44. こんなところで天然炸裂させてんなよ


 月代さんはやや緊張した面持ちで静かに頷きました。そして、彼は出し抜けに声をあげます。


「あっ、あーっ!」


 あまりにも不自然で唐突な彼の大声に、何事かと天津さんとアカネが目を丸くしたのは必然であり、私の心臓がシベリアに投げ出されそうになったのもまた、必然であり。


「ぼ、僕、スマホなくしちゃったみたいだー! さっき、金魚すくいやったとこかなー!」


 ……いやいやいやいや!? 演技、ド下手かよっ!?

 もはやわざとやっているとしか思えないほどの棒読み台詞に、私の心中はヒヤヒヤものでした。アカネと天津さんは何が起こったのかわからないという様相で、丸くなった彼らの目が今度は点へと変化しはじめております。


 私と月代さんは事前に打ち合わせておりました。花火が始まる前に、お互い二人きりになれるよう、ごく自然に二組に分かれられるよう、口裏を合わせていました。

 ……ごく、自然にね。


「ゴメン、ちょ、ちょっと、見てきていいかなー。……あーっ、ひ、一人だと不安だから、できれば、小太刀さんにも一緒にきてほしいなー」

「……えっ?」


 ひどく不可解な月代さんの態度、アカネはやはり訝しんでいるようでした。

 ……忘れていた。月代さんは、実は結構バカで不器用だったんだ――

 このミッションは、彼には少々荷が重かったようです。私の脳裏に作戦失敗の四文字がちらつき、何か次なる手立てはないかとグルグル頭を回転させはじめたところで――


「もう、しょうがないな月代くんは。こんなところで天然炸裂させてんなよ」


 アカネが、子どものイタズラをたしなめる母親のように笑い、グイッと彼の腕を引っ張ります。「ヒマリ、ヤエ、ごめん、すぐに戻ってくるから、同じ場所にいてね」と、二人は人込みをかきわけて、その姿はすぐに見えなくなりました。


 ……アカネ、もしかして、何かを察して、私たちに合わせてくれたんじゃ――

 そういえば、アカネの家で着付けをしている時に、彼女はこんなコトを言っておりました。「なんか月代くん、今日、私に話があるとか言ってたんだよね。途中でちょっと二人になるかも」。……私は彼が話す内容を知っているワケですが、その時のアカネは、久しぶりに嬉しそうな顔をしていました。


「なんだ、月代の奴。なんで急にあんな――」


 天津さんはどこか腑に落ちていない顔で、ポリポリと頭をかいております。彼は、月代くんの発言が真っ赤な嘘っぱちであると気づいたのかもしれません。……まぁあんな大根演技、怪しまない方が無理がありましょう。

 しかし天津さんはすぐに、「まぁいっか」、となんでもないようにこぼしました。


「アイツら戻って来なかったら、二人で観ちゃおうぜ、花火」


 小柄な私と、男子の中でも背が高い方の天津さん。私たちの身長差は頭一つ分以上離れており、私を見下ろす恰好で、私の隣に立つ天津さんがニカリと白い歯を見せながら笑います。

 私は、今更ながらではありますが、自分で仕向けた事態ではありますが……、

 ――天津さんと二人きりという状況に、およそ緊張で爆発しそうになっておりました。


 私の頭はマトモに働いておりません。天津さんは、空気が気まずくならないようにと気を遣ってか、私に話しかけ続けてくれます。しかし私はというと、「ええ」、とか「はい」、とか、バカみたいな相槌を打つばかりで、そんな自分がイヤになりそうでした。……でも。

 私の脳裏では、『告白』の二文字がグルグルと高速回転を続けていたのです。

 決戦の舞台を前に、私が正気を保っていられる道理はありません。

 ……言わなきゃ、もう、逃げちゃダメだ。花火が始まったら、告白、しなきゃ――


 鏡がないのでなんとも言えませんが、私はよほど蒼白な面持ちをしていたのでしょう。天津さんが、「柴崎、さっきから顔色悪いけど、もしかして気分でも悪いの?」と心配そうな顔を私に向けました。慌てた私は、「い、いえ、一ミリも、一ナノも、そのようなコトはありません。今日は今年一番体調が良いのです」と謎のガッツポーズを披露しました。天津さんは訝しそうに片眉を上げておりましたが、すぐにニカリと白い歯を見せて、細い目を柔らかくたゆませて笑います。「そっか、それなら良かった」。私は、その笑顔に見惚れそうになりました。


 しばらくの間、私たちの間に沈黙が流れます。ガヤガヤと、人々の喧騒が私の右耳に流れて、左耳から抜けて。チラリと天津さんの横顔を盗み見ると、彼はまっ平らな夜空にジッと目を向けておりました。脱色された茶髪のくせっ毛が藍色に染まり、薄暗がりでほのかに映し出される彼の表情がなんだか神秘的で、まるで一枚の絵画のように綺麗でした。


 ふいに、彼が、「なぁ、柴崎」と、虚空を見つめたまま私に声をかけます。虚を突かれた私は、「は、はいっ」と間の抜けた声をあげ、天津さんがの視線がゆらりと私に向けられました。


「ちょっと、いきなりでアレなんだけど、柴崎に言いたいコトがあって」


 晴天の夜空が霹靂され、私という世界から一瞬という時間が奪われました。

 天津さんはいつになく真面目な顔つきをしております。さきほど四人で談笑していた時の、道化のような雰囲気は一つも感じられません。一重瞼で少し切れ長の瞳が私の水晶体をまっすぐに捉えて、私は彼から視線を外すコトができません。

 ……一体全体なんなのだろう。花火大会で二人きりという、あまりにも鉄板的シチュエーション。まさか、天津さんの方から……、っていやいや、そんなワケ――


 私たちの周囲では喧騒が流れているはずなのに、私の聴覚は天津さんの声しか拾ってくれませんでした。彼は徐に、小さく口を開きます。

 そこから発されたその声が、やけにハッキリと私の耳の奥に響きます。


「俺さ、ずっと小太刀のコト、好きだったんだ」


 彼はあまりにも真剣な顔でそう言いました。私の意識から思考というプロセスが抜け落ちて、目の前の天津さんの顔だけが、視覚情報として脳に伝えられます。

 とどのつまり、私は何も考えられなくなってしまいました。

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