第4話 はじめての依頼

 本日の依頼者。名前は中代なかしろさき。髪はつややかな黒色のボブカットだが、前髪が長く、顔はよく見えない。それで前見えてんのってぐらい。メガネをかけていて身長は女子にしては高め。成宮も身長は高い方なんだろうが、中代の方が若干高い。地味で暗めな印象を受ける。



「それで?今日はどういった用件で?」

「実はあるものを無くして……」



 成宮なるみや中代なかしろが向かい合って座る。俺が座るとすれば成宮の隣しかないのだが、探偵部員であることを認めるのはなんだかしゃくだ。教室の端っこで立つことにしている。

 探偵部なんて大袈裟おおげさな名前だが、実際は便利屋というか悩みを聞いて解決する部活のようだ。青春を謳歌おうかせし者が集う高校で殺人事件なんて起きてもらっても困るしな。事件簿に名前が載るなんてことは御免ごめんこうむる。



「あるものって?」

「ヘアピンなんですけど……」

「新しいの買ったら?」

「はぁ……。こいつデリカシーの欠片もないのね」



 成宮から軽蔑けいべつを含んだ溜め息が漏れ出る。思ってたよりもお口も態度も悪い。だが、四方八方に愛嬌あいきょうを振りまいている、私可愛いよね系ぶりっこ女子より断然マシかもしれない。

 嘘で自分を塗りたくる奴の言葉は信用があまりないからな。嘘です。これ以上は心が保ちそうに無いです。こんなのが好きなのはMしかいないと思いました。



「お気に入りだったら無くしても諦めきれないことだってあるでしょうに」

「そ、そういうものですかね」

「そ、そうですね。私の宝物って言ったら誇張し過ぎかもしれないですけど、なるべくなら見つけたいなぁって思ってます……」



 依頼者と探偵の意思疎通いしそつうはしっかりできているらしい。しかし、関わりがほぼ皆無の他人とはいえ、助けを求める場面に遭遇そうぐうしてしまった。これはどうするべきか。

 鮮やかな夕陽ゆうひが教室内をだいだい色に染め上げて行く。仕方ない。今度一条に何かおごって貰えばいいか。俺を巻き込んだ責任はしっかり後で取って貰おう。

 すべき事は早急さっきゅうに取り掛かるべきだ。悩んでいても時間の無駄。



「今日だけだからな」

「探してくれるの?」

「このまま見捨てて帰るのも夢見が悪いからな」

「君のツンデレなんて需要ないけど」

「お前の毒舌はもっとねえよ」



 思っている事をストレートに言い過ぎるのも考えものだと思います。さては自称サバサバ系か?そのキャラは一部の男にしか受けないから辞めとけ?男女共通の敵になりかねないから。



「正直に手伝いたいって言えばいいのよ」

「それはお前が不必要だと判断したツンデレ要素じゃないか?」



 腰に手を当てて自信満々に言う成宮なるみや。このテンションに気圧される俺と中代なかしろ。俺が手伝うと言ってからまた更に明るくなっている気がする。



「じゃあ探してくれるんですか?」

「ええ。任せて。私たちで必ず見つけるわ!」



 俺が主戦力みたいな物言いだな。……嘘ですよね。これがきっかけで本入部とかならないよな。新入社員が辞めたいと思った時にはもう既にチームの割と重要なポジションに入れ込まれて辞めるに辞めれない状況みたいなことにならないよな?

 この発言はフラグにならないよな?




 ***




 時刻は四時半といったところ。成宮なるみやがヘアピンを無くした状況を聞いていた。俺は話しかけることなく棒立ち。適材適所ってやつだ。

 ちなみに俺の仕事はお茶を入れること。ちなみにお茶は自販機で買った緑茶。つまりパシリである。



「いつ頃無くしたことに気付いたの?」

「昨日家に帰ってから気付いて……。それで今日の朝早くから探していたんですけど……」

「見つけられはしなかった、ということね」



 正直本人が見つけられなかった落とし物を他人が意図的に見つけるのは結構難しいと思う。本人が心当たりのある場所で見つけられないのなら諦めるのがいいのではと思うんだが。



「学校で落としたってことに自信は持てる?」

「体育とか移動教室が多かったので……。その道中に落としたんじゃないかなとは思ってて」

「じゃあ昨日の時間割を教えてくれる?移動教室の際に落としたかもしれないわね」



 中代なかしろの昨日の行動は、朝、八時頃に学校に着き、教室で友達と喋っていたらしい。その時はヘアピンをつけていた。その時点ではまだ無くしていなかった。

 続いて三時限目が体育。ここでヘアピンは取って教室の机の上に置いていた。そして四時限目は美術。着替えもあって時間がなく、急いで授業に向かったとのこと。

 そして、午後の授業は教室で受けたので移動はしていない。それ以外の移動といっても、たまにお花をみに行く程度だろう。

 どうやら美術の授業でヘアピンを付けていなかったが、その状況に慣れてしまい、付けることを忘れていたらしい。そしてそのまま授業が終わって帰宅して、ヘアピンがないことに気付いたということ。



「じゃあ教室内にあるんじゃないのか?」

「そう思って教室は探したんですけど……」

「無かった。ということね。じゃあ移動教室にあるんじゃない?」

「多分そうだと思ったんですけど……」



 ですけどですけどって、仕事でミスしてやらかした時に言い訳する新入社員みたいだな。ソースは一ヶ月も続けられずにバイトを辞めた俺。ミスして気まずくなって即座に撤退した記憶がある。あの状況では退く以外に道はなかった……。先輩のお前使えねぇなって言いたげの目が今も忘れられません。てか言ってました。

 そんな過去の俺を彷彿ほうふつさせる反応でなんとなくは察した。中代なかしろの顔が段々と下を向き始める。実際に行って探したんだろうな。それも今日の朝から。



「友達に手伝いを頼まなかったのか?」

「私は部活に所属してないんですけど、友達は部活をしてて……。私の過失で迷惑をかけるのも申し訳ないなって思っちゃって」

「そんな考えすぎよ」

「そう……ですよね……多分」



 どうやら中代は人の迷惑になってないか考えてしまうタイプらしい。そんなの気にしないで頼るだけ頼ればいいと思うんだが。本当に友達なのであれば。

 まぁ友達の定義も曖昧あいまいだもんな。顔を知ってれば友達。連絡先を持ってれば友達。休日に遊べたら友達。知り合いと友達の境目は人それぞれで、わざわざ相手に境界線は何処か、なんて聞けるわけもない。

 聞くことができる神経を持っている奴はよっぽど他人との関わりが淡白な奴か、人間関係が破綻はたんして失うものが無いぼっちだけだ。

 自分から遠い人間だから言えることもあるのだろう。SNSやネットがいい例だ。人は溜め込むことができる容量にも限度がある。どこかでガス抜きをしなくてはならない。

 そのガス抜きをする終着点が探偵部なら、依頼は遂行せねばなるまい。多分。



「とりあえずもう一回探したらどう?三人いれば見逃すこともないだろ」

「まぁそれがセオリーかもね。よし。三人で昨日の中代なかしろさんの軌跡きせき辿たどるわよ!」

「は、はい」



 カッコよく言ったつもりかもしれんが、移動しているだけだ。完全に探偵になりきっている。なりきれているのかどうかは甚だ疑問だが。



「何ボーッと突っ立ってんの。早く来て見習い助手」

「助手に見習いなんかあるのか……?てか助手じゃない。絶対に」

「な、仲良くしましょう……?」



 中代なかしろがあたふたとしている。しかし、言うが早いか、成宮なるみやは既に教室を出て角を曲がり、姿は見えなくなっていた。恐るべし行動力。ワンマンチームである。



「みんなで探すんじゃなかったのか?」

「どこに行ったんでしょうか?」



 どうやら依頼者のヘアピンを探す前に、迷探偵めいたんていを探さなければならないようだ。探偵を探すとはこれ如何いかに。本末転倒にも程がある。

 俺たちはダッシュで成宮を確保すべく後を追った。



「ん?なんか踏んだ?」

「きゃっっ!」

「おあっ!?」



 駆け出そうと踏み込んだ右足に違和感。気になってブレーキをかけた瞬間、背中に柔らかい感触。刹那せつな、幸せな気持ちになりかけたが、平静を取り戻し、背後を振り返る。そこには尻餅しりもちをついた中代の姿。

 スカートの中は見えない。見えないといったら見えない。真相はやみの中だ。黒って意外……。



「ごめん。大丈夫?」

「あ、うん……。大丈夫……です」



 恥ずかしいところを見られたといった様子で顔を赤らめる中代。俺は一瞬目に入ったモノから即座に目を離し、彼女の顔だけを見るようにして手を伸ばした。いや、俺のせいだから罪悪感が急上昇なんだけど……。

 罪悪感を隠すように中代の腕を引っ張って立たせる。中代はスカートについた埃を払うと、転んだ拍子に何か落としたのか、地面にある物を拾っているように見えた。



「じゃあ……探すか」

「そ、そうですね」



 二人の顔が赤いのも、体が暑くてブレザーを脱ぎたくなるのも全部、まぶしすぎる程の夕陽の所為だと思いたい。

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