Last.群青色の時計

 モルガンの家をはじめとして、他の猟師の家々にも、大量の献花がされている。

 シモンとアラン以外にも、避難していた村人はもちろん、怪我を負った猟師や、現地の警官、それに軍事関係者が大勢来ていた。それを見て、アランがうそぶく。

「こんだけ軍人がいりゃ、熊なんて怖くねぇな」

「だね」

 小さく微笑むシモン。

 そこに、軍服の男がやって来た。男が言う。

「本当に、申し訳なかった」

 二人の頭上に疑問符が浮かぶ。顔見知りではない。

「三十年前に我々がなんとかしていれば、こんな惨事は起きなかった。本当に、すまなかった」

 アランが察して、答える。

「アンタのせいじゃないよ。なんせ、熊は勝手にふえるんだから」

「そうだよ。誰のせいでもない」

 シモンも言う。

「……子供に気を遣わせてしまったね」

 去る軍人の後ろ姿は、とても小さく見えた。そのような軍人が何人も、二人のもとを訪れた。

 だが、逆に、明るい表情でやって来る者もいた。

「モルガンさんに、僕の弟は救われました。本当にありがとう、二人とも」

 彼は猟師の一人だった。二人とも、彼のことも、その弟のこともよく知らない。

「俺たちじゃなくて、本人の墓に言ってくださいよ。そういうのは」

「なにを言うんだ。君たちは普段から、モルガンさんに元気を与えていた。恩人の恩人は、恩人さ」

 シモンはうつむいている。アランが言う。

「じゃ、ありがたく受け取っておきます。あなたこそ、生きていてくれてありがとう」

「あぁ! またいつか会おう! 」

 その人は去った。シモンはまだ俯いている。

「またいつか、か。村を離れんのは、名残惜しいな。山が危険だからって、こっから遠いどっかの村なり町なりに、人数分けてお引越しか」

 追悼を終えた人々は、次第にその姿を消していく。一人、また一人と、村からは人がいなくなっていった。

「俺らも行こうぜ。シモン」

 シモンは黙って、アランの後に続く。

 村の大通り。

 店番のいない店や、もう誰も買わない野菜。

 その店の一つで片付けをしていた男が、こちらを振り向いて手を振る。

「シモン、アラン、めげんなよ! これからもな! 」

 すれ違った子供連れの女性も、二人に声をかけた。

「二人とも……かける言葉は見つからないけど、元気でね」

「アランお兄ちゃん、ばいばい」

「おう。またな」

 二人はやがて、門に着く。山は相も変わらず、素知らぬ顔でそびえたっていた。

 門を出ると、遠くに二人の車が停まっている。

 二人は、黙ってそれに乗りこんだ。アランが運転席に座る。



 ・

 ・

 ・



 村からは、もうかなり遠ざかった。

 今は海岸沿いの国道を走っている。

 シモンは窓を開けて、肩から身を乗り出して海を眺めていた。

 すると、どこからか、聞き覚えのあるバイクの排気音が響いてくる。シモンはぎょっとして、左右の窓や後ろのガラスから、その姿を探した。アランも、サイドミラーを一瞥する。だが、どこにも彼はいない。二人は顔を見合わせる。

「シモン。お前、これでもジイさんが死んだと思うか? 」

「分からない」

 その答えに、アランは釈然としない。

「あのなぁ――」

「けど」

 シモンが遮る。

「けど、またどっかで会えそうな気はする。大きな戦いが終わると、住む所を変える人だったらしい。現役の時もそうだったって。だから、熊との……カラミテとの三十年の戦いが終わったんなら、また違う村に行ったんじゃないかな」

「……とびきり上等なフンのお前が言うなら、そうなのかもな」

「ふふっ」

 二人は笑った。


 ――二人を乗せたトラックは、ただ青いだけの海の縁をなぞるように、どこまでも走る。


「おいシモン。その腕時計、結局直ったのか? 」

「あぁ、これ? まだ直ってない」

 シモンは、動かない古びた時計を腕に巻いている。けれど今、その時計は錆びや汚れが落とされ、空や海の青さをこれでもかと反射している。

「はっはっは! 骨董趣味は女に嫌われるぞ? 」

「ふふっ。町に着いたら、技師を探して直してもらうんだ」

 二人はどこか、イゾラグから遠い町へ向かって走っていく。

 シモンの細い腕にぶら下がる群青色の腕時計は、ずっと八時を指していた。





◇ おわり

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群青色の時計 Higasayama @Monogatarino_Mori

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