第3話
そう言われると、僕も急におなかがすいてきた。
「じゃ、バンバンだね」
バンバンというのは、中央公園の前にある焼き鳥屋の名前だ。おばあさんが秘伝のたれをつけて焼いている。リーズナブルでとってもおいしいのだ。
「おう」
内野はそう言って、猛スピードで、焼き鳥屋に向かった。僕がやっと『バンバン』に着くと、内野はすでに焼き鳥に食いついていた。
「遅かったな。お前も食うか?」
彼はそう言って、僕に焼き鳥を差し出した。
「うん。でも、自分で買うからいいよ。焼き鳥三本下さい」
おばあさんは、
「あいよ。三本で百八十円だよ」
と言って、手ぎわよく焼いた。僕らは焼き鳥を食べながら自転車を引き、商店街を歩いた。プラモ屋の前で、妹の麻里が友達としゃべっている。
「あら、お兄ちゃん。またおこづかいを使っちゃったのね」
麻里はいつも、母親の口調をまねて僕に注意する。
「大丈夫だよ。使いすぎないようにしているから」
「そんなこと言って、どうせもう、全部使っちゃたんでしょ」
「まあ、いいじゃないか」
僕はこれ以上、麻里に何か言われる前に、自転車にまたがり、その場から逃げた。僕の後ろを、内野がにニヤつきながらついてきた。
「相変わらず、きっついな、お前の妹」
「ああ、だけど、すぐ泣くんだ。あつかいには気を遣うよ」
家に着くと、母親は買い物に行っているらしく、留守だった。
「さっそく始めるか」
ノートパソコンはいつもリビングに置いてある。家族で共用なのだが、まともに使えるのは僕しかいない。したがって、僕専用みたいなものだ。それを自分の部屋へ持って行き、検索を始めた。
「どうなんだ? いい情報はあるのか?」
横から内野が覗き込む。
「どれもくだらないものばかりだ」
ずらりと並ぶ項目の中から、『魔女の世界から戻って……』というのを見つけた。気になったので、クリックすると、昨日見たような、仄暗い世界の写真だった。
「これって、どこの国だろうか?」
僕はつぶやいた。昨日見たのは絵だったから、それはただの空想に過ぎないと思った。けれど、これは写真。合成なのか分からないが、この写真の中には本当の魔女の世界が広がっているように感じた。
「コメントを読んだか? これを掲載しれいるカルノリッチって、どこの国の人だろう? 日本語で書いてあるけど……」
「名前なんて、ここでは意味はない。みんな本名は載せないのさ。男か女かも分からない。カルノリッチが本当のことを言っているのならば、魔女の国へ行っても帰ってこられるということだ」
「そうだな」
「カルノリッチはこう言っている。『魔女の世界への入り口は、気まぐれに現れ、気まぐれに消えていく。私はその気まぐれな入り口に吸い込まれるように、魔女の世界へといざなわれた』向こうの世界での出来事をここで記すことはできないみたいだね。口止めされているのかもしれない」
「でもよ、写真を撮ってくるなんて、魔女が許したのかなぁ」
「さあね。僕には分からないよ。僕らのミッションは魔女が本当に存在するのかということの調査だ」
とりあえず、このカルノリッチという人にメールを送ってみた。メールの内容はこうだ。
『こんにちは。はじめまして、僕は吉田といいます。僕は今、魔女は本当に存在するのかということを調べています。あなたと会って、直接お話がしたいです』
「すぐに返事が来るのか?」
「まあ、気長に待とう。その間に、もう少し調べておこう。何かいい手がかりが見つかるかもしれないからね」
パソコンと向き合って一時間、まったく進展はなかった。そのとき、メールが来た。
『初めまして、吉田君。私の話が聞きたいそうだね。君はどこに住んでいるの?』
僕は、すかさず返事をした。
『S県の緑市藤ヶ丘です』
『そうか、そこならそう遠くないよ。君の都合のいい日に会いに行くよ。いつがいいかな?』
『明日の午後四時ごろでもいいですか?』
『いいよ。じゃ、明日の午後四時。場所はどこ?』
『カルノリッチさんは緑市に来たことはありますか?』
『昔行ったことはあるけど……。道は覚えていない。だけど、車にはナビが付いているから大丈夫』
『じゃ、蓮華池公園というところの東の入り口で会いましょう』
『分かった。それじゃ、また明日』
これで、カルノリッチとの通信を終えた。
「ねえ、カルノリッチって、何をしている人なんだろう? 車に乗っているんだから、大人に間違いないけれど、午後四時に俺らと会う約束していいのかな?」
「平日が休みの人もいるんだよ。余計な詮索はしないほうがいい。詳しい話を聞き出せなくなる」
もう日が傾き始めていた。
「今日はこのくらいでいいだろう。明日、詳しいことが聞けるはずだから」
僕はパソコンを閉じ、内野を玄関まで見送った。そのときちょうど、麻里と母が一緒に帰ってきた。
「あら、しょうちゃん来ていたのね」
母さんがしょうちゃんと呼んだのは、内野のことだ。
「はい。おじゃましました」
内野がぺこりとおじぎをすると、
「今、大福を買ってきたんだけど、持って行く? ご飯の前に食べちゃだめよ」
と言って、彼に大福を持たせた。母さんは内野を見ると、いつも食べ物を与えたがる。彼がおなかをすかせているのが不憫に見えるのだろう。別に、内野の家が貧乏なわけではない。彼のうちは父親が運送会社を経営している。したがって、ひとりっ子の内野は社長の息子で次期社長でもあるのだ。
「ありがとうございます」
大福をもらった内野は、満面の笑みでお礼を言い、自転車に乗って帰っていった。
「母さん、内野を動物園のサルだと思ってない?」
僕が言うと、麻里はクスッと笑った。
「何バカなこと言ってるの」
母は眉間にしわを寄せた。冗談が分からないみたいだ。
「二人で買い物に行っていたの?」
玄関に上がる二人の背中に向かって言うと、
「藤ヶ丘スーパーで買い物をして、出てきたら麻里と会ったのよ」
「そうそう、それで私が荷物を運ぶのを手伝ったの。お兄ちゃんも、たまにはお手伝いしなさいよ」
聞かなければよかった。思わぬところへ話がいってしまった。二人の口調は本当によく似ている。
「はいはい。また今度ね」
僕はそそくさと二階へ上がった。
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