5 .災厄

 ――時は少し遡る。

 シモンが頼りにしていたライトの集団は、くだんのチーム、チャーリーだった。だが、そのライトがふいに揺れ、銃を乱射する音がした。流れ弾を恐れたシモンは咄嗟とっさに身を伏せ、木陰に隠れた。人の声はせず、銃声だけが聞こえた後、やがて、それが止んだ。

 静かだ。

 たまに銃声がする以外は、何の音もない。動物は怯えて逃げているのだろうか。

 そんな時、明らかに鳴き声でも、銃声でもない音が聞こえた。シモンはそれが、だと分かった。人の小さな口から、少しの空気が移動するのではない、大きな穴に、森中の空気が吸い込まれ、エネルギーが消費されている音。

 巨大な生物が、近くにいる。


 シモンは振り返った。

「息が聞こえたぐらいで」と思っていた。

 災厄と呼ばれる生物が、どれほどの知能を持ち合わせているか。

 ソイツが、三十年の間、猟師に討伐されなかったのはなぜか。

 少年は、そこで思い知った。

 心臓が跳ねるより早く腰が抜けた。

 村に運ばれてくる熊の、一回り、二回り、いや、熊のスケールを越えた何か。怪物の顔は、シモンの持つライトでは照らしきれなかった。上の牙から鼻にかけて、禍々まがまがしく夜の森に浮かんでいた。

「あ、ぁ――」

 言葉が出ない。

 ライトを持つ手が震える。

 月が出た。

 怪物の正体が、月光で明らかになる。

 間違いなくその怪物は、目の前のシモンを憎悪していた。たった今、喰ってきた人間の血を滴らせながら、一歩ずつにじり寄る。腐臭ふしゅう。森でさえ、この存在を嫌悪するようにざわめいている。

 少年は、生まれて初めての気持ちを理解した。それこそが恐怖だった。

 怪物が四つん這いになる。少年の目と鼻の先、間違いなくもう爪は届く。だが、震えるばかりで、逃げられない。地面についた手が土を掴む。

 月が隠れた。

 熊が口を開け、赤い唾だけが闇の中に見えた。

「い、ゃ――」


 そして聞こえた、誰かの足音。

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