第6話 捜索は迷い込んで

 日も暮れかけ、夕陽は姿を消そうとしている頃には集中力も尽きようとしていた。いな、尽きていた。



「見つかんない……」

「三分の一ほど見られただけでもできた方だろ」



 さかきは部活があるということでこれ以上時間を貰うわけにもいかず、俺と成宮の二人で捜索を続けていた。

 終わる気がしないというよりは、食堂で見つかる気がしないといったところ。まるで手応えを感じない。

 昼休みは食堂の利用者が多いので、流石にどこで食べたのか覚えていないとのことでしらみ潰しに探し回っている。



「ここで見つけられなかったらどうする?」

「その考えが既にダメ。死ぬ気で見つけるのよ。時は一刻を争うの」

「そんなに窮地きゅうちに立たされてる状況だったか?」



 何なら当の本人は用事があるやらなんやらで帰ってるしな。

 というか今回の依頼はどこか不自然な気がする。いやこの状況がもう既に不自然なのは置いといて。

 そもそもの話、そんなに大事な物なら、もっと必死になって探すのではないだろうか。

 無くしたことに気づいたのが一昨日の帰宅後。何時に家に着いたのかは知らないが、家と学校までの距離が近いのなら探すために学校に戻ってもおかしくはない。

 く言う俺自身も週末の課題を学校に忘れた時に自転車で爆走して取りに帰った記憶がある。学校に一人はいるんだよな。課題の提出に厳しい先生。

 個人個人で得意科目も苦手科目も違うのに。全員に同じ問題を解かせる意味が分からん。

 そのむねを宿題を忘れた言い訳に使ったら逆ギレされたのは言うまでもないが。社会って余程ことがない限り下剋上げこくじょうが起きないから理不尽。

 学校から二駅ほど遠い自分の家で気付いたなら絶対諦めるけど。ソワソワしながら落ち着かない休日を過ごすとなったとしても。


 中代なかしろにとって無くしたヘアピンがどれほど大切なのか測りかねるが、それは詳細な情報を入手できなかった俺に落ち度がある。

 それに、俺だったら探偵部とかいう胡散うさん臭い部活動を頼りにするなんて絶対にしない。今後もすることはおそらくないだろう。俺の性格上頼らないだけで、中代は探偵部に依頼している。

 結局本人に聞かない限り、何故探偵部に依頼しようとする気になったのかは分からないままだが。

 とはいえ、このまま見つかりませんでしたでは終われないだろう。仮にも人助けをする部活なのだここは。知らんけど。頼られた以上、責任はともなってくる。

 せめて、両者が納得なっとくできる落とし所を見つけたい。



「あの……質問よろしいでしょうか」

「なに?手早くね」

「もしもこのまま見つからない場合どうするつもりなのかなって」

「それは見つからなかった時に考えるの」



 絶句。さも当然のようにノープランと告げてくるとは。予想しなかったわけじゃないが、それはあまりに無鉄砲むてっぽうというか無責任だと思うのは俺だけでしょうか。

 成宮なるみや唖然あぜんとする俺を見て何かおかしい?と問いかけるような表情で首をかしげる。

 少しばかり心臓に鼓動が早くなった気がしたが、吸って吐くのが深呼吸を二回ほど繰り返して脈を落ち着かせる。

 懐かしいなアルゴリズム体操……。エンタに出てくる暴走族とのギャップにビビったもんな。めっちゃ喋るやんあの人たち。



「それは行き当たりばったりすぎるだろ」

「私たちが受けた依頼は無くしたヘアピンを見つけること。それに全力で取り組まない方が失礼だと思わない?」



 よくもまぁ他人の為に死力を尽くして探そうという気になるな。俺には絶対出来ない。

 そもそも中代なかしろが本気で探しているなら、もっと焦った様子がうかがえるはずだ。つまり今回の依頼には何か裏があるのでは無いか。



「それはそうだが……。中代が本気で探しているかなんて」

「彼女が何か隠しているとでも言いたいの?」

「え……あ……いやなんて言うか」



 成宮なるみやの眼光がするどく光る。彼女は依頼者のことをまるで疑っていない。人としては素晴らしい人徳なのだろうきっと。でも探偵としては純粋すぎるのではなかろうか。

 俺如おれごときが探偵の何を知っているわけでもない癖に、こんな事を言うのは極めて烏滸おこがましいとしか言いようがない。

 俺の思案した内容は言葉にはならず、頭の中で永久機関のように回り続ける。成宮は話の次穂つぎほを見つけられない俺から目を離すと、また捜索を再開した。やる気スイッチ僕のは何処にあるんだろう……。


 結局、他人の感情なんて完璧に理解はできない。そんな当たり前のことにつまづいているようじゃ探偵なんて成り立たないのかもしれない。

 ただ素直に真っ直ぐに実行できる成宮なるみやは俺なんかよりもよっぽど人助けに向いているのだろう。多分。知ったかぶりの知識しか持たない俺の意見だが。



「そろそろ日も暮れかけてるし帰らないか?」

「私はもう少しだけ探してから帰るから」

「そうか」



 懸命に探し続ける成宮なるみやに軽く会釈えしゃくをしてその場を立ち去る。彼女は俺のことは眼中に無いらしく、目が合うことは無かった。

 やっぱり俺が探偵部に必要だとは微塵みじんも思えない。彼女一人の方が余程自由に活動できるだろう。むしろ俺がいることで集中力か切れるかもしれない。

 どうやって穏便おんびんにバックれることができるのかを考えながら、カバンのある地歴準備室へと歩みを進めることにした。

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