第4話
「宿題でもやろうかな?」
僕はよく賢そうに見られる。名前もそうなるようにという両親の願いを込めて、賢一と名付けられたにも関わらず、学校でのテスト結果はかんばしくない。クラスの平均を行ったり来たり。それでも、おおらかな両親は塾へ行けだとか、家庭教師をつけようなどとは言わない。もしかしたら、経済的なこともあるのかもしれない。
「あ~あ、めんどくさいな。なんで、宿題なんで出すんだろう。勉強なんて、やりたい奴がやればいいのに」
イスにもたれかかって、鉛筆をクルクル回していると、部屋のドアがいきなり開けられた。
「やっぱり宿題やってないのね。ご飯ができるまでに済ませるのよ」
そう言って入ってきたのは、もちろん麻里だ。
「ああ、今からやろうと思っていたんだ。麻里は宿題をやったの?」
僕にばかり注意する麻里に、逆襲を試みたのだが、
「当り前じゃないの。宿題を済ませてから遊びに行っているのよ」
と、逆にやり込められてしまった。言いたいだけ言った麻里は、気が済んだのか、自分の部屋へ行った。結局、僕は麻里には甘いのだ。大人びたことを言ってはいるが、まだ三年生だし、ちょっとしたことで泣いてしまう。
「ふう。行ったか」
僕は宿題よりも、今夜のことが気になっていた。三人で三つ池に行って、調査をしなければならないのだ。その準備として、ビデオカメラ、デジタルカメラ、それと、集音機。僕の持っている集音機は去年、小学生用の学習教材として、学校で配布された注文書で買ったものだ。必要なのは性能のいい集音機だったが、今回はこれで、我慢しよう。それらをリュックに詰めて、机の下に入れた。麻里がまたいつ部屋に入って来るか分からない。
「よし、宿題でもするか」
今日の宿題は、いつもと同じで、漢字一ページと算数プリント。算数だけは僕の得意とするところだ。勉強時間は算プリ五分、漢字二十分。塾に行っている山田と比べたら、あまりにも楽しすぎている。しかし、僕にはやることがたくさんあるんだ。また、パソコンを開いて、自分のホームページを開く。本日のメール数五十件。半分は魔女についての質問、目撃情報などで、あとの半分は、依頼や意味の分からない質問だった。僕らの活動は、秘密裏に行われているのもあれば、ホームページで公開しているものもある。今回のミッションは公開している。
「なんだ、あまりいい情報ないじゃない」
それでも、一つ気になるものがあった。
『魔女についてのことをお調べのようですね。十年前のことですので、参考になるか分かりませんが、お話しします。わたくしは、聖マリア教会のシスターです。十年前の五月でした。わたくしが早朝、表に出ましたところ、奇妙な声を聞きました。それは恐ろしく低い声の慟哭のようなものでした。そのあと、見たのです。ほうきに乗った魔女が、何かを抱えて飛んでいく姿を。そのとき思ったのです。あの声は魔女の声だったのではないかと。彼女は泣いていたのかもしれません。ただ、この話は十年たった今でも、誰にも話してはいません。きっと、笑われてしまいますから……』
この文面から見ても、いたずらで書かれたものではない。シスターというのも、嘘ではないだろう。しかし、なぜシスターがこのホームページを知っていたのか? 藤ヶ丘にも聖マリア教会が一つある。もしかしたら、そこのシスターかもしれない。藤ヶ丘の住民なら、僕らの活動を知っていてもおかしくはない。
「このメールをくれたシスターを探さなくちゃならないな」
思わぬ目撃者が見つかったところで、
「ご飯よ!」
と、階下から母の声が響いた。すぐに行かなければ、そのあと麻里が階段を駆け上がり、呼んだらすぐに来るのよと、僕の世話を焼くのだ。
「はーい。今行くよ」
パソコンを閉じて、階段を駆け下りた。
「父さん、お帰りなさい」
仕事から帰った父さんが食卓に着いている。いつもの光景だ。
「ああ、ただいま」
麻里は母さんの手伝いをして席に着く。母さんも座ると、
「いただきます」
父さんが言って食事が始まる。午後六時半、いつも決まった時間に、家族そろって夕ご飯を食べるのが、僕ら家族の習慣だ。父さんが近くの町工場に働きに行っているから、帰りは早いし、寄り道もしない。食事が済んで、テレビを見ている父さんに、今夜のことを切り出した。
「父さん、あのね、今日八時から星の観察をしなくちゃいけないんだけれど、山田と内野と三人で、よく星の見えるところへ行きたいんだ。いいかな?」
「ああ、いいよ。行っておいで」
「あら、子供だけなんてだめよ。パパ、一緒に行ってあげて」
母さんが余計なことを言ってくれた。
「大丈夫だよなぁ、賢一」
「うん」
父さんは話が分かる。僕が本当に星の観察に行くんじゃないことを察してのフォローだろう。
「パパ! 賢ちゃんが不良になったらどうするのよ。夜更けに子供だけで出かけるなんて」
「僕は賢一を信用しているよ。ママが思っているよりもこの子は賢い。それに一人で出かけるじゃないんだ」
「もう、知らないわ」
母さんはプリプリしながら、食器を片付けた。麻里はそれを手伝いながら、じろりと僕を見た。もう気付いているに違いない。僕が魔女の調査をしているということを。二階に上がり、もう一度、持ち物の確認をしていると、またもや、いきなりドアを開けて麻里が入ってきた。
「びっくりするじゃないか。ノックぐらいして入って来てよ」
「あら、お兄ちゃん。何か後ろめたいことでもあるの? その荷物は何? 星の観察にしては多すぎるわ」
僕は観念して、
「お前も気づいているんだろ? 僕らが魔女について調べていることを」
ミッションの内容を白状した。
「やっぱりそうなのね」
今度は目を爛々と輝かせている。
「大きな声を出すなよ。大人には秘密なんだから」
「ええ、分かっているわよ。今夜、魔女を見に行くのね。話によると、女の子の前にしか現れないんだって。知ってた?」
「もちろん」
「あら、だったら、私を連れて行くべきなんじゃない? お兄ちゃんたち三人はどう見ても女の子には見えないもの」
「困ったなぁ。母さんにはなんて言ったらいいんだ? お前を連れて行くなんて……」
「それなら大丈夫よ。私がお兄ちゃんたちの監視役になるとでも言えば、きっと許可が下りるわ」
そんなわけないだろうと思っていたが、
「その手があったわね。麻里が一緒なら私も安心だわ」
僕ってそんなに信用ないのかなぁ?
「まかせてよ」
麻里はそう言って胸を張った。兄である僕の立場がないよ。
「じゃ、いってきます」
まさか、こんな羽目になるとは……。
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