六. 二度目の告白

51. 絶対に、イヤだ


 僕はバカだ。

 バカで、バカで、バカで、バカで――、とんでもない、大バカ者だ。

 なんでいつも、何かが起こるまで何も気づけないんだろう。

 どうせ後悔するクセに、あの時ああしていればって、そう思うクセに、

 結局僕は問題から目を背けて、身をジッと縮こませて、逃げてばかりいる。

 昔から、何も変わらない。何一つ成長しちゃあいない。

 『アイツ』を救うコトができなかった、あの時と一緒だ――


 僕は、月代蒼汰は、小太刀茜が好きだ。

 彼女がいない世界なんて、想像すらしたくない。

 このまま、彼女に何も伝えられずに、僕の気持ち、彼女が知らないままお別れなんて、

 絶対に、イヤだ。

 ――そんなコト、ずっと前から気づいていたはずなのに、

 彼女がいなくなってしまうかもしれない、僕の予言が現実になってしまうかもしれない。

 そんなリアルを眼前に突き付けられて、僕は初めて恐怖するコトができた。焦るコトができた。……何とかしなきゃって、身体を動かすコトができた。

 ……遅すぎ、だよな――


 神頼みなんて、およそナンセンスで時代遅れな行為だとは思うけど、

 それでも僕は、心の中で、何度も何度も祈っていた。

 願わくば、間に合って欲しい。彼女の命を、救って欲しい。そして――


 拒否されていもいい、軽蔑されてもいい。

 僕はキミに、小太刀さんに、

 ……僕の本当の気持ちを、知って欲しいんだ。



 僕は校内を一心不乱に駆け抜けていた。途中、何人かの生徒の肩に勢いよくぶつかってしまったが、僕は謝るコトもせずにそのまま無我夢中で走った。……マナーのなってない奴だなと、不快な気持ちにさせてしまっている自負はあるけど、今の僕は、名前も知らない他人を配慮する余裕など一ミリも持ち合わせていなかった。


 廊下の直路を抜けて、階段を一段飛ばして上がる。遠くから、救急車のサイレンが聞こえた気がした。ザワリ、僕の心臓を冷たい刷毛が撫でる。僕は焦燥して、不安に胸が押しつぶされそうになって――、でも僕がやれるコトなんて一つしかなかった。

 ひたすらに、足を動かす。目的地に向かって、その場所で、真実を確かめる。


 僕は階段を駆け上がった勢いのまま、ぶつかるように屋上の鉄扉をこじ開けた。ドアノブを乱暴に回して、倒れ込むように外の世界へ飛び出す。

 曇天が見下ろすだだっ広い空間が僕を待ち受けていた。シンッと静まり返ったその場所には人っ子一人おらず、僕の荒い息遣いだけが無節操に流れる。

 人っ子一人いない。つまり、そこに小太刀さんはいなかった。


 僕は、茫然自失の様相でヨロヨロと足を動かした。空と地面を隔てる境界線、屋上の鉄柵に向かって歩みを進め、近づくや否や、水平に伸びる鉄の棒を両掌でにぎりこんで恐る恐る下を見下ろす。鉄柵をつかんだ瞬間、ギシッと鈍い音が軋んだ。

 直下の地面、ちょうど校舎の裏手側にあたる駐車場が僕の目に映る。そこには――

 一台の救急車と、群れたアリのような人だかりと……、深紅に染まった水たまり。

 ――およそ、『よくないできごと』が発生しているであろう事実は、誰の目から見ても明らかだった。


「……そんな、ウソ、でしょ――」


 僕は思わずそうこぼした。目の焦点が合わず、足に力が入らない。

 鉄柵から手を離した僕は、ヨロヨロと無様に後ずさった。


「小太刀さん、小太刀さん、小太刀さん――」


 僕は、その場にはいないその人の名前を、何度も呟いた。

 壊れたラジカセみたいに、何度も何度も。

 全てが後手に回った今となっては、僕ができるコトなんて何もなかった。

 ただ、現実を受け入れる。後悔を、噛み潰す。それだけだ。


「小太刀さん……、小太刀さん……、小太刀さん……ッ!」


 ――それでも僕は、受け入れるコトができなかった。何かに抗うように、神様に向かって懇願するように、僕は彼女の名前を呼び続けた。そうしていないと、耐えられなかった。あまりにもいろんな感情が溢れ出てきて、僕はそれらを外の世界に吐き出さずにはいられなかったんだ。


「うわあああああああああっ! 小太刀さんッ! 小太刀さんッッ!」


 僕はとうとう叫び声をあげた。

 空に向かって咆哮するように、僕は喉が擦り切れるのもお構いなしに、ありったけの声をぶちまけていた。全身が爆発してしまいそうだった。声を出していないと心が壊れてしまいそうだった。

 そんなコトしても、リアルは何も変えられないのに、ただ、虚しくなるだけなのに。

 それでも僕は、彼女の名前を呼んだ。そして。


「何? 月代くん」


 聞き覚えのあるその声が、僕の耳を静かに撫でた。

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