2.広がる大森林

 二人を乗せたバイクが走る車道から西の方角を見渡すと、錆びたガードレールの向こうに、悠久ゆうきゅうの大河川がのぞめる。東の方角を見ると、雲を突き抜けるアルプスをとりまく樹林がそびえている。

 シモンのジャケットが風になびく。

 ふと、シモンが聞いた。

「なんでバイクとか車はあんのに、食べ物は猟なの? ユニューすればいいじゃん」

「ここまで輸送すんのにいくらかかると思ってんだ。この村にゃ金がねえし、何より俺らの手で害獣を駆除しなかったら、いつか村は奴らに飲まれる」

「ひー、怖いや」

 シモンがモルガンから片手を離して、肩をすくめる。

「それでも、戦争に比べりゃ億倍マシだ。熊はトラップを仕掛けねえし、嘘もつかねぇ」

「また、地雷で仲間の脚が吹っ飛んだ話? 」

「ふん。脚だけだといいがな」

 二人はやがて、大昔に整備されてそれっきりの、山道の入り口に到着した。脇にある立て看板には、『熊、猪等出没注意』と書かれている。

 モルガンはリュックの側面に取り付けられたポケットからトランシーバーを取り出し、チャンネルと音量を合わせた。すると、次々に通信が入ってくる。


「モルガンさん。こちらチーム アルファ。現着しました。どうぞ」

「モルガンさん。こちらチーム ブラボー、チャーリーともに現着しました。どうぞ」

「全チームへ。こちらモルガン。猟を開始せよ。どうぞ」


 一同から「了解」と応答がきて、トランシーバーをポケットにしまう。その光景をウキウキしながら眺めているシモン。

「軍隊みたいでカッコイイねぇ! これが見たくてついて来てると言っても過言じゃあない――あ、ちょっと待ってよ! 」

 モルガンは猟銃をリュックから外し、両手に携えて森へ入っていく。シモンも慌ててそれを追う。

 野鳥や猿の鳴き声。

 何かのうめき声に、茂みを駆ける音……音の種類を挙げればキリがない。

 様々な植生しょくせいが入り乱れ、mortと書かれていそうな極彩色ごくさいしきのキノコがわんさか生えている。

 だが、そのどれもにシモンは興味がなかった。

「オレもライフル撃ちたいなー。ボルトアクションでさ、カチャカチャって、弾込めてさー」

 シモンは両手を頭の後ろで組みながら、ぶつくさ言っている。

「百兆年早ぇ。まず筋トレからだ」

「ったく、堅いんだから」

 強い風が山頂を目指して吹き上げる。

「にしても、今日は風がとくに気持ちいいね」

「そうだな」

 二人は、それからさらに歩いた。

 やがて、狩猟ポイントに到着。

 そのポイントで、モルガンはトランシーバーを持って待機していた。神妙な面持ちである。

「妙だな。誰からも連絡がねえ」

「銃声も聞こえないね。猟は始まってるハズなのに」

「全チームへ。こちらモルガン。狩猟状況を報告せよ。どうぞ」

 少し待つと応答がくる。

「モルガンさんへ。こちらチーム ブラボー。ターゲット見当たりません。トラップにも反応なしです。どうぞ」

 それから、チーム アルファ、チャーリーからも同じ内容の応答がきた。

「全チームへ。狩猟は継続。どうぞ」

 全チームの返事を確認して、トランシーバーをしまう。

 シモンは首をかしげて周囲を見回す。

「どういうこと? 」

「分からん。一箇所に集まってんのか、誰かが平らげちまったか」

「後者なら、犯人はきっとヤンおじさんだね。めちゃくちゃ太ってるから」

 シモンが茶化す。

「名推理だな。村を出て、街で探偵でもやってこい」

「今なら、熊もいないからオレ一人でも出られるかも」

 シモンはイタズラっぽく笑いながらも、木の爪痕つめあとや足跡を探している。一方、モルガンは双眼鏡で、くまなく付近を観察した。双眼鏡をしまうと、また山道を登りはじめる。

 日もかなり昇ってきた頃。

 モルガンが、ふと何かに躓いた。

「くっく、こけるなんて珍しいね」

 シモンが、屈強な老人を躓かせた犯人を見ようと、その足元を見る。それを見た少年は、しばらくソレが何か理解できなかった。





◇ つづく

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