第13話

***


 初めて会った日と同じように、ヴェンディグは書斎のカウチでくつろいでいた。


「俺の婚約者としての仕事がしたいらしいな」


 やってきたレイチェルを見て、ヴェンディグはニヤリと笑った。レイチェルは思わず恨みがましい目つきで彼を睨んでしまった。


「喜べ。俺の婚約者としての仕事が出来たぞ」


 ヴェンディグがそう言うと、ライリーが盆に載せた手紙をそっとレイチェルに差し出した。

 手触りの良い紙を開くと、品の良い香りが立ちのぼる。


「王太子妃からの茶会の招待状だ」


 レイチェルは絶句した。

 ヴェンディグの弟である王太子には、昨年結婚した妃がいる。確か王太子の一つ下の十八歳、隣国の第四王女だ。


「お前のことをえらく心配しているそうだぞ。顔を見せて安心させてやれ」


 完全に面白がっているヴェンディグに言い返す余裕はレイチェルにはなかった。

 王太子妃の人となりはわからないが、突然離宮に転がり込んできた居候のような女の存在など、面白く思われていないに違いない。もちろん、王太子にとっても、気の毒な兄を利用して居座るとんでもない女だと認識されている可能性は高い。というか、まさにその通りなのだが。

 国王と王妃がレイチェルの存在を大目に見てくれたとしても、王太子夫妻が同様に許してくれるとは限らないのだ。


「ご心配なさらず。王太子妃はお優しい方ですし、準備はすべてこちらで整えますから」


 真っ白になっているレイチェルを見かねたのか、ライリーが宥めるように励ましてくれた。

 ヴェンディグはレイチェルの狼狽がおかしいのか、ゲラゲラと些か品悪く笑っている。レイチェルはきっと眦をつり上げた。


「閣下! 婚約者としてお願いがございます!」


 レイチェルが一歩踏み出すと、ヴェンディグは笑うのをやめてレイチェルを見た。


「せめて、一日に一回はお顔を拝見する機会を与えていただきとう存じます。出来れば、朝食か夕食を共にしたいです」


 ヴェンディグはぱちくりと目を瞬いた。


「しかしなぁ、俺の朝食と夕食は人より遅い時間だ」

「私が合わせます!」


 ヴェンディグはふっと鼻で笑った。


「馬鹿言え。無理に俺に合わせて体を壊されたら困る」


 確かに、生活のサイクルを変えて不調になっては余計な迷惑をかけてしまうだろうが、レイチェルの方が合わせない限りヴェンディグとは顔を合わせることもない生活が続いてしまう。

 黙り込んだレイチェルを見て、ヴェンディグは肩をすくめた。


「午後二時頃、俺はいつも軽食をとる。その時間なら、お前が一緒に茶を飲んでいても構わない」


 ヴェンディグの言葉に、レイチェルはぱっと顔を上げた。


「それで満足ならそろそろ出て行け。茶会の話題でも考えてるんだな」


 ヴェンディグに追っ払うような仕草で書斎から出て行かされたが、レイチェルは拳を握って「よしっ」と呟いた。


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