第8話
「貴重なお話し、ありがとうございました。一つ質問してもいいですか?」
「いいよ」
「あなたは、大魔女に記憶を消されたのではないですか?」
「それなんだよね、不思議なのは。もちろん、記憶は消された。あのあと、どこで何をしていたのか聞かれたけれど、何も覚えていなかった。それからずっと、思い出すことはなかった。それから、十年経ったとき、ふっと思い出したんだよ。この町で魔女騒動が起こったあの時ね」
「それは、今から何年前になりますか?」
「するどいね。それを言ったら、あたしの歳が分かっちゃうじゃない。まあいいけど。それは十年前、魔女が現れたと噂になった、聖マリア教会のことさ。君たちも知っているんじゃないかな?」
「ええ。だんだん、つながってきましたよ。あなたの消されたはずの記憶が、なぜそのとき、よみがえったのか……。そこに何か秘密が隠されているように思います」
「あたしの話し、信じてくれる?」
「今はまだ、結論を出せません。ただ、あなたが嘘をつく必要はない。本当だと信じて、調査を続けてみます」
「そう、よかった。君たちがもし、魔女界にたどり着くことができたなら、莉子は元気ですと伝えてほしい。これ持って行って」
そう言って、カルノリッチ、いや、莉子さんから手渡された物は、しずく型のブローチだった。
「大切なものだから、なくさないでね」
「分かりました。預からせていただきます」
「カルノリッチさん。僕からも質問してもいいですか?」
それまで、黙っていた山田がふいに話しかけた。
「そうぞ」
「あなたが話してくれたこと、当時の記憶があまりにも完璧すぎています。それについて、どう説明がつくでしょう?」
「あたしにも分からない。そうしてかなぁ? 彼女たちの話した言葉まで、一言一句、間違うことなく覚えていたの」
「もしかしたら、それは大魔女のかけた魔法かもしれないですね。ありがとうございました」
山田は、何かそこに見出したのだろうか?
「そうかもしれないね。あたしはもう一度、魔女界に行きたい。でもね、大人になったあたしは、行けないことに気づいたんだ。大魔女は言ったんだよ。『人間は信用できない』ってね。大人になると、子供のころに持っていた純粋な心をなくしてしまうんだろうね。だから、あたしの代わりに、今の魔女界を見てきてほしい。本当に行けたらの話しだけどね」
「最後にもう一つ、僕がパソコンで見た写真、あれは魔女界のものですか?」
「ああ、あれね。あたしが旅行で行ったイギリスで、雰囲気のよく似た場所を見つけたんだ。田舎町だからね、名前も覚えていないけれど、薄暗い中にぼんやりと浮かんだ古い教会が、あの大魔女様の城のとんがり屋根を思い出させてくれた」
新たな依頼を受けることとなって、彼女と別れた。
「吉田、あいつの言ったことどう思った?」
「僕は信用してもいいと思う。このブローチが本物なら、僕らを魔女と引き合わせてくれると思う」
「そうだね。カルノリッチさんの話しを聞いたら、僕も魔女界に行ってみたくなったよ」
「安易に行動を起こしたら危険だよ。僕らのミッションは、魔女がいるという証拠をつかむこと。カルノリッチさんの依頼は、必ず果たさなければならないことじゃない」
山田は少しがっかりしたようだ。しかし、彼らを危険な目にあわせるわけにはいかないのだ。大切な仲間だから。
「私も行ってみたい。カルノリッチさんの話しだと、魔女界はそんなに怖いところでもないんじゃない?」
長谷川さんは好奇心いっぱいの目を僕に向けている。
「まいったなぁ」
四人は自転車をこいで、ひとまず僕の家に向かった。幸い、家には誰もいない。部屋に入ると、僕はさっそくパソコンの電源を入れた。
「ねえ、これから何をするの?」
「今朝のニュースを調べるのさ」
事件の詳細はまだ、明らかになっていなかった。しかし、情報は得られた。
「行方不明の少女、名前は中谷啓子。F小学校の五年生。彼女の昨夜の行動を探ろう。
「それなら、私の出番ね」
「ま、そういうことになる」
時計を見ると五時半を回ったところだ。まだ明るいが、昨日の今日だ、夜出回ることは避けたい。
「今日はもう解散だ」
長谷川さんは少し残念そうだ。
「分かった、じゃ明日」
内野と山田は僕の判断が正しいことを知っている。彼らが帰った後、僕はさらに調べものをした。行方不明になっている中谷啓子の通うF小学校のホームページを開くと、学校の紹介のあとに、今回の事件についてコメントがされていた。生徒の名前は伏せられていたが、全力で捜索に当たっていると書かれている。ここは有力な手がかりはなかった。調べていくうちに中谷啓子本人のブログというのに、たどり着いた。他愛のないコメントがつらつらと書かれていたが、学校や、周りの大人たちへの不満の言葉が多かった。僕はそこへコメント書き込んだ。
『はじめまして、僕は藤ヶ丘小学校の吉田です。今どこにいるの?』
ストレートに聞いてみたが、返事は来るだろうか? しばらく待ってみると、
『あんた、あたしが誰だか分かっているの?』
ケータイのメールから返事が返ってきた。
『君が三つ池の失踪少女だと分かっているよ』
『どうやってあたしのブログにたどり着いたの?』
『それは秘密だよ。君は変わったアドレスとネーム使っているからね、かえって見つけやすかったよ』
『あんたいったい何者なの?』
『ただの小学生さ。いま、ケータイを使っているね。早いとこ、出てきた方がいい。君のはGPS付きだろ? 警察が君の捜索をしている』
僕は憶測で書き込んだが。小学生のケータイには、大抵GPSが付いている。
『いやだね。大人なんてみんな嫌い。新しい友達といる方が楽しいよ』
『君の新しい友達って誰? 本当に君を大切に思ってくれているの? 会ったばかりの君を……』
『そんなこと、あんたには関係ないじゃない。どうして、あたしを見つけ出したりしたの? ほっといてよ』
『僕は、ある調査の依頼を受けている。君も知っていると思うけれど、三つ池の魔女についてだ。今、大人たちに三つ池を荒らされるわけにはいかない。真相まで迫っているんだ。魔女の存在について……。君の事件が解決しないと、僕らは三つ池の調査ができない。だから、僕は君にこだわるんだ。けれど、今は少し考えが変わったよ。僕は僕の事情で君を説得しているんじゃない。君は周りの大人たちを誤解している。理解していないんだ。子供だから分からないこともある。大人の事情や、思いを。一度、周りの大人たちの様子を見に来たらいい。僕が協力するよ』
『あんた、ばっかじゃないの』
それから、返事はこなくなった。
「かわいそうな子だな……」
僕はときどき正直すぎるのかもしれない。中谷啓子を傷つけてしまったのだろう。時計を見ると、六時を少し過ぎていた。うちの夕食は六時半からと決まっている。父さんが帰ってくる時間だからだ。一階では、話し声が聞こえている。そろそろ、下りていかないと呼ばれるだろう。
「お兄ちゃん! ご飯よ」
やっぱりだ。
「はーい。今行くよ」
どっちが上だか分かったものじゃない。
「お兄ちゃん、三つ池の失踪事件、どうなったか知ってる?」
麻里が今朝の事件のことを持ち出した。
「さあ、知らないね」
食卓ではこんな話はしない方が無難だ。母さんが耳をそばだてているから。
「そう、私は失踪した子がどんな子か知ってるよ」
僕は思わず麻里を見た。それをすぐに聞きたいと思ったが、
「そんなこと、子供が知らなくてもいいのよ。警察が何とかするでしょ。素人が首を突っ込むことじゃないのよ」
と、母さんがピシャリと言った。この話題はここで終わりという意味だ。食事を終えて僕は二階へ上がった。麻里は、後片付けを手伝ったあと、階段を上がってきた。
「麻里、ちょっと」
ドアを開け、手招きした。
「やっぱり、話しの続きを聞きたいのね」
「何を知っている?」
「お兄ちゃんこそ、私に何を隠しているのよ」
仕方ない、僕の情報の一部を話して聞かせた。
「そう、じゃあ、中谷啓子の狂言だったのね」
「難しい言葉を知っているじゃないか」
「あら、常識よ」
きっと、母さんの見ている刑事ドラマで聴いたんだろう。
「それで、そっちの情報は?」
「F小学校の生徒で、知ってる子がいるの。幼稚園が一緒だった子よ。その子の話しだと、中谷啓子って子、大人からは普通の子と思われているけれど、陰では相当な不良らしい。悪い友達がいるみたいで……」
「それは噂か何かなのかい?」
「うううん。見たんだって。中谷が下級生に万引きさせているところを」
結局、詳しいことは知らないようだ。だが、彼女の背景は見えてきた。
「魔女は関係なかった。けれど、警察が動いているなら、三つ池に彼女を探す手がかりはないと分かれば、あそこからは手を引くだろう」
「そうね、警察だってバカじゃないわ。中谷の本性を見破って、今頃は不良の行きそうなところを探しているはずよ」
この件は一件落着ということだろうか?
翌朝、失踪事件は少女と、友人が事件に見せかけたものと分かった。少女がその後どうなったかは報道されない。メディアも事件性がないと分かったら、それ以上の取材は打ち切りというわけだ。
「失踪事件、あっけない幕引きだったな」
教室ではその話で持ちきりだ。内野も、あまりに早い解決で、がっかりしているようだ。
「ああ。けれど、僕らにとってはよかったよ。これで、三つ池に行ける」
「そうね。今日はどんな予定なの?」
「おととい、三つ池で撮ったビデオを覚えている?」
「それがどうかしたの?」
山田がそう言ったとき、教室にマッキーが入ってきた。
「お前ら、さっさと席につけ」
昨日の今日で、マッキーもあきれた様子。大概の教師は子供たちが学校へ勉強しに来ていると思っているようだが、僕らはそうじゃない。こういう情報交換や、他愛のないおしゃべりや、時には身体を動かして遊ぶ、つまり、社交の場なのだ。マッキーはそこところ分かっている。あまり教師らしくないところが、生徒から親しまれている。しかし、教師らしく振舞うことは彼の仕事なのだ。
午前の授業が終わり、給食の準備をしていると、
「吉田、給食の後、話しがある」
とマッキーに声をかけられた。
「はい」
きっと、魔女騒動についてのことに違いない。給食の後、教室には僕と内野、山田、そして長谷川さんとマッキーだけが残った。マッキーは、ほかの生徒はしばらく入ってこないようにと言った。
「話って、なんでしょうか?」
「とぼけるなよ。魔女の噂は昔からあった。けれど、なんで今またその話が持ち上がっているんだ?」
「それは僕らのせいじゃない。目撃情報がいくつかある。僕らは魔女を見ていないんだ」
「しかし、今、お前らが調査しているわけだろう?」
「そうよ。調べちゃいけない理由でもあるの?」
「そうじゃない。心配しているんだ。昨日のニュースで、少女失踪事件が報道された。あれは、二十年前の三つ池の少女失踪事件を模倣したものだ」
「なんだって?」
マッキーの口から、まさかそんな話が飛び出すとは……。いくつかの断片が集まり、おぼろげながら、形ができつつあった。パソコンに届いたシスターという人からのメール、父さんの話しに出てきた新聞配達員の証言。そして、カルノリッチさんの体験談とマッキーが覚えていた少女失踪事件。
「知らないだろう。俺は九歳だった。薮田の奥の方に住んでいる老夫婦の孫が行方不明になったって、大騒ぎになってな。小さな集落だから、近所の人たちが総出で探したんだ。俺はそのとき、その集落にある古い家に住んでいて、大人たちが捜索に出かけたのを覚えている。少女は見つかったが記憶喪失になっていた。その原因は分からなかったらしい」
「その話しなら、僕らも知っていますよ。その少女、莉子さんに昨日、お会いしました。当時五歳だったそうです」
「なに? お前ら、どうしてそんなことまで知っているんだ? まさか、本当に魔女と関係あるっていうのか?」
「それは、まだ分かりませんね」
「私は確実にいると思うわ。カルノリッチさんの体験に嘘はないと信じているもの」
「カルノリッチって誰だ?」
マッキーには僕らの話しがよく分からないだろうから、これまで調べて、分かったことを話した。
「なるほどな。信憑性はある。しかし、俺は大人だ。こんな非現実的なことを信じろと言われても即座には無理だな」
「ええ、いいんです。僕らもまだ、真実を突き止めたわけじゃないから」
「けどよ、魔女が存在することを、俺らが突き止めたとしても、誰が信じるんだ? 魔女がいる証拠を公開してもいいのか? それを魔女が許すとは思えない」
確かに、内野の言うとおりだ。今回のミッションは、長谷川さんの友達、山本真知子が魔女を見たということを証明することだ。そのために、魔女の存在を明らかにしようとしているのだ。なんだか、遠回りしているような気がする。真知子が嘘つきでないことを証明するのに、なぜこんなにまどろっこしいことになっているのだろう?
「誰も信じてくれなくてもいいよ。ただ、僕は三つ池の魔女に会いたいんだ」
マッキーは気を付けるようにと僕らに注意した。少女が記憶を失った理由……。それには何か危険なことが関係していると考えているのだろう。莉子の記憶が魔女の魔法によって消されたことは、マッキーには伏せていた。
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