第15話

***



 招待状が届いてより三日後、レイチェルは王太子妃の茶会に出席するために届いたばかりのドレスに袖を通した。身支度は王宮から派遣されてきた若い侍女が手伝ってくれた。

 侍女はてきぱきと仕事をこなして去っていった。それが腕の良さのたまものなのか、それとも離宮に長居したくなかっただけなのかはレイチェルにはわからない。


(そんなに恐れるほど嫌な雰囲気が漂っている訳ではないと思うのだけれど……)


 そうは思うが、それはレイチェルがここに乗り込む時の心持ちが戦場に赴くような覚悟を決めていたからで、普通の状態だったらレイチェルも「早く逃げたい」と感じていたかもしれない。

 時間になると、ライリーが現れて王宮へエスコートしてくれた。帰りも迎えに来てくれるという。


(ノルゲン様が癒しだわ……)


 王太子妃付きの侍女の元まで送ってくれたライリーの後ろ姿を見送り、レイチェルはほっと息を吐いた。


「まあ! いらっしゃい! お会いしたかったわ!」


 中庭に設けられた茶会の席には、王太子妃の他に二人の令嬢がいた。


(ラッフォー侯爵家のロザリア様とルージック伯爵家のニナ様だわ)


 顔見知りの令嬢だったため、レイチェルはほっとした。


「お招きありがとうございます。王太子妃様……」

「あら。私のことはヘンリエッタと呼んで! レイチェル様のことはこちらのお二人からも伺っているわ!」

「お久しぶり、レイチェル様」

「レイチェル様。話を聞いた時は驚いたわ」


 ロザリアとニナは茶会や舞踏会で会うと挨拶を交わしたりお話をしたりする間柄だ。ラッフォー家もルージック家も由緒正しい家柄なので、王太子妃の友人として王宮へ通っているのだろう。

 席に着くやいなや、レイチェルは他三人から質問攻めにされてしまった。


「公爵様と幼い頃に出会っていたというのは本当ですの?」

「呪いを受けた公爵様がレイチェル様のためを想って泣く泣くお別れしたと……」

「けれど、レイチェル様はずっと公爵様を想い続けておられたとか!」


 ヴェンディグが語った適当な設定が浸透してしまっている。

 レイチェルは否定も肯定も出来ずに冷や汗を流しながら微笑んだ。


「幼き日の想いを叶えるだなんて……羨ましい……とても憧れます。素敵ですわ」


 ニナが夢見るようにほうっと溜め息を吐いた。


 レイチェルが答えない間にも、彼女らの口から出るストーリーはどんどん美談になっていく。最終的には呪いを気にして遠ざけようとするヴェンディグに、レイチェルが呪いの痣に触れて「私の愛を信じてください!」と告げて抱き締めあったという感動のラストシーンに辿り着いてしまった。


「それにしても、レイチェル様がお元気そうで良かったですわ」


 ひとしきり盛り上がった後で、ロザリがが安堵の息を吐いた。


「ええ。愛があるとはいえ、やはり蛇の呪いと戦うのは心配ですわ」

「レイチェル様がお元気そうなのは、やはり愛の力ということでは?」


 結局、愛が勝つという結論になってしまって、レイチェルは乾いた笑いを漏らすしか出来なかった。

 ヘンリエッタは純粋にレイチェルのことが心配なだけだったらしく、レイチェルが離宮で問題なく暮らしていると知ると安心してくれたらしかった。


「またいつでも遊びにいらしてね!」

「あ、ありがとうございます……」


 思っていたのとは違ったが、十分に疲弊したレイチェルは迎えに来たライリーに「大丈夫ですか?」と心配されてしまった。


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