45. 私、またやっちゃったんだな
抜け殻の私が、「……えっ?」と生霊のような声をあげました。彼はなおも言葉を続け、がらんどうな私の心の中に、彼の声が直接流し込まれていきます。
「小太刀ってさ、一見、サバサバしてるっていうか、ドライなとこ、あるじゃん? あんまり、人におべっか使ったりしないし、女子っぽくないっていうかさ。……俺、小太刀に会うまで、女子に対して偏見持ってたんだよね。極端なコト言っちゃうと、女子ってうわべばっかりで、なんか、本音で喋ってる奴なんて一人もいないんじゃないかって、そう思っていたんだ」
天津さんの意見には、私もおおむね賛同の余地があります。
ただし抜け殻に成り下がった私には、その声がおよそ意味のある音として聞こえるコトはありません。彼の発言意図を汲み取る余裕など、今の私にはありません。
何故なら私は、とある一つの事実に心が囚われてしまっているから。
私の胸中なんて知る由もないのでしょう。天津さんがなおも言葉を発し続けます。
「でもさ、小太刀は違った。あいつの言葉には、一切の裏表がなかったんだ。だから俺、アイツと喋っている時は、安心できた。素の自分でいられる気がして、一緒にいると楽だったんだ。……だけど、小太刀、なんかたまに、すげー寂しい顔してる時あるんだよね」
……イヤ、イヤだ。
……聞きたく、ない――
「まるで、自分なんか一人ぼっちだって、自分のコトなんか誰もわかってくれないんだって――、そんな顔している時、あるんだよね。……小太刀ってさ、一見なんも考えてないような、ただの食いしん坊みたいに見えるけど、実は裏で、人に言えないような不安を一人で抱え込んでいるんじゃないかって。……『恋愛しない宣言』とかしてたのも、自分が人に心を開けないからじゃないかって、俺、そう思うようになったんだよ。そう、思うようになってからさ――」
……なんで、なんでなの?
……天津さん、あなたは、なんでそんな話を、『私』にするんですか?
「――俺、小太刀のコトを意識するようになっていた。気が付いたら小太刀のコトを目で追っていたし、気が付いたら小太刀のコトを考えていた。……俺、たぶんアイツに、シンパシー感じてたんだよな。『自分のコトなんて、誰もわかってくれない』って、俺も、ずっとそう感じていたから。それってもう、そういうコトなんだろうなって。俺、アイツのコト――」
「黙って」
私の口から、恐ろしく鋭い声が吐き出されます。
ピタリと声を止めた天津さんが、思わず「えっ?」と、呆けたような声をあげました。
「黙って、ください。これ以上、聞きたく、ない……」
憎悪に満ちたような、憎しみが溢れたような――
悪意に塗れた声が、私の口から漏れ出ました。私の目からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ち、ひしゃげた顔面で、私は天津さんの顔を睨み上げました。でも――
私は、自分を抑制するコトができなかったんです。
だって、確信してしまったから、知ってしまったから。
天津さんは『今でも』、アカネのコトが、好きなんだ。
……世界線が変わろうが、予言なんてなかろうが、
……アカネが、月代くんと付き合っていようが、そんなコトは関係ない。
……はなっから私なんて、天津くんの視界には、彼の意識の中には、
……存在すら、していなかったんだ――
「なんでそんなコト、私に言うんですか? なんでよりによって、このタイミングで、そんな話するんですか? ……私、私はせっかく、もう逃げないって、これ以上、自分を嫌いになりたくないって、そう、思ってたのに……ッ!」
私の声は、無様に震えておりました。私はひっくひっくと、子どもみたいに嗚咽を洩らしておりました。眼前の天津さんは明らかに狼狽しています。私の豹変の意味を、言葉の意味を、まるで理解していない様子でした。
「お、落ち着けよ柴崎。俺の話、まだ終わって――」
「――終わりまで聞かなくてもわかりますッ! あなたはアカネのコト大好きだって、そう言いたいんでしょうッ! 私なんて、私のコトなんて……、天津さんは、意識したコトすらないのでしょうッ!」
私の金切り声が、晴天の夜空を切り裂きました。
ザワザワと、人々の喧騒が私の耳に流れて――、私はようやく、自我を取り戻すコトができました。そして、自分がしでかした事の大きさも、同時に理解したんです。
周囲の人々が何事かと、好奇の目を私たちに向けております。目の前の天津さんは、まるで、宇宙人でも見るような顔で、得体の知れない化け物を見るような目を、私に、向けていて――
「……あっ――」
私の口から情けない声が漏れました。
大粒の涙はひっこんでしまい、私は全身から血の気が抜け落ちていくのを感じました。
……やってしまった。私は、とんでもない失敗を犯してしまった――、そして。
私は、こう思ってしまったんです。
全部、『なかったことにしたい』、と。
都合の悪い『今』を消し去って、何事もなかった『過去』に戻りたいと、
そう、強く思ってしまったんです。
「おい、しばさ――」
天津さんが何かを言いかけましたが、途中でその音が聞こえなくなりました。私の視界がぐにゃりと歪み、まるで四次元空間にいざなわれるように、私の五体が重力を失いました。そして、私はこの感覚に、およそ身に覚えがあったのです。
……ああ、私、またやっちゃったんだな――
宇宙空間をたゆたうような心地のさ中、私の心中は後悔が渦巻いておりました。
……もう逃げないって決めていたのに、『なかったことになんかしない』って、そう誓っていたのに――
私はまた、『あの力』を使ってしまったんだなと。
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