第3話 魔の森

 鬱蒼とした、陰鬱な森だった。

 私の立っている周囲が奇麗に切り開かれ、辺りに果実や野菜が散らばっていた。

 どうやら、採集スキルが勝手に働いたのだろうか。

 それにしては、散らばっている品の数が少ない気がする。

 見上げるような大木が乱立する森で、10メートル四方程度切り開いたにしては……と意識を回すと、アイテムボックス内に回収した物の内訳が感じられた。

 残りの果実等も拾い集めながら、すぐに食べられる物は、摘まみながら考える。

 先ず、この切り開かれた一角以外に、通れそうな道は獣道すら無い。

 次いで、この森には私に対しての殺意が、濃密に充満している。

 それは、下生えは刃のような葉を持ち、有刺鉄線のような蔓が鋼のように固い木々に絡みついて隙間を埋め、時折何かが私を狙って飛来する。

 都度、採集スキルがそれらを果実に変えるが、コースを外れて森の木々に当たる様子は、種子や実と思えない程の質量と威力である。

 正直、採集スキルが無ければ、既に詰んでいたと思われた。


「さて、どうするべきでしょうか」


 やるべき目的が判らない以上、目的地も想像がつかない。

 無目的に何れかの方向へ道を切り開いていくのも違う気がする。


「この森が私というか人間に殺意を持っているのであれば、この森を大きく切り開いていけば、森を監視する誰かしらに異常が伝わるかもしれない」


 試しに空き地の端へと進んで、森のエリアに手を伸ばす。

 手が森のエリアへ侵入すると、それがスイッチになったか採集が働き、一拍置いて森が消え去ると、大量の果実と野菜がアイテムボックスに収納された。

 私は両手を広げ、更に森のエリアへ踏み込み、円を描くように広場を拡張して行く。


「採集も効果発生に、少し隙間がある感じですね」


 試していく内、採集も無差別に森を消せる訳でも無い事が判った。

 先ず、両手を広げた場合、小走り程度のスピードで進むと、採集が機能しないタイミングがある。

 歩く速度では問題無い事から、1秒ごと位に効果が発生しているようだ。

 また、ある程度以上の太さの木を含むエリアに対しては、2秒程度立ち止まらないと機能しない事も分かった。

 これは、片手だけで行うと総て問題なくなることから、意識する接触面積当たりの処理能力が、決まっているように思える。

 当初は調子に乗っていたが、両手で移動時に種子の狙撃が、採集処理の合間のタイミングに、頭のすぐ横を通過した為、運が良かっただけと反省し、片手分の幅での切り開き作業を再開した。


 辺りが暗くなってくるまで、森を切り開き続けた結果、周囲100メートル程度を切り開いた。

 1メートル幅をチマチマ削っていくのは、想像以上に面倒な作業だった。

 お陰でアイテムボックス内には、大量というにも烏滸がましい野菜や果実。

 両の脚には、久々にキツイ筋肉痛が残った。


 翌日、森を見ると、削った筈の場所から、下生えが伸びていた。

 飛び地にも生えているのは、種子が飛んできたのか。

 この森の再生力は、洒落にならない程に高いらしい。


「このまま、誰かを待つのは間違いか?

 此処に気が付く範囲に、誰かしらの人の目がなければ意味はないが、そんな場所に落とす程、あの有無さんは迂闊でもないだろう。

 仕込みは周到にやるタイプだろうから、初手から運任せみたいな事はならないと思うんだけども」


 飛び地と周囲を採集で消し、座り込んで自問する。

 すると、地面へと着いた手に、何やら振動を感じた。

 地震ではなく、規則正しく叩きつけるような、微かな振動。

 耳を澄ましてみれば、振動に呼応するように、堅い物同士ぶつかり合うような音も聞こえていた。


「に、人間だったら良いんですが」


 段々と大きくなる振動と音。

 近付いてくるそれを、迎える様に森を見つめる。

 風では動かない、この森の木々や葉が大きく揺れ動き、押しのけられるように開いた。

 其処に見えたのは、金属と骨で鎧った女性のような体形の巨人。

 体高3メートル程のそれが、鉈のような武器を握り、蔦を引きちぎって此方へと向かってくる。

 思っていた物と随分違う光景に、どうすればいいのか固まってしまった。

 その内にも巨人は、森を渡り切りこの広場へと到達した。


「動くな!! 貴様、どこから湧いて出た!!」


 巨人から吠えるような声で問われた。

 しかし、その声は女性らしき声でもあった。

 私は両手を上げた物の、問いに何と答えればよいのか、頭が真っ白になってしまった。

 異世界から来ました等と言って、信じて貰えるのか。

 こんな怪しい森の中に、スーツだけを着て無事とか、敵性存在・不信者とでも思われて、頭をカチ割られる未来しか見えない。

 とりあえず。


「日本人です、助けて下さい」


 それ位しか、思いつかなかった。

 数秒の間、巨人に睨まれ続ける。

 手を上げたまま、巨体に見下ろされ、身が竦む。


「本当に日本人か……この空き地は、お前の仕業か」


 再度の問い。


「はい、そうなんですが……。

 何故そうなるのかは判りません」


 なぜか使えるが、スキルの理屈何て物は判らない。


「ちっ、判らない事だらけか。

 やりたくはないが、今更でも建前上、民間人は見捨てられんし、この異常事態の原因を放っておくのも不味いしな。

 これからキャンプまで連れて行くが、余計な真似はするなよ」


 巨人の腕が、私を掴もうと近づいて来る。

 色々と聞きたい事が有るのだが、許して貰えそうにない。

 胴体を片手でガッシリと掴まれると、巨人の肩に胴体を担がれ、次の瞬間には森へ向かって巨人が駆け出していた。

 担がれた状態でも、採集は機能しているらしく、巨人の駆けた後を切り裂いたように森が消えて行った。


「私はどうなるのやら」

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