第6話 心の栄養

 翌日の朝、私はやっと椅子から解放された。

 そして、食事と睡眠を取った後、午後から巨人体のスカーレットさんに縛り付けられて、森をひた走る事に。

 自分で走る訳じゃないとはいえ、身長3メートルの巨人の全力疾走は、揺れがキツイ。

 物の数分で音を上げて、大丈夫な速度まで緩めて貰った。

 大体、早歩きくらいなら、上下動を少なくして動けるみたいだ。

 でも、それをすると私の体調は良くなるが、スカーレットさんの機嫌が悪くなるので、小走り位まで我慢する事になった。

 そうして2時間程走ると、キャンプから直線で15キロ、行程で30キロ程の位置まで到達していると教えて貰った。

 途中に山と谷があり、結構な回り道をしたが、人の足なら更に大回りする事になるだろうコースだ。

 しかも、GPSなどは衛星が死んでいるので使えず、基地からの信号とレティさんの地形を見る目で確認した位置である。

 そこで、周りを切り開き、野菜と果実に携帯食料でカロリーを確保した後、別コースで折り返した。

 日が落ちる前にはキャンプへ辿り着けたが、本番の事を考えると憂鬱になる一日だった。

 帰り着くと、ガレージの中では巨人が3人で、森から伸びてくる下生え引っこ抜いた物を積み上げていた。


「ミスタータイラー、お願いねー」


 ブレンダ隊長が、SETAを半脱ぎでウインクしながら、そう仰った。

 聞くと、基地の維持の為に、毎日敷地内に伸びてくる下生え抜きをしているそうだ。

 そして、巨人体でのカロリー確保ついでに、食べて処理してたとか。

 木の幹等は無理だが、下生え位の繊維質なら、消化して栄養にできるそうだ。

 ただ、不味い方のレーションより、さらに不味いらしい。

 人呼んで、土臭いパピルスとか……味とかあんまり感じない巨人体でも不味いらしい。

 当初は焼いて処理も考えたようだが、火に耐性持った連中を焼くのはかなり面倒くさいらしく、心を無にして食べていたらしい。

 不憫すぎる。

 積み上げた下生えに近づくと、採集を発動。

 ブルーシートの上に、消えた下生えと同質量の果実と野菜が積みあがる。

 そして、わーいとばかりに巨人体で群がり、丸ごと齧り出すブレンダ班の4人。


「そういや忘れてたけど、カリカリとミルクって……旨いのかな」


 バナナ一本拝借して摘まみながら、両の手を見てポツリと零す。

 何気なく残りのスキルを思い出してしまった訳だが。

 すると地獄の餓鬼の如く貪っていた連中が、此方にくるーりと首を回してきた。


「え」


 瞬間やらかしたと感じた。


「あー、バナナ美味いな、ふんふんふーん」


 冷や汗を流しながらも、鼻歌で誤魔化そうとしたが。


「カリカリって……何?」

「ミルクがどうしたって?」


 ハチェッタさんとスカーレットさん、巨人体の吠え声だと可愛くないですよ。


「そういうのはいいですから」

「ミスタータイラー」


 シルビアさんの声が平坦で怖い。

 ブレンダ隊長は、いつも通りの調子なのが怖い。

 結局は4人に囲まれ、アルミ製タッパーを突き付けられて、諦めて右手からカリカリ、左手からミルクを出した。





「肉の味がする!!」

「お魚ー!!」


 レティさんとブレンダ隊長が狂喜しているのは、シルヴィアさんとハチェッタさんが、猫ミルクにカリカリとゴロゴロ野菜に根菜のすりおろし入れて、塩と調味料足して作ったシチューもどきである。

 確かに、肉と魚の出汁っぽい感じはするが、そこまで喜ぶのを見ると、心底不憫である。


「これで、水の携行も最低限で良くなりましたね」

「……ツネオ便利」

「恐縮です」


 注目を受けつつ、自分の分のシチューをすする。

 思った以上に美味しくて驚いたが、コメかパンが欲しくなる。

 採集に穀物出てこないのが地味に痛いな。

 パンでも作れればと思うが、トウモロコシや根菜を粉にする所からか。

 そんな事を考えていると、食事を終わらせたブレンダ隊長に呼ばれた。


「ミスタータイラー」


 ツネオ呼びにして欲しいんだが。

 ちょいちょいと手招きされて、連れられた先はブレンダ隊長の私室らしき個室。

 悲しいくらい物がなくて殺風景だが、甘い匂いに充てられて心臓がバクバクする。


「ミスタータイラー、色々と伝えたい事は在るのだけれど。

 先ずは、ありがとうと言わせてね」

「あの、私はたまたま」

「そこは偶然でも、神の悪戯でもいいのだけれどね。

 真面目な話、貴方が一週間……いえ数日遅かったとしたら、

 私達は、こんな風に話してはいられなかったでしょうね。

 正直、なーんにも変わらない、この牢獄みたいな基地に飽き飽きして、楽になってたんじゃないかしら。

 そりゃ、生きていくだけなら、まだ何十年と生きてはいけたでしょうけど。

 心はただ繰り返すだけの生に倦んでいたもの。

 そのうち誰かが眠ったままの餓死か、手っ取り早く頭を打ちぬいていたんじゃないかしら。

 そうして一人が居なくなってしまえば、嬉々として残りも続いたでしょうね。

 その位には、此処は終わっていたのよー」


 あんなに賑やかなメンバーなのに、そんな事が。

 しかし、私に闇を明かされても、一体どうしろと仰る?

 じっと黙って話を聞く。


「それが、たった一日で笑っていられるようになったの。

 空元気かもしれないし、おかしくなっちゃっただけかも知れないけれど。

 最初、管制塔から森がおかしいって言いながら、何かが変わるんじゃないかと最後の期待を求めたんでしょうね。

 すっごい勢いで飛び出していったレティ。

 貴方を連れ帰ってきて、何を話していいのか判らずにシルヴィアに投げた後も、隠れてじっと耳を澄ませていたのよ。

 それに無駄な事は一切喋らなくなったシルビアが、あんなに話すのは何年ぶりかしら。

 ハチェッタは、起きてこない日が段々と増えていたわ。

 私はそれを知っても、ただ最初に死ぬのが私にならない事だけを、それだけを考えていたの。

 昨日までは、それが隊長としての務めだなんて、真剣に考えていたのよ」

「ブレンダさん」

「ブレンダって呼んで」


 ぶ、ブレンダ。


「ブレンダ……さん」

「もう、意気地なし」


 プイとそっぽ向かれた。


「それにしても傑作よねー。

 今まで我慢していた、私の願いを考えた時にね。

 昔見た海が見たくなったの……そう、夕焼けの水平線。

 それなのに口に出したら、お魚食べたいって言ったのよ。

 自分で自分が信じられなかったわー」


 クスクスと笑うブレンダさん。

 涙が出てるのは、気付かない振りをした。

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