50. わかっちゃったんだよ


「……うまく言えないんだけど、直感でわかるんだよ。俺、相手がどんなに取り繕っていても、ソイツが嘘を吐いているかどうか、何故だかハッキリわかっちゃうんだよね。……だから、俺に告ってきた子たちが、俺のコトを好きなんじゃなくて、別の理由で告ってきてるんだなって、わかっちゃうんだ。……自分で言うのもなんだけど、俺はそこそこ顔が良いし、俺がクラスでリーダーっぽいポジションにいるとか、俺と付き合うコトがステータスになるとか……、たぶん、そういう理由なんだろうなって」


 柴崎は、未だ当惑した表情を見せていた。

 けど、笑うコトも、否定するコトもせず、黙って俺の話に耳を傾けてくれた。


「ホント、みんな嘘ばっかり吐くんだよ。女子同士の会話なんて、ひどいもんでさ、その髪型めっちゃ似合ってるよねー、……はい、ダウト―って感じで。男も男で、マウントの取り合いに必死。……中学の頃彼女がいたとか、ケンカが強かったとかいう話って、大概が見栄だったりするからさ、恥ずかしくて、聞いてらんないっつーんだよ、嘘がわかっちゃう俺としてはさ」


 俺はハハッと、乾いた笑い声を洩らした。

 でもすぐに虚しくなって、口元をひきつらせたまま、陰鬱な声を地面に落とす。


「……だから俺、他人と話すの、実はあんまり好きじゃなくてさ。いつからか、割り切るコトにしたんだ。コイツらどうせ嘘しか吐かないなら、俺も嘘ばっかりでいいやって――、愛想笑いを覚えた俺は、周りからはイイヤツに映っていたかもしれないけど。……本当は俺、優しくもなんとも、ないんだよね。全部作られた仮面の姿。……でも、そう割り切ってからの方が、みんなとのコミュニケーションがうまくいくようになったから、皮肉なもんだよな」


 俺はそこまで言って、一度言葉を切った。

 狭い部室内は静寂に包まれていて、俺の鼻先十センチメートルの距離。

 柴崎が、心底憐れむような、心底嘆くような、心底、慈しむような――

 そんな表情をしていたから、俺の感情はプラスとマイナス、両方向に対してグラグラと揺れ始めた。……たぶん柴崎は、全力で俺に、共感しようとしてくれている。

 俺の寂しさを、弱さを、全力で、感じとろうとしてくれている。

 俺は彼女を見つめながら、再び口を開いた。


「……俺が小太刀を好きになったのは、小太刀があまり嘘を吐かなかったからなんだ。人に興味がないのかなんなのか知らないけど、アイツ、自分のコトをよく見せようとか、そういうの一切考えてないみたいで、だからアイツといると、アイツと話すと、凄く安心できた。……でもさ、俺、知っちゃったんだよね」


 俺は徐に右腕をあげて、自身の後ろ髪をくしゃっと潰した。

 喉の奥にたまったヘドロを吐き出すように、意を決して声をあげる。


「俺らが二年の時、ある日の部活中に、誰かが冗談めかして言ったんだよ。天津と小太刀ってお似合いだよな、お前ら付き合っちゃえば? って……。俺は心臓が飛び上がりそうになって、バカ、何言ってんだよ。って返した。小太刀も、そうだよ、私、ヒマリをそういう目で見たコト、一回もないしって、そう言ったんだよ。ウソ偽りない本心で、アイツはそう言ったんだよ。……俺にはそれが、わかっちゃうんだよ」


 自分で思っていた以上に、辛かった。

 それを言うのが、あの時の記憶を思い出すのが。

 あの時の惨めな思い、もう一度感じるのが――


「俺、小太刀に告白もしてないのに、フラれちゃったんだ。人の嘘がわかるとか、ワケわかんない力のせいで、俺、好きな子に、好きって言うこともできなかった。……ショックでさ。小太刀のコト、それでも振り向かせて見せるとか、そんな気も起きなくてさ。でも、アイツを好きって気持ちは、消えてくれなくてさ――」


 言ってて、なんだか情けない気持ちになっていた。

 もしかしたら柴崎は、こんな話を聞かされて、俺に幻滅したかもしれない。

 そう思って彼女の顔を窺うと、柴崎は、ちょっとビビっちゃうくらいに真剣な顔をしていた。


 猫みたいな瞳に、グッと力を込めていた。

 彼女は、俺の本音にちゃんと付き合ってくれているんだ。

 クソみたいにダサい俺の姿を、俺と一緒に、向き合ってくれているんだ。


 俺は目の奥が再び熱くなるのを感じた。

 ……ここで泣くのはいよいよカッコ悪すぎるなって、必死に涙腺を止めていたんだけど。


「だから、アイツが月代と付き合い始めたって聞いて、俺は最初、意味わかんなくて、気持ちに整理をつけられなかった。小太刀、『恋愛しない宣言』してたくせに、どういう風の吹き回しなんだよ、なんでよりによって月代なんだよって。……でも、冷静に考えると、勝手に小太刀を諦めて、勝手に傷ついてたの、俺なんだよな。全部、俺がヒヨったせいだよなって。……俺はこれ以上、自分を嫌いになりたくなかった。だから俺、決めたんだ。小太刀が本気で月代を好きなら、月代が本気で小太刀を好きなら。……アイツらが、互いに本心から好きあっているなら――、俺はきれいさっぱり小太刀のコトを諦めて、俺のコトを、本気で想ってくれている……、そんな女の子のコトを、ちゃんと見てあげようって」


 柴崎が再びキョトンと、幼子のような顔を晒した。後半の台詞、俺が何を言っているのかわからないってツラだ。俺はそれが可笑しくて、思わずクスッと笑ってしまった。

 ますます不思議そうな顔を見せる柴崎に対して、俺はゆっくりと言葉をかける。


「俺さ、柴崎が俺を好きって、実は前から知ってたんだ。今年の五月ごろ、ゴールデンウィーク開けた後くらいかな。部活終わりに、一緒にラーメン食べ行った時あったじゃん? あん時さ、後輩の女子が、柴崎が俺に気があるような冗談を言って、お前、慌てて否定したろ? ……それで、わかっちゃったんだよ。その言葉が、『嘘』だって」


 何かを思い出したように「あっ」と、柴崎の漏らした声が俺の耳に流れた。


「俺実は、一緒にラーメン並んで食いながら、内心はドキドキだったんだよ。 えっ、柴崎って俺のコト好きなの? マジで? って――、特盛のとんこつラーメン、喉通らなくてさ、無理やり食うの大変だったんだからな?」


 俺は無邪気に笑って、柴崎はぱくぱくと、淡水魚みたいに口を開閉させている。

「えっ? それって……、だとしたら、さっきの言葉って――」と、彼女は自身の後ろ髪を挙動不審に触りまくっていた。


「俺、さっき小太刀に、ちゃんと言ってきたんだ。……自分の気持ち、『なかったこと』にするのは、なんか違うかなって、そう思ってさ。俺はお前のコトを好きだった。けど、今は別の奴が好きだから、今からそいつに告白してくるって、そう言ったんだ。小太刀は、最初キョトンって、不思議そうな顔してたけど、……でもすぐに嬉しそうに笑って、そっか、まぁがんばりなよって、アイツらしく、そう言ってくれたよ。だから――」


 俺は、目の前の柴崎にグッと顔を近づけた。

 鼻と鼻がひっつきそうになりながら、でも、俺は自分の言葉を、これから言う言葉を。

 一つも漏らすコトなく、彼女に伝えたかったんだ。

 柴崎は、破裂寸前の水風船みたいな顔をしている。


 逃がすものか。俺は大口を開けて声を発した。


「俺が今好きなのは、柴崎なんだ。俺を本気で好きって、そう思ってくれるお前なんだよ。……だから、俺と、付き合ってくださいっ!」


 ――そう言えば、自分から「付き合ってくれ」と人に言うのは人生で初めてだ。

 なんだか、身体が熱い。体温が上昇しているのが、自分でもわかるくらいに。

 ……やべっ、俺、もしかして、照れてんのかな――


 柴崎は、呪いでもかけられたみたいに、しばらくの間固まっていた。彼女が押し黙っているその時間が、俺にはやけに長く感じられた。でも。

 やがて柴崎が、嗚咽を洩らしはじめて、赤ちゃんみたいに、ひしゃげた顔で、猫みたいな目から、大粒の涙をこぼしはじめて――


「……こ、こここ、こちらこぞ、おねばいじばずぅぅぅっ!」


 可憐さのかけらもない彼女の声が、俺の顔面に浴びせられた。

 彼女はワンワンと、迷子の子供みたいに大泣きしていた。あまりにも無垢な彼女の姿を見ていたら、俺はなんだか全身が脱力してしまって、糸を切られた操り人形のようにその場にへたりこんだ。


 なおも泣き続ける彼女の頭をそっと撫でてみる。

 柔らかい髪の心地が気持ちよくて、俺はずっと触っていたいと思った。

 ……コレ、学園祭が終わるまでに泣き止むのかな――


 ふいに、先ほど出会った猫娘と雪女の顔が脳裏をよぎって、……ゴメン、妖怪喫茶とやらには行けないかも――、と、俺は人知れず懺悔を洩らした。



 しばらく俺は、ちょっと大きな赤ん坊の頭をひたすら撫でていたんだけど、その後、狐につままれるような展開が俺を待っていた。……俺自身、未だによくわかっていないので、とりあえず起きたできごとをそのまま述べるコトにする。


 急に、ピタリと泣き止んだ柴崎が、「あれ?」と疑問符をこぼしはじめた。目を真っ赤にはらしているものの、いつもの無表情に戻った柴崎が、ジトっとした目つきで俺の顔を窺い見る。彼女は恐々と俺に声をかけた。


「天津さん、『さっきアカネに告白してきた』って、そう、言いました?」

「……えっ? ああ、うん。……いや、さっきも言ったように、俺は、今も小太刀が好きってワケじゃなくて――」

「……あっ、あなたの気持ちに関しては、嬉しすぎて爆発しそうなほど理解しているつもりなので大丈夫です。……それより、アカネに告白した場所って、もしかして屋上だったりしませんか?」


 俺はポカンと大口を開けた。


「……そうだけど、なんでわかったの?」


 柴崎の顔面が、みるみるうちに青ざめていく。「……まさか、そんな――」と彼女は絶望に満ちたような声を洩らし始めた。彼女の急変の理由がまったくわからない俺は、思わず彼女の肩を掴んで、「お、おい、どうしたんだよ」と弱々しい声を出した。

 柴崎が茫然とした表情を俺に向けた。そして。


「……まずい。アカネの命が、危ない」


 そんなコト、言うんだ。

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