第6話
朝、目が覚めても夕べの夢のことは鮮明に覚えていた。
「不思議な夢だったな」
仄暗い世界。それは、まさしくあの写真の魔女の国だった。そこでは戦争が起こっていたのだ。
「お兄ちゃん、今何時だと思っているのよ。」
麻里がいつものように僕を起こしに来た。
「あら、めずらしい。もう起きていたのね。早く朝ごはん食べるのよ」
僕が起きていたことが残念だったのか、がっかりしたようだ。着替えをして、階段を下りると、ダイニングで父さんが朝食を食べながら、ニュースにくぎ付けだった。
「何見ているの?」
席について僕も朝食のパンに食らいつきながら、テレビを見た。
「まさか! この映像、三つ池じゃないの?」
「そうらしい」
「何か事件でもあったの?」
ニュースの内容はこうだった。
『昨日、この池の前から忽然と姿を消した少女。彼女はいったいどこへ行ったのでしょうか?』
と神妙な面持ちのリポーターから、スタジオへと画面は切り替わり、
『現場に落ちていた少女のバッグ、そして片方だけの靴。なぞは深まるばかりです。地域の住民の話によると、最近このあたりで、魔女が出るという噂ですが、はたしてその真相は……』
アナウンサーのコメントが意味深に終わり、CMに入った。
「さあ、みんな出かける時間よ。急いで」
母さんの言葉にはっとして、
「いけない、もうこんな時間じゃないか」
父さんも僕もあわてて出かけた。麻里は僕の気づかないうちに、もう家を出ていた。学校では、もうニュースで持ちきりだった。
「ねえ、今日のニュース見た?」
女子たちがこの事件をまるで喜んでいようにウキウキと話している。
「さあみんな席について」
いつの間にか教室に入ってきたマッキーが手を打って静まらせた。それでも、一部の女子は、まだこそこそと話している。
「お前ら、学校に何しに来てるんだ? 俺もその噂は知っている。しかし、今は勉強する時間だ」
マッキーに一括され、おしゃべりな女子たちも一様に黙った。
午前の授業は、みんな気もそぞろだったに違いない。何度もマッキーに注意された。昼休みになると、女子がこぞって僕のところに集まった。
「吉田君、魔女の調査してるんだってね。今回の事件はやっぱり、魔女の仕業なの?」
そう聞いたのは田辺ひかり。このクラスで一番のおしゃべりな子だ。
「調べているのは確かだけれど、まだ詳しいことは教えられないよ」
「何よ、もったいぶって」
ひかりは周りの女子たちと、ぶつぶつ文句を言いながら教室を出た。
それを確認してから、内野と山田がそばに来た。
「気になるよなぁ。今朝のニュース」
「本当に魔女が関わっているのかなぁ」
二人とも騒がしい女子は苦手なのだ。もちろん僕だって、好かないが、ああいうのには慣れている。
「まだなんともいえないな。魔女がいるということもまだ証明されていない。けれど、僕が魔女だったら、人間界でニュースになるようなことはしないよ。きっと、魔女界にも掟はある。騒ぎを起こすなんて魔女界を危険にさらすことになるからね」
「そうか、じゃあ、これは事件なんだね」
「魔女の噂にかこつけた悪質ないたずらだよ。このままじゃ、三つ池を大人に荒らされる。早くこの事件、いや、失踪騒ぎを解決させなくちゃ」
僕の考えでは、この失踪した少女、きっと、どこかに身を隠しているに違いない。
「今日は忙しくなるよ。四時にカルノリッチに会う。それと、今回の失踪騒ぎの真相をつかまなくちゃならない」
「あら、私抜きで作戦会議だなんて、ひどいじゃない」
急に僕の後ろで声がして、振り向くと長谷川さんが立っていた。
「ごめん、のけ者にしたわけじゃないんだ。そこへ座って。今話していたんだけど、今日の僕らの予定は、魔女界に行ったことのあるというカルノリッチさんに会って話しを聞く」
「誰ですって?」
長谷川さんは僕の話の途中で、変わった名前に反応した。
「カルノリッチ。これはもちろん本名じゃない。男なのか、女なのかも分からない。僕の予想ではたぶん女性だろう」
「そう、話しを続けて」
「そのあと、三つ池で失踪した少女の身元を調べて、彼女の居場所を突き止める」
そこまで話すと、長谷川さんは眉間にしわを寄せて、
「ちょっと待って、今朝のニュースでやっていた失踪事件のことを言っているの?」
「もちろんだよ」
「やっぱり、魔女がかかわっているのね」
「違うよ。魔女とは関係ないということを証明するために、彼女を探すんだ。ニュース関連の人たちに、三つ池を荒らされたくないんだ」
そのとき、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「この続きは放課後」
午後の授業も終わり、教室を出ると、僕らは急いで家に帰った。今日は木曜日で、六時間授業だから、もうすでに三時半を回っていた。基地に集まっている暇はないから、とにかくみんな現地集合ということにした。なるべく急いで来たつもりだったが、蓮華池公園に着いて腕時計を見ると、四時を少し回っていた。そこへ、シャーと勢いよく自転車を走らせてきたのは内野、それから少し遅れて、長谷川さん、続いて山田がやってきた。時計を見るともう四時十分だ。
「カルノリッチさんは? まだ来てないの?」
長谷川さんはそう言ってきょろきょろとした。
「おかしいな。まさか俺ら、からかわれたんじゃないだろうな?」
僕はそんなふうには思いたくはなかった。周りを見回してみると、親子連れやウォーキング、散歩しているお年寄り、それから僕らが来る前からいる背の高い男性が一人たたずんでいた。
「僕は考え違いをしていたようだ。あそこにいる男性がカルノリッチさんだ」
男性に近づいてみると、彼は僕らにずっと注意を向けていたらしく、こちらに向かって、手を挙げた。
「すみませんでした。あなたがカルノリッチさんですね」
端正な顔立ちの男性はにっこりと微笑んだ。スリムなジーンズが、すらりとした足によく似合っている。白いタートルネックにベージュのレザーのハーフコートを着ていた。
「利発そうな少年。君が吉田君だね」
「はい」
意外にも声は女性的だった。
「あのー、ここではなんですから、そこの喫茶店でも入りませんか? コーヒーおごります」
「へー、気が利くじゃない。でも、子供におごってもらうわけにはいかないよ」
僕らは公園の真ん中にある『さくらんぼ』という喫茶店に入った。大人相手に話しをするときにここをよく使う。
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