第5話

「外、暗いわね」

 麻里が不安そうに言った。

「怖かったら帰ってもいいんだよ」

「いやよ。私も魔女を見たいんだから」

「魔女に連れて行かれるかもしれないよ」

 僕の言葉を聞いて麻里はおびえるように僕を見た。少し脅かしすぎたかもしれない。自転車を走らせながら、後ろを行く麻里を振り返った。

「冗談だよ」

 麻里はしばらく黙って僕の後をついてきた。第二秘密基地は山のふもとの竹やぶの中にある。その辺りにはもちろん照明なんかない。もうすぐ八時になる。もうすでにこのあたりは真っ暗だ。秘密基地は竹で囲まれていて外からは見えない。懐中電灯で照らしながら進むと、基地から薄明かりが漏れていた。

「もう誰か来ているんだな」

 ドアを開けると、内野と山田ともう一人、

「長谷川さん? 何でいるの?」

「あら、失礼だわ。私も今回のミッションに参加しているのよ。ここにいてもおかしくないじゃない。あれ、あなた、吉田君の妹さん?」

 麻里は話しかけられてもじもじした。結構、人見知りするのだ。

「ついて来るってしつこくて。それより、長谷川さんは親になんて言ってきたの?」

「そんなこと、気にしなくたっていいのよ。あなたたちには迷惑をかけないから。これから真知子ちゃんに話を聞きに行くんでしょ?」

 僕は内野と山田をちらりと見た。

「みんなで行こう」

 山田にそう言われて、僕も観念した。

「そういえば、女子への聞き込みどうだったの?」

 自転車を走らせながら聞くと、

「あの子たちの情報は役に立たなかったわ」

 思ったとおりの結果だった。

「そうか。仕方ない、僕も彼女たちに期待はしていなかったからいいよ」

 関塾に着くと、ちょうど授業が終わったらしく、数人の子供たちが出てきた。

「真知子ちゃん」

 長谷川さんが一人の少女に声をかけた。目のクリっとしたロングヘアーのおとなしいそうな子だ。この子が山本真知子さんなのだろう。

「美佳ちゃん? こんな時間にどうしたの?」

「私が話した探偵団を連れてきたの。今から三つ池に調査に行くのよ」

「こんばんわ。僕、吉田と言います。こっちは内野と山田、それと妹の麻里です。君は塾の帰り道に三つ池のそばを通るんだってね」

 山本さんは山田に向かって軽く微笑んだ。そういえば、二人は顔見知りだった。

「ええ、でも最近はちょっと怖いから遠回りをしているの」

「今日は大丈夫よ。護衛が三人もいるもの。三つ池に一緒に行かない?」

 長谷川さんがそう言うと、

「でも……」

 と山本さんは口ごもった。三つ池のそばは外灯はなく、あまり人通りもない。

「無理に誘ったらかわいそうだよ」

「そうね。じゃあ、今日は話を聞くだけでいいわ」

「わたし……。三つ池に行くわ。だって、美佳ちゃんも山田君たちも、わたしのために調査してくれているんですもの」

 山本さんが、リーダーである僕よりも山田の名前を言ったことに、少しジェラシーを感じた。

「よかった。そう言ってくれて。じゃあ行きましょう」

 今回のミッションは僕らよりも、長谷川さんのほうがリーダーシップを取っている。こうして、結局六人で三つ池に行くこととなった。

「今日、魔女が現れるかしら?」

「こんなにたくさんいたら無理かもね。なるべく静かにしてくれよ」

「あら、私がうるさいみたじゃない」

「そうじゃないけど……」

 僕は口ごもった。けれど、長谷川さんが一番しゃべっている。いつもおしゃべりな麻里は、魔女を見たいと言ってついてきたわりには無口だ。それもそのはず、口は達者なのだが、怖がりなのだから。三つ池に到着し、自転車を木陰に隠して準備を始めた。僕は集音機の調整。内野はビデオカメラのチェック。山田はデジタルカメラ。女子はそれを黙って見ていた。麻里は僕のとなりでじっとしている。

「麻里、怖いの?」

「平気よ」

 強がりを言っているけれど、僕の服の裾をしっかりと掴んでいる。

「準備OKだよ。それじゃ、君たちは池の周りを歩いてみて」

 長谷川さんと山本さんに指示を出した。

「麻里は僕と一緒にいろよ」

「あら、お兄ちゃんは優しいのね」

 長谷川さんが僕をからかった。

「そんなことないよ」

 計画通り、二人が池の周りをゆっくりと歩いた。池のこちら側は歩くことができるけれど、向こう側は山の斜面が急で歩くことはできない。したがって、こちら側を行ったり来たりするしかなかった。

「何も起こらない」

「相手は魔女だ。俺らがいることもお見通しなんじゃないのか?」

「そうかな? 魔女だって毎日現れるわけじゃないと思うよ」

「そろそろ帰ろうか。女子をこんな時間まで付き合わせてしまった」

 歩いていた二人には戻ってくるように指示した。

「もう帰るの?」

「ああ」

 腕時計を見ると、もう九時半だった。

「家まで送るよ」

 山田が山本さんに言った。

「でも、悪いわ」

「僕のことは気にしないで」

 結局、山田が山本さんを、内野が長谷川さんをそれぞれの家へ送ることとなった。

「お前は妹のお守をしてやらないとな」

 僕は内野にそう言われて、まっすぐ家に帰った。

「遅かったじゃない。何時だと思っているのよ」

 僕の上に雷が落ちた。ヒステリックな母さんのキンキンした声が響く。

 麻里はというと、さっさと風呂に行ってしまった。叱られ役は僕の役目のようだ。

「ごめんなさい。すっかり時間を忘れちゃって」

「言い訳は聞きませんよ」

 僕はしばらく玄関で立ちんぼだっだ。そこへ父さんが来て、

「まあ、上がんなさい。話しは僕が聞くから」

 と言って、母さんをなだめた。

「また、そんなことを言って……」

 母さんはぶつぶつ言いながらリビングへ戻っていった。

「さあ賢一、今日の話を聞かせてくれよ」

 そう言って僕の肩に手を回してポンと叩いた。僕と父さんの秘密の話ができる場所がある。それは屋根裏部屋だ。ここを建てるときには、物置にするつもりだったらしいが、そこを少しリフォームして、僕と父さんの秘密基地にした。今日のことを父さんにかいつまんで話した。

「そうか、魔女ねえ。もしかしたら、本当にいるかもしれないよ」

 父さんは、子供の空想話のようなことを否定したりはしない。

「そういえば、聞いたことがある。何年か前にうわさが流れたんだ」

 父さんが聞いた噂というのは、早朝の新聞配達員が見たという魔女の姿。物語に出てくるような黒い服、黒いとんがり帽子(帽子は真ん中あたりで、くたびれたように折れ曲がっていたそうだ)、ほうきを手に持ち、赤ん坊を抱えていたという。これはシスターの証言と一致する。

「ねえ、それって、どこで見たんだろう?」

「そこまでは知らないよ。うわさだからね」

 これで、かなり近づいた。魔女はいるかもしれない。

「ありがとう」

 はしごを下りようとする僕に向かって父さんが、

「あんまり、母さんに心配かけるなよ」

 と言った。

「うん」

 僕はそう返事をしたものの、今回のミッションは真実に近づくにつれ、危険度が増していくような気がした。

 部屋に戻り、時計を見ると、もう十時半を回っていた。

「風呂に入って寝るかな」

 いつも長風呂の麻里だが、さすがに今日は早かった。隣の部屋でもう寝息が聞こえる。リビングではテレビから声が聞こえる。母さんがドラマを見ているらしい。主婦って、毎日テレビを見ていても飽きないんだな。バスルームへ行こうとする僕の足音を聞きつけたのか、

「早く寝るのよ!」

 と母さんの声が聞こえた。いい耳してるよ。

「はーい」

 僕は急いで風呂に入った。カラスの行水と言われるが、これでもきちんと身体は洗っている。失敬だと思う。いつもなら風呂上りにジュースを飲むのだが、今日はやめておこう。また、母さんに小言を言われるに決まっている。すぐに部屋に戻りベッドに横になった。父さんの話と、シスターの話がとても気になったが、とにかく今日はもう遅いから寝なくちゃ。目を閉じると、ゆっくり夢の世界に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る