7 勇者には何も聞こえない。
「……さい。起きてください、勇者様」
「ん? ここは?」
俺は目を醒ますと自分が椅子に座らされ厳重に手足を縛られていることに気が付いた。部屋は暗い。見た所、農具などを仕舞っておく納屋のような場所だった。
「どういうつもりだお前」
目の前にいるのは
「今、何回目ですか勇者様?」
荷物持ちの薄笑いに俺は一瞬硬直した。
「貴様っ」
貴様、何故俺が――
「何回死んで巻き戻ったか、って聞いてるんですよ勇者様ァ!」
荷物持ちは唾を飛ばしながら喚き、俺の顔を殴ってきた。口の中が切れて血の味がした。
このとき、俺には不可解なことがふたつあった。ひとつは俺が《女神の砂時計》で同じ朝をくりかえしていることを何故こいつが知っているのかということ。もうひとつはこいつがどうしてこうも激昂しているのかということ。それなりの待遇で雇っていたのにどうしてこうも恨まれているんだ?
「荷物持ちにだけ
聞いたこともないスキルだ。クラス特有の秘匿スキルというやつか。
「これはパーティメンバーの所持しているアイテムの数と効果を把握できるだけのものなんですが、勇者様のアイテムストレージも覗くことができるんですよ」
「なるほどな」
ベラベラ喋ってくれたおかげでひとつめの疑問は氷解した。俺のストレージを盗み見て《女神の砂時計》のことを知ったわけか。
「まさか一回殺したくらいじゃ死なないなんて思いませんでしたよ。勇者様、いくらなんでもチートすぎるでしょう」
おそらくこの荷物持ちは《砂時計》のことを知って、俺が巻き戻れなくなるまで殺そうと考えたのだろう。だが、これでは半分だ。
「貴様は何故こんな大それたことをしでかした? この俺を、 世界の希望、“不屈の勇者”グレオスを殺してお前に一体なんの得があるんだ?」
「得? はははっ。得なんてないですよ……」
ならば尚更だ。俺に殺意を抱く理由がわからない。
「勇者様は、僕の姉さんのことを覚えていますか?」
「は? なんだ? 貴様の、姉……だと?」
何を言っているんだこの小僧は。
覚えているも何も、荷物持ちの姉のことなど知りもしない。
俺が困惑していると、荷物持ちは笑った。朗らかに。乾いてひび割れた笑顔だった。
「前々回、勇者様とともに魔王に挑んだパーティの魔法使いですよぉ」
「……」
魔法使い。前々回の。誰だったか。そんな女もいたな、くらいの覚えしかない。外見も、能力も、身体の相性も、俺の記憶に残るほどではなかったのだろう。
「その表情から察するに、これっぽっちも覚えていないようですねぇ。あなたに唆されて騙されて殺された哀れな僕の姉さんのことを」
「まさか、敵討ちとでもいうつもりか?」
「そのまさかですよ。勇者様には理解できませんかね。姉の仇を殺そうという庶民の気持ちは」
「俺は勇者だぞ。勇者を殺すと言う事がどれほどの重罪かわかっ」
殴られた。そして小僧はナイフを取り出した。
「わかってやってますので、ご心配なく。砂時計、もう残ってないですよね。今まで沢山殺させていただいてありがとうございます。コレが最後だと思うと名残惜しいですね」
「や、やめっ」
「そうやって命乞いしてきた仲間をみんな殺してきたんでしょう? 今度は勇者様の番ですよ」
「やめろ。俺を誰だと思っているんだ! 俺は勇者――」
「勇者を演じる大悪党でしょう?」
「荷物持ち如きが俺を悪党だと!? ふざけるのも大概にしろ!!」
「楽に死ねると思わないでくださいね、勇者様。姉さんの心と体の痛みを思い知りながら、死んでください。今までのように簡単には殺してあげませんから、ね」
小僧の酷薄な笑みとともにナイフが近付いてくる。
俺は“不屈の勇者”グレオスだぞ。パーティメンバーは全員俺のために働き、俺の栄光の礎になることを生涯の誉とすべきだろうが――
「ああもう、うるさいですね。ちょろまかしておいた静寂の巻物、使わせてもらいますね」
それきり、何も聞こえなくなった。
殺人鬼の声も、俺の悲鳴も、命乞いも、血のしたたる音も。
何もかもすべてが遠ざかっていった。
(了)
「今、何回目ですか勇者様?」 江田・K @kouda-kei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます