第7話 遠い明日

 外の景色は校内からは見えにくくなり、遠くで運動部らしき掛け声だけが耳に届く。

 こんな時間にもなると、すれ違う生徒や教師の数は数えるほどしかいなかった。

 ゆっくりとした足取りで地歴準備室まで歩き続ける。そういや明日の朝は食堂で捜索の続きなんでだろうか……。現代っ子に朝日は敵。願わくば九時半ぐらいに始業開始にすれば寝坊する人はいなくなるのでは無いでしょうか。遅れた時間の分、夜更かしするに決まってるんで変わりませんね。はい。

 そんなくだらないことを考えながら地歴準備室の近くまで来れば、その地歴準備室のドアの前に人影が一つ。

 シルエットしか分からなかったので、何奴なにやつと構えを取ろうとしたが、よく見れば見たことのある顔。依頼者の友達のさかきだった。



「何してんのこんなところで」

「あ、黒咲くろさき君。待ってたんだよ」

「誰を?」

「君を」

「俺を?」



 待ってた?成宮なるみやではなく?もしかして俺に気があるのでは……とか一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしいというか軽く死ねと言いたいがその気持ちを抑えて吸って吐いて深呼吸を数秒でして……さぁこい!



「はいこれ」

「あっはい」



 俺の気合いも空回からまわり、榊は手に持っていた何かを俺に手渡す。あの、指とか触れたらちょっとドキッてなるのでゆっくり置いていただけたら助かります。



「職員室に用事があって、ここを通った時にたまたま見つけたの。すごいでしょ?」



 そう言って渡されたもの。それはヘアピンだった。本当に中代なかしろのものなのかどうかは後日聞けばいいだろう。

 しかし、何故榊が持っているのか。話を聞いたその日に見つけるなんてそんなことが本当にあり得るのだろうか。



「あ、あぁ……そうだな。すごいすごい」

「絶対適当じゃん。もっとめてよ」

「すげーすごい。マジすごい」

語彙ごい力が死んでる……もっと何か他にあるでしょ」



 さかきが俺の肩をポンと可笑しそうに笑って叩く。軽いボディタッチをするなんてさてはようキャだなオメー。

 容姿も容姿なので余計ドキドキする。これはいんキャはイチコロですばい……。



「えーっと、ちなみにどこら辺に落ちてたんだ?」

「え?えーっとね……ドアの前ら辺だった気がする」



 思い出すように喋る榊。そんなにすぐ忘れそうになるものだろうか。まぁ見つからないことに比べれば些細ささいなことだ。

 だが、そんなオチが有るのだろうか。偶然部室のドアの前でヘアピンを拾うなんてことが。だが真実とは時にあっけなく拍子抜けするものもあるという。逆に時間をかけることなく見つけられたことを嬉しく思うべきだろう。

 榊が中代なかしろの友達なら榊が渡してくれれば手っ取り早いのではないだろうか。榊は友達の悩みが解決してウィン、俺は中代に手渡す手間が省けてウィン。なんということでしょう。いい関係になれそうではありませんか。



「ついでに中代に渡してくれたら有難ありがたいんだけど」

「いや、そこは探偵部に任せたいな」

「いや、友達が見つけたってことなら特に問題もなくことは済むと思うんだけど」

「いや、さきが探偵部に依頼したんだったら正式なやり取りを通じた方がいいんじゃないかなと思うんだけど」



 見事な意見の食い違い。このままでは話は平行線を辿るだけだろう。ならばどちらかが折れるしかないのだが、そうなれば依頼を受諾したこちらが責任持って依頼者に報告すべきなのかもしれない。たかだか落とし物としか思えないが、後で文句を言われては面倒だ。ここは大人しく引き下がるとしよう。



「……分かった。中代に渡しておく」

「ありがと!咲も安心するよ」

「そうだな」



 ここ最近で女子との会話はしていなくは無いものの、くせのない女子と二人きりで話すのは苦手だ。癖のある女子も苦手だけど。つまり女子は苦手。

 榊白奈さかきしろなは学年でも屈指くっしの美少女とうわさされている。黒髪ボブで、制服自体は校則を破ってはいないが、軽く着崩している。部活終わりだからなのだろうか、ネクタイは緩んでいた。

 こんな状況でもなければ話すことはないだろうな。だがお生憎あいにく、俺は女子と上手に会話をできる自信がない。もう二度と話すことはないかもしれないが、陽キャならお得意のトークで彼女を引き留め、連絡先をどうにかして聞き出すのだろうが、俺は何か行動を起こす気にはならなかった。



「……あの」

「ありがとな。それじゃ」

「あ………うん。また明日ね。バイバイ」

「お、おう……また」



 胸元むなもとで軽く手を振る榊。どこか後味の悪そうな笑みを浮かべていた気がする。どうやら俺の行動がマズった模様。

 我ながら自分のチキン度合いに辟易へきえきする。何か言いたげな女子の言葉をさえぎって別れを告げるって、主人公にでもなったつもりかよ。

 人生皆主人公という理論からすれば俺も立派な主人公な訳だが。俺の人生を本にまとめたら薄そうだな。多分パンフレットぐらいの分厚さ。

 訪れないであろう遠い明日に、後ろがみを引かれる思いがほんの少しでもあると言ったら、笑われるだろうか。




 ***




「何でまだいるの?私を待ってたの?もしかしなくてストーカー?」

「もしかしろ。ちょっとは無実の人間かもしれないと疑え」

「疑うって言葉がポジティブな意味合いで使われる日が来るとはね……」



 とても頭が痛くなるやりとりだが、さっきよりは全然緊張しない。自分より個性のある人間と対峙たいじすると、意外と冷静になれるんだなと分析できた。

 そんなことよりも俺は報告しなければならない。俺の戦果(貰っただけ)を。俺が得た報酬(遺失物)を。俺が得るであろう名声(ねぇよ)を。



「ほら。お目当てのものだ」

「……ヘアピン?どこにあったの?」

「そこ」

「そこって地歴準備室の前で?」



 成宮なるみやに一応、報告を入れようと思ったが、連絡先を知らないので食堂にUターン。だが時すでに遅しと言わんばかりにもぬけのからだったため、地歴準備室に逆戻り。部室に入ると、おそらく自販機で買ったであろうストレートティーで優雅ゆうがにティータイムと洒落しゃれんでいた。

 俺を見るなり何をしてんだコイツみたいな目で凝視ぎょうししてきやがったので、俺の活躍(何もしてない)の象徴を見せつけた。

 だが、成宮の目は何をしてんだコイツから何を言ってんだコイツぐらいにしか変化がなかった。逆に言えば変化がないと言ってもいい。逆に言わなくても良かった。



「いやぁ灯台もと暗しってやつだな。原点にして頂点的な」

「それはなんか違う気がするんだけど。どちらかと言えばシンプルイズベストじゃないかしら?」

「もっと離れていった気がする……」



 面倒臭いことになりそうなので適当に話を切り上げようとしたが、成宮の表情は一層に硬くなるばかりだ。

 何が疑問なのだろう?俺には見えていない何かがあるというのだろうか。皆目見当もつかない。



「へぇ……。ここに……ね。本当にそこの廊下に落ちてたの?」

「さっきからそう言ってるだろ……。何が気になるんだよ」

「部室の前の廊下に落ちていたなんてありえないわ」

「……は?」



 ありえない?成宮のその発言が俺にはありえないが。頭ごなしに否定するのもアレなので、そう思った根拠を出して貰おう。根拠を出せ根拠を。



「そこに落ちているなんてありえない。断言出来るわ。昨日の時点で既にそこは探してる」

「本当か?」

「なに。疑うの?」

「そりゃあな。昨日の猪突猛進と言わんばかりの部屋の出て行きようを見れば…」

「誰が猪よ!」

「言ってn…いでぇ!」



 顔面にさっきまで成宮なるみやが飲んでいたストレートティーの入ったペットボトルをぶつけられた。なんつーコントロールだよ。



「何してくれてんだ……これ飲むぞ!」

「やめろ変態ストーカー!反社会的に死んでもらうわよ!」

「怖えよ!せめて法律の下で裁いてくれ!」



 社会的に死ぬのは普通に人生が詰むが、反社会的に死ぬのは生命が詰む気がする。あいつの家業って何?稼業か?まさかヤのつく稼業なのか?

 手に持っていたペットボトルを投げて返すと、成宮はフンと鼻を鳴らした。いい度胸してんな……。辞めてやる。ぜっっっったい入らねえからなこんな部活。



「ここには何も落ちていなかったわ。それだけは断言できる」

「本当かよ」

「つまり、彼女が部室の前の廊下で拾ったなんて嘘」

さかきが嘘をついてる?何の為に」

「それは分からない。分かるとするならば……」


「中代さんしかいないわ」



 成宮の視線が俺の視線と交錯する。俺は耐えきれなくなって逸らしてしまった。女子慣れしてないのが丸分かりだがどうでもいい。どんな状況であれ、注目を集めるのは大の苦手だ。



「何で中代なかしろが」

「だって、よりにもよって中代さんの友達の白奈しろなが見つけたのでしょう?その時に何か気になることはなかったの?」

「急にそんなことを言われても……てか名前で呼ぶんだなさかきのこと」

「そ、そんなことは今はどうでもいいじゃない。ねぇ、何かないの?」



 お前探偵だろ。部員でもない俺に頼ろうとするなよ。謎に手伝いなんてしてしまったが、今回限りだ。俺は基本的に部外者なんだぞ。

 大体、廊下に落ちていなかったなんて成宮が言っているだけだ。俺は廊下を探していないから見てなんか……

 いなかったか?本当に?俺は探していなかったのか?

 疑問はある。何も気にならないわけじゃない。それでも俺は。



「……心当たりはない。じゃあな。俺は帰る」

「こんなスッキリしない終わり方でいいの?途中で投げ出すなんて」



 俺は自分のカバンを肩に掛けてドアに手をかけた。だが、成宮の非難するような呼びかけに手が止まってしまう。



「……何か勘違いしてないか?」

「えっ?」

「今回の依頼はヘアピンを見つけることであって、それ以外は依頼の対象外だ」

「それは……そうだけど……でも……」



 振り返って顔を成宮に向けながらそう告げた。もしかしたら圧迫感が出ていたのかもしれない。少しおびえた表情で成宮は俺を見ている。呆気あっけに取られて次の言葉が出てこないのか、口をモゴモゴとさせて繋ぎ止める言葉を探している。

 だが、言葉は現実にはならず、手がちゅうつかもうとしているだけ。それをいいことに俺は部室から外へと歩み始める。



「ヘアピンも見つかったし、これで仮入部終了ってことでいいか?」

「それは……まだ数日しか経ってないのに」

「数日あれば期間としては充分だろ。悪いけど入部はできないと思うから」



 成宮の表情にかげりが見える。流れるように仮入部から本入部させることが目的だったのだろう。だが、入部するかは本人の自由。入部しないのも自由だ。断固として入部しないという意思を見せ続ければ勧誘の手も止まるだろう。

 ヘアピンは見つかった。おそらくは中代のもの。ガラガラと無機質なドアの閉まる音が響き、明日には依頼は終了を迎える。


 だから、俺はもう成宮と一緒の部屋にはいられない。

 俺は遠い明日を少しだけ想いながら夜にまみれていった。

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