第14話
***
翌日から、ヴェンディグはきちんと約束を守ってくれた。
小さなはちみつパンやリンゴのケーキなどの載ったティーテーブルに案内され、レイチェルはヴェンディグと向かい合ってライリーの淹れてくれる茶を飲んだ。
子爵家の令息であるライリーがいつもお茶を淹れているのだろうかと眺めていると、「侍女やメイドは俺のいる部屋には入らないからな」とヴェンディグがなんてことのないように言った。
「俺に近寄って平気そうな顔をしている女はお前ぐらいだ。この痣に触れて祟りがないか恐ろしくないのか?」
トッピングを載せたランチパイを口に運んで、ヴェンディグはレイチェルに視線を寄越した。ライリーが取り分けてくれたリンゴのケーキを受け取って、レイチェルはヴェンディグに答えた。
「蛇の呪いと言いますが、閣下はそれを恐れていらっしゃらないように見受けられます。閣下が恐れずにいるものなら、婚約者である私も恐れる必要はありません」
「はっ。可憐な容姿をしているくせに、その辺の男よりも剛胆だな」
「失礼ですよ、ヴェンディグ様」
鼻で笑うヴェンディグを、ライリーがたしなめる。
「結構舞い上がっている癖に。素直にならないと後で後悔しますよ」
「うるせぇ。余計なことを言うな」
ライリーに向けては、ヴェンディグは拗ねた子供のような表情になる。それが二人の信頼関係を表していて、レイチェルはお茶を飲みながら二人のやりとりを眺めた。
「ところでレイチェル。実は今日、俺の元に愉快な手紙が届いたんだが」
そう言うと、ヴェンディグはニヤニヤ笑いながらティーテーブルの上、ハンカチの下に隠していた封筒を取り出してレイチェルに見せつけた。
「どんな手紙だと思う?」
レイチェルは眉をひそめた。ヴェンディグに届く手紙の内容など知る訳がない。
「リネット・アーカシュア。お前の妹だろう? 姉を返せと、まあ、俺のことを人攫いと勘違いしているんじゃないかと見紛うほどの剣幕だ。文字の乱れに動揺が現れているな」
レイチェルはお茶を噴き出すのをすんでのところで堪えた。
「社交界では評判の良くない妹らしいが、少なくともお前を慕っているようだぞ。呪われた公爵に勇気を出して抗議の手紙を送ってくるぐらいだ。大好きな姉の婚約者を奪うというのは理解できんが」
げほげほと咳き込むレイチェルの前で、ヴェンディグは手紙をひらひらさせる。
何をしているのだ、あの子は。面識もない公爵閣下に無礼な手紙を送りつけてくるとは。
面識もない公爵閣下の離宮へ強引に押しかけて求婚した自分のことは棚に上げて、レイチェルはリネットの行いにこめかみを押さえた。
「も、申し訳ありません……」
息を整えるレイチェルの横で、ライリーがお茶を淹れ直してくれる。
姉妹揃ってなんと非常識だろうと呆れられているのではないかと、意地悪げな顔でニヤつくヴェンディグはともかく、レイチェルはライリーの顔を見ることが出来なかった。
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