魔女に、大魔法使いは、

「私の立場を分かってほしい」

 と言った。

「わたくしは十分理解しています。しかし、あなたは変わられてしまわれました。もう、わたくしの知っているウィルバートではないのです」

 大魔女はそう言って、架け橋を渡っていった。ベテラン魔女たちも僕らを運び、橋を渡った。それを、大魔法使いは悲しそうに見送っている。渡り終わると、橋はギシギシと音を立てて上がっていった。

 大魔女の城に戻ると、

「まったく、なんて子だよ。しゃべったらダメだとあれほど言ったのに……」

 ベテラン魔女に僕は怒られてしまった。

「キッチョリーナ、ご苦労様。もう下がってよろしい。ミリィ、サブリナ、あなたたちも戻ってよろしい」

 大魔女が言うと、三人のベテラン魔女はおじきをすると、すっと姿を消した。でこぼこトリオの名前が分かった。中肉中背の人がキッチョリーナ、太っちょの人がミリィ、細身の人がサブリナだ。

「あなた方には申し訳ありませんでした」

 大魔女がスティックを振ると僕らの入っていた籠は消えた。

「聞きたいことが山ほどあるのでしょう。そのことについてお答えします」

「僕らは、この世界を変えるために連れてこられたのですね?」

「ええ」

「ここで何をすればいいのですか?」

「それは、わたくしにも分かりません」

「それって、どういうこと?」

 山田も黙ってはいられず質問した。

「わたくしは魔女。魔女は魔女の性で生きています。人間は人間の性で生きるもの。その違いが何かを引き起こしてくれると信じています」

「そんな説明じゃ、俺らには分かんねぇよ」

「つまり、僕らはここで、自然体でいればいいということですね?」

「そうです。あなた方がここに来たことで、何かが起こるはずです。それに対してあなた方が思うように行動することが重要です」

 なんだか、なぞかけみたいだ。

「それじゃ、何かが起こるまで、僕らはここで好きなようにしていればいいってことだよね? だったら、僕はこの城の中を見て回ったり、魔法の使い方を教えてほしい」

「分かりました。あなた方の世話係として、見習の魔女リリアンをつけましょう」

 大魔女が袖から出したピンク色の鈴を振ると、その音が聞こえたのか、窓の外から勢いよくほうきに乗った少女が突入してきた。それを、顔色を変えずに大魔女が手をかざして止めた。

「お呼びでしょうか?」

 その少女は、岩山で僕を助けてくれた子だった。

「ええ、呼びましたよ。あなた、止まる練習が必要ですよ」

「分かっていますとも。ですが、このほうきったら、あたしの言うことを聞かないのです」

 大魔女はリリアンに厳しいまなざしを向けたあと、

「お前はほうきとしての役目を忘れたのですか? 今度、魔女の言うことを聞かなかったら薪にしてしまいますよ」

「大魔女様、それはご勘弁ください。ただ、リリアンは魔女ではなく見習いの見習いで……」

 ほうきはそれまで、ただのほうきだったのに、急に汗をかきながら必死でしゃべり始めた。

「そんな言い訳は聞きません。お前はほうきらしく、見習いの見習い魔女、リリアンに従いなさい。これは命令です」

 大魔女にピシャリと言われ、ほうきは黙って従った。

「では、リリアン。この方々に城の中を案内して差し上げて」

「はい」

 リリアンは大魔女に頼まれると、とてもうれしそうだ。大魔女はいつものように、用事があると言って部屋を出て行った。

「さあ、どこを案内しましょうか?」

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