第5話 捜索開始

 なんとか成宮なるみやを見つけ、三人で美術教室を探したが収穫は無く、職員室前にある落とし物ケースの中にも無い。

 というわけで俺たちは女子の体育で使用したテニスコートを捜索しようとしたのだが。



「ナイボー!」

「ドンマイドンマイ!次あるよー!」

「声出してーー!」



 テニス部は体育会系の空気で圧迫されていた。その迫力にビビるビビる。ここでも青春を謳歌おうかしているんだな……。俺には到底真似出来ない。感服かんぷく致しました。

 ソフトテニス部と硬式テニス部がどちらも活動している。男女ともに。やや硬式テニス部の方が人が多いように見受けられる。

 こんな白熱した雰囲気に「すんませーん探し物あるんでお邪魔していいっすか?」なんて言おうものなら顔面にスマッシュを受けることになるだろう。あれ年末の笑ってはいけないビンタぐらい痛いと思うんだよね。目が開けられないもん。



「どうするんですか?」

「もちろん探しに行くに決まってるでしょ。やっぱり節穴ふしあな?見習いじゃなくて小間使いになる?」

「遠回しに雑用になれってか。いいぞ。頭を使わない仕事なら大歓迎だ」

「何言ってるか分からないからとりあえず行くわ」

「待て待て。正気か?この熱血感溢れるこの情熱の塊みたいな場所に飛び込む度胸ある?」

「疑うの?分かった。今から証明してあげるから」

「テニス部の人が休憩してる時に行けば……」



 中代なかしろがそう言った瞬間、成宮はアルミ製のフェンスに取り付けられたドアを開いて自然な動作でテニスコートの中へ。だが制服で入るにはあまりにも不自然。そして成宮の目の前にコースを外れたスマッシュが地面に叩きつけられる……俺と中代は急いで回収に向かった。



「そこ邪魔!!危ないよ!」

「何するのよ!私は依頼者の望みを叶えるために……」

「言いたいことはよく分かったから一回作戦をろう!多分今日は無理だから!」

「す、すみません。決して、決して怪しい者ではないんです……。本当に、ちょっと……じゃ、邪魔しようとしてただけなので」

「言い方!誤解が誤解じゃなくなるから!」



 俺と中代なかしろ成宮なるみやの両腕を引っ張る。なんつー力だコイツ!一般男性の俺と一般女性の中代を合わせた力でも抑えるのがやっと。

 なんなら俺は体をつかめず、服を引っ張ることしか出来ない。無闇むやみに体を引っ張ってセクハラって言われたらムショ行き確定だからな。

 よく見ると中代はブンブン振り回されている。どうやら力が弱すぎて意にもかいされていない。こう言っては失礼だが、止める気あんのか?



「明日!明日出直そう!朝は空いてるだろうから」

「そ、そうしましょう!ヘアピンは逃げたりしませんから!」

「私は……。一刻も早く見つけ出さないと……いけないというのに!」

「その使命感はどっから出てきてんだ」



 何故探して欲しい側が探すのを止めさせようとしてるのだろう。

 依頼人の意思を放置している探偵。探究心のバケモノと化していた。恐ろしや恐ろしや。てかこれって明日も続くの?選択肢せんたくしミスったなぁ……。

 ギャアギャアとわめく成宮を引きずりながら今日の活動は終了した。




 ***




 翌日の早朝。ホームルームが始まるおよそ一時間前からテニスコートでヘアピンを探している。桜の花弁はなびらも散り、直に夏が訪れるだろう。今年の春はとんだ出会いになったからな。夏は平穏に訪れることを願うが。それにしても日差しが思ったよりも強く、少し汗ばんで、カッターシャツが肌にベタっとくっつく。朝から何してんだろ俺。


 成宮なるみや中代なかしろも一生懸命にヘアピンを捜索中だ。中代は雑草を掻き分けている。ゆっくりと雑草を掻き分けて探している。流石にやる気はあるみたいだが、いかんせん動きがスローリーだ。てかバテている。

 一方成宮はというと、滅茶苦茶めちゃくちゃ張り切って草を抜いていた。理由を聞くと、草が無い方が探し易いからとのこと。鼻息を荒くしていたので本気でそう思い込んでいるご様子。

 その証拠に彼女の横には大量の雑草の山。塵も積もれば山となるを体現している。先を見据えすぎではなかろうか。


 もうすぐ始業のベルが鳴る。テニスコートは十分の一も探せていない。このままでは、テニスコートを探すだけで一週間はくだらないだろう。それは困る。何が悲しくて朝から探し物を必死にしなくてはならないのかさっぱりわからん。

 ただ闇雲に探してもらちが開かないのも事実。打開策を見つけなければ、この探偵部の呪縛じゅばくから逃れることはできないだろう。



「中代。成宮。もうここらで引き上げよう」

「そ、そうですね……」

「雑草抜いて本当に見つかるの?」

「知らん。お前が盲信してやってたんだろ」



 テニスコートでの探し物を毎朝の日課にされても困る。ここは攻め方を変える。



「ヘアピンがどこで無くしたのか分からないってことは中代が何処かへ持ち出したってことだよな」

「何言ってるの。当たり前じゃない。そんなことも分からなかったの?」

「確認してるだけなんですが」



 成宮なるみやが馬鹿にした表情で俺を見つめる。こんな形で見つめられても嬉しくねぇぞこの野郎。いやまじで。



「まぁ聞け。例えば、誰かがヘアピンを持ち出しているところを見てるかもしれない」

「え……?」

「それって、まるで誰かに盗まれたみたいな言い方……」



 あ、やべ。中代なかしろに言うべきじゃなかったかも。いや言うべきではなかったな。みるみるうちに中代の顔色が青ざめていく。やばい。このままだとバッドエンドだ。



「か、可能性の話だから……。基本的にはこのテニスコートにあると思う。でも放課後は探せないからもしテニスコートに無かった時のケアのつもりで提案したんだが……」

「そ、そうですか。……そうですよね。わざわざ私のものなんか盗む人なんていませんよね」



 中代が胸に手を当てて動揺を抑える。地雷を踏み抜きかけたが、首の皮一枚繋がったらしい。危ねぇ。なんとかなった。毎朝の日課はできてしまったが。



「本当にデリカシーの欠片……ちりすらも無いのね……」

「そこまで言うんだったら、むしろ全くないって言ってくれ」



 ついでに探偵からのジト目も頂きました。キツい。主に精神的に。女心どころか心すらよく分からないんだ。やっぱり俺には女子と青空の下で春を過ごすなんてできそうも無い。


 俺たちはその場で解散することになった。これが毎日続くのかよ。

 青春なんてものは妄想と空想で成り立つ幻想だ。幻想を殺せる右手が欲しい。現実を見ろ現実を。




 ***




 放課後。俺は成宮なるみやと共に二年二組の教室で中代なかしろの友人を探していた。中代は今日の放課後は予定があって帰らないといけないということで二人きりで活動している。

 代わりに自分と同じクラスの友達に話はつけておいてくれたらしい。一人ストッパーが抜けたのは大きい。昨日のように成宮が暴走しなければいいが。

 成宮は呼んでくると言って教室に突撃したが、大丈夫だろうか。俺は自分のクラス以外の教室に入るなんて、戦争している中に丸腰で突っ込むようなものなので遠慮した。自分の身は自分で守らないとな。



「連れてきたよ。この子が中代さんの友達のさかき白奈しろな

「あ、どうも……」

黒咲くろさき君だよね?よろしくね」



 心の準備が全然できてないんだけど。あれ?お前が聞いてくるんじゃなかったのか?俺に紹介っている?焦って陰キャみたいな反応しちまったじゃんか。だが俺も女子と共に活動することで不本意ながら耐性も付いてきている。俺の陽キャムーブをお見舞いしてしんぜよう。



「どこかで話したことあったっけ?」

「……?い、いや無いと思うけど」



 テンパってんじゃねえか俺。なんか榊も動揺してるし、発言を間違えたのは間違いない。間違えろよ。逆に間違っててくれよ。いや間違ったらダメだろ。あかん。もうギブ。


 榊は黒髪ショートで身長は成宮よりも少し高く、スタイルも良い。出るとこは出ている。成宮とは比べるまでもない。

 だが、そんな正統派美少女の容姿に見惚れそうだが、どこか既視感があるように思える。



「何か下卑た視線を感じるんだけど」

「それは思い込みだ。大丈夫。まだまだ未来に希望は持てる」

「よく分からないけどぶん殴りたい……」

「二人とも仲良いんだね」

「「それは無い」」



 成宮と話していると落ち着く。なんか遠慮するって考えが無いからかもしれない。何言ってもいっか的な。多分友情とか親愛とは違った何かだと思われる。よって友達ではない。

 生暖かい保護者のような視線を感じる。本当にやめてくれ。体を掻きむしりたくなるこのもどかしさ。ほら、成宮も心なしか不機嫌になりつつある。ガルルルルと唸り声が聞こえる気がする。

 閑話休題。時を戻そう。




 ***




「……ということがあって、中代なかしろさんが無くしたヘアピンを私は探してるの」

「そういうことなんだ。すごいね。人助けを率先して行うなんて」



 成宮なるみやは昨日起こった出来事を簡潔にまとめてさかきに伝えていた。その間、俺の存在をほのめかす発言は何一つとして含まれていなかったが。

 そこ、私たちな。俺の存在忘れてない?もしかして俺は要らない子?

 要らない子視点だと、正直見つかる気がしないからどこかで落とし所を見つけたいと思い始めているんだが。



「でも一昨日おとといのことだよね……。あんまり覚えてないなぁ」

「そっか……。どんなに小さなことでもいいの。何か覚えてない?」



 流石に無理だろう。一々友達の行動を覚えてるなんて、執着心におぼれたストーカーか、人間観察が趣味の捻くれ者ぐらいしかできないだろう。どちらも危険人物。



「えっとね……。確か美術の教室に行く時に急いでポケットに入れてた気がする!」

「え、まじ?」



 吉報だ。心なしか世界が明るく見える。これで毎朝の日課からおさらばできる。まだ一日しかしてなかったけど。

 だが一人、肩をがっくりと落として悲痛な呟きを溢す者もそこにはいた。



「私の朝六時からの草むしりは一体……」

「運動部の朝練より早かったのかよ」



 野球部が朝の六時半から練習していたらしいが、まさかどの生徒よりも早く来ていたとは。だからあんな山ができるくらいまで草が抜けてたってことなのね。なんたる時間の無駄。

 もしかしてポンコツの気質があるのだろうか。やっぱり迷探偵の名はあながち間違ってないのかもしれない。



「でも美術教室には無かったぞ?じゃあどこで落としたんだ」

「あと、午後の授業はどっちも教室だったよ」

「そ、そっか」



 俺の独り言めいた発言に反応してくれた。その優しさに脳が震えるが、小声でつぶいていたつもりなのに聞こえていたという事実に顔から火が出そうになる。恥ずかしい恥ずかしい。

 それはさておき、榊の話が本当なら、無くした場所は限られていそうなものだ。他に移動する場所なんてあるのか?



「あ、ちなみにお昼はどこで食べたの?」

「ん?食堂だよ」

「げ……」



 食堂の広さは教室の比ではない。テニスコートよりは狭いが、教室何個分あるのかすら分からない。

 俺と成宮は顔を見合わせる。どうやら朝の日課はもう少し続くらしい。

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