4.本領の時間

 そして、夜。月のない曇り空。不穏な風が吹いている。

 再び門の前。

 トラックの並ぶ門前に整列した男たちは、各々がリュックに猟銃やライフル銃を掛け、着ている服も厚手のものが多い。中には、どこから仕入れたのか防刃ぼうじんベストを着ている者までいた。

 そんな中、先頭のモルガンを見た一人が、ひそひそと隣の男と話している。

「あれ、大袈裟おおげさじゃね? たかが熊一匹だろ? 」

「戦闘服にアーマーに、ブーツから何から、軍人のつもりかよ」

 その二人の後ろから、老けた男がささやく。

「軍人だぞ。元陸軍だ。あの装備も本物らしい」

「……マジすか? 」

 その時、モルガンの指令が静寂を貫く。

「では、先遣隊せんけんたいのチーム アルファからチャーリー。チーム デルタからエコーは行動を開始せよ! 」

 二台の軽トラックの運転席と荷台に男たちが乗り込む。エンジン音の後に、左右へ分かれて出発した。続けて、五名ずつのチームが二つ、眼前の山へ登っていく。全員が持っているライトの光線が、木々の間を右往左往しながら進んでいった。

 モルガンが次の指示を出す。

「攻撃隊も、指定のポイントへ行軍を! 」

 男たちは各々のチームと連れだって散開。軽トラックも二台、走行を開始する。残る三チームも、最初に山へ突入したチームを追うように前進していった。

 残ったのは、三台のバイクと、モルガン含めた三人の男。

「既に説明しているように、我々、独立遊撃隊ゆうげきたいはポイント アントンから斜めに登る。つまり、真っすぐ上を目指している全てのチームの射線上を通ることになる。注意しろ」

「了解」と二人が返す。一人は青年で、もう一人は今朝シモンに注意を促した男だった。

 三人ともバイクにまたがり、山に沿って走り出す。

 遠くで、再びあの鳴き声がした。

 一方、その頃。

 人通りのない夜の山道を、一人、ライトを点けずに歩いている少年。

「これが追わずにいられるかって」

 シモンは、昼の時点で村を抜け出し、茂みの中で作戦開始を待っていた。トラックやバイクがあらかた発進したのを見計らって、入山したのだ。

 パンは隠れている間に食べてしまったので、荷物はライトだけ。そんな彼を突き動かしているのは、戦場に渦巻く興奮と、カラミテと形容される化物への興味だった。

 遠くにライトの集団が見えるから、迷子になることはない。

 しかし、カラミテだけでなく、連続して他の鳴き声も聞こてくえる。共鳴しているのだろうか?シモンに不安が込み上げてきた。

「今の、近くなかったか……? カラミテは多分足音で分かるだろ、あんなデカいんだし……いや、でも猪とかも、いきなり出てきたら結構焦るしな……」

 シモンはぶつぶつ言いながらも、とりあえずはライトの集団を頼りに山を登った。


 バイクを降りた三人は、山の中を、山道も茂みも無視して横断する。その最中に、モルガンは三十年前のことを思い出していた。


 ――おびただしい、死体の山。

 村の小川には、水ではなく血が流れていた。

 それは、人の血でもあったし、熊の血でもあった。

 張り裂けた丸太の壁。何かが突き破った形跡があった。

 ある兵士が、泣き声を聞いた。

 井戸の中から聞こえていた。

 兵士の一人が、すぐに井戸の中に降りて、その赤ん坊を助けた。

 その赤ん坊を包むブランケットには、『Simon』とつづられていた。


「――モルガンさん! モルガンさん! 」

 モルガンは、はっと我に返る。

「なんだ? 」

「チャーリーからの連絡が、ポイント グスタフで途絶えました。各隊が指示を待っています」

「……分かった」

 モルガンが自分のライフルをリュックから外し、ライトを捨てる。代わりに、ライフルのライトを点けた。それから、トランシーバーに向け指令を発する。

「先遣隊、各チームへ。前線を下げ、背後の攻撃隊と速やかに合流せよ。攻撃隊各チームは、敵を五十メートル以内に視認した場合のみ攻撃開始。誤射には徹底して注意を払え。敵はグスタフ周辺に位置している。どうぞ」

 先遣隊の一チームを除く全チームから、順に応答があった。

 モルガンの後ろの二人もライフルを携え、ライトを捨てる。

「我々も行くぞ。





◇ つづく

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