46. 何やってんの、暴行罪じゃん
「おー、さすがに込んでるなー。なんか、家族連れとか、カップルとかばっかりで、ヤンキーみたいな連中、あんまり見かけないな」
――およそ耳覚えのある、のん気な天津さんの声。
「このへん治安いいからね。っていうか私、むしろヤンキーとか生で見たことないし、もはや彼らってドラマとかマンガの世界の住人だと思ってるよ」
――およそ聞いたコトのある、アカネの台詞
「……僕んちの近所、結構いるんだよね。夜中のコンビニの前とかにたむろっててさ、あんまり目を合わせないようにしているけど」
――私の眼前で繰り返される、『さっきの光景』。
私は、半刻前の過去に、舞い戻っておりました。
「あ、そっか。月代くんの家、千葉近いもんね」
「うん、うちの家、千葉近いから」
「……お前ら、千葉県民に偏見持ちすぎだろ――」
あまりにも平和にたゆたう彼らの談笑。天津さんはもちろん、いつもの天津さんらしく、愉しそうに笑顔を見せております。
……先ほど私に見せた、化け物を見るような目つきの彼は、そこにはおりません。
私はボーッと、呆けておりました。茫然自失の様そうで、色のない顔面をバカみたいに晒しておりました。『後悔』など、とうの昔に通り越しております。私の感情は完全に麻痺しておりました。
「みなさん、ごめんなさい」
ふいに私が、いつもの淡々とした、抑揚のないトーンの声をあげました。
何事かと、三人の視線が私に集結します。
「ちょっと私、体調悪いみたいで、先に帰らせていただきます」
私がそう言うなり、皆一様に「えっ」と驚いたような顔を見せました。特に月代さんはポカンと口を半開きにしており、その顔面にはゴシック体のフォント文字で「えっ、話が違うんだけど」と疑問符が書き殴られております。……けど、関係ない。
私はやさぐれておりました。もうどうでもいいやと、自暴自棄になっておりました。
とにかく、一刻も早く、この場を去りたい。
……彼らと一緒の時間を過ごすのが、辛かったんです。
「それでは、失礼します」と、彼らの返事を待つコトもせずに、私はくるりと背を向けました。「お、おいっ、柴崎――」と、慌てたような天津さんの声が私の耳に届けられましたが……、私はソレを無視しました。
幸か不幸か、小柄な私は人込みをスイスイ抜けるコトができました。もしかしたら、彼らは私を追ってきているかもしれませんが……、この調子なら追いつかれるコトもないでしょう。
……最低だ。私は、最低最悪だ。
自分を責めるのにも、なんか、飽きてきちゃいましたよ。
※
リンリンと、ピーピーと、ヒョロヒョロと。
私の耳に、有象無象の夜虫が鳴く音が節操なく流れております。人気のない街の公園でボーッと一人、木造のベンチに腰をかけている私を街灯の灯が照らします。少し湿っている木造ベンチがひんやりと冷たく、住宅から籠れる光が人の存在を私に知らしめます。同時に、孤独も。
……どれくらいの時間、こうしているんだろう――
私の自我からは時間という概念は消え去っており、静止画のような空間で世界は止まったままでした。寂れた遊具が、今か今かと、朝の到来を心待ちにしております。
ふいに、人の足音が聞こえました。同時に、ハァハァと盛大に息つく呼吸音も。
私の視界に映ったのは、両膝に両掌をつきながら肩で息をしている一人の男の子の姿。彼は顔を上げて、苦しそうな顔で私を見つめておりました。少し長い前髪から覗き見える、大きな瞳で。
「……し、柴崎さん、こんなトコに、いたんだね――」
彼はムクリと上体を起こして、ヨロヨロとした足取りで私に近づきます。私は、無色透明の顔を彼に向けました。
「月代さん、何、やってるんです? あなた今日、アカネに告白するんじゃなかったんですか? こんなところにいる、場合ですか?」
「……その台詞、そっくりそのままキミに返したいんだけど……」
私は彼から目を逸らして、焦げ茶色が敷かれた地面に目を落としました。少しの間が空いて、私のすぐ隣から気配を感じます。おそらく、月代さんも私に習って、木造ベンチに腰をかけたのでしょう。
「……小太刀さんと天津くんもキミを探しているから、とりあえず連絡しておくよ。無事、見つかったって」
「……迷子の仔猫じゃあるまいし、私、先に帰るって言ったんだから、放っておいてくれてもよかったのに」
「あの様子で、しかもスマホの電源まで落として――、無視するワケにはいかないでしょ。小太刀さんも天津くんも、そんな薄情な人間じゃないって、キミが一番よく知ってるんじゃない」
私は言葉を返せませんでした。
ギュッと口を結んで。空っぽだった心に罪悪という感情が注ぎ込まれました。
静寂が辺りを包みます。月代さんは、きっと私に聞きたいコトがいっぱいあるのでしょう。でも、彼は何も問いただしてはきません。二人の間に、ひたすら沈黙が流れました。
やがて、耐えられなくなったのは私の方。私は一滴の絵の具を垂らすように、ポツンと声をこぼしはじめました。
「私ね、昔、天津さんに告白したことがあるんです。でも、そのコトを彼は知らないんです」
隣から、「えっ?」と疑問符が漏れる音が聞こえました。私は地面に目を伏せたまま、淡々と言葉を紡ぎます。
「……私、フラれちゃったんですよ。『ゴメン、俺、他に好きな奴がいるから』って――、三年生に、あがる直前くらいだったかな。それで私、その現実に耐えられなくて、受け入れるコトができなくて、思わず、『なかったコト』にしちゃったんです」
「……話が見えないんだけど、どういうコト?」
私はそこでようやく顔をあげて、隣に座る月代さんに目を向けました。彼はきょとんと、やけに幼い顔を晒しておりました。
「『タイムリープ』――、ってわかりますかね? 私ね、あなたと同じように、超能力を使えるんですよ。一日に一回、数十分だけ、時間を戻すコトができるんです。戻る前の時間を記憶していられるのは、私だけなんですよ」
月代さんが、驚いたようでも、不思議がるようでも、なんでもないような顔で、ポカンと私を見つめております。
少しの間の後、彼は「ああ、なるほど」と腑に落ちたような声をあげました。
「……もしかして、空き教室で僕の超能力のコトを知ったの……、その力を使ったから?」
私はコクンと、ゆっくり首を縦に振りました。
「あの時私は、近くの椅子を使ってあなたの頭を殴ったんです。あなたが気絶している隙に予言ノートを盗み見たんです。その後、タイムリープを使って時間を戻しました」
「……えっ、何やってんの、暴行罪じゃん。僕がかわいそう」
「まぁ、どうせ『なかったコト』になる世界線での話ですから、無罪放免にしてください」
月代さんは、「そういう問題かなぁ」と納得のいかない様子で顔をしかめておりますが、私は華麗にスルーしました。
「驚かないんですか?」
「……まぁね。キミが何か、フツウの人にはない秘密を持っているとは思ってたし、僕自身が超能力者なワケだから、他にそういう人がいても驚きやしないよ」
彼はハハッと乾いたように笑って――、心がほだされてしまったのか、思わず私も口元を緩ませました。
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