第10話 優柔不断

 俺が探偵部に入部することが決まった翌日の放課後。教室で一人、惰性だせいで帰る支度をしていた。高校二年生は中緩なかゆるみの時期だ。一年通ったことで学校の制度にも、時間の使い方もルールの抜け道もそれなりに分かってくる。

 新一年生のようなフレッシュさは消え、自分たちがこの学校の中心なのだと錯覚する。

 遠慮するということを忘れていくのだ。おのれす事全てが正しいと勘違いしている。



「ごめんペン借りるわ」

「あっ、えっ、あぁうん」

「よしできた。せんせーこれでいいですかぁ?」



 現在進行形で俺の赤ペンを使い始めてから言うな。許可を取れ。礼を言えとは言わん。ありがとうぐらい言えこの野郎。

 できたそばから赤ペンを放り投げて俺の元を離れるようキャF。名前なんか知るか。髪の長さが一センチにも満たなさそうなので野球部であることはほぼ確実。

 この学年の野球部の数はかなり多く、陽キャもそれなりに多い。そのせいか、自分がクラスの中心であるかのように振る舞う奴も多い。やれ面白い話をしろだの体育の時にはちょっとミスをするだけで『使えねぇわアイツ』と平気で陰口かげぐちを叩く。俺が嫌いな人種である。

 だが、こんなやつらにも悩みはあるのだろうかと考える時もある。人知れず誰にも言えない秘密を抱えて日常にけ込む陽キャも中には存在するのだろうか……まぁ知ったこっちゃないのだが。


 赤ペンを筆箱の中にしまい、筆箱を通学カバンの中に入れて、通学カバンを肩にかけて教室を出る。

 教室を出る瞬間、目の前を見覚えのある人物が横切った。

 さかき白奈しろな。先日、ヘアピンを探して欲しいと依頼した中代なかしろさきの友人。



「それでね。駅前のカフェでチーズケーキ頼んだんだけど」

「あーそれ前にみどり美味おいしいって言ってたのじゃない?」



 榊は中代ではなく、違う女子生徒と会話を弾ませながら歩いていた。

 それ自体に違和感は無い。だけど、俺はあることに気づいてしまっていた。

 榊と中代が一緒にいる場面を今まで一度も見たことが無いのだ。俺が会った時はどのシチュエーションにおいても、二人がそろって同じ場所にいるなんてことはなく、どちらか一人のみ。

 だからこそ、本当にあの二人は友達と呼べるのだろうかと思って中代に質問した。



「白奈は私の友達」

「とは呼べないかもしれませんね」



 返ってきたのはその回答。曖昧あいまいにぼかした中身ではあったが、中代は榊のことを迷いなく友達と断言することはできなかった。

 うそでもいいから『はいそうです』と言って欲しかった。何か根本的な部分で解決できていないのではと考えてしまう。

 もう依頼は解決しているというのに。



「なんでドアのとこで立ち止まってんの」

「あっ悪い……なんだ一条いちじょうか。ならよかった」

「俺なら迷惑をいくらかけても大丈夫とか思ってない?」

「勝手に入部届に俺の名前を書いて提出したことはまだ許してないからな」



 俺がそう言うと一条は分かりやすく眼球が右往左往うおうさおうに移動する。わざとらしいなその動き。

 それはそうと、よかったと言った理由は、迷惑をかけた相手が一条だったからではない。丁度今、聞きたいことがあったからである。この陽キャは俺の数少ない情報源の一つだ。俺にとっての情報源が一つだけとも言う。一条に聞けば大抵たいていの人間関係の情報は手に入る。多分。



「丁度いいや。聞きたいことがあるんだけど」

「なに。やぶから棒に」



 しょうがないといった様子で俺の話を聞こうとする一条。どんな表情でもイケメンが崩れないのは犯罪だと思います。



中代なかしろさきって子……二組にいるよな?」

「え、誰?聞いたことないけど」

「はぁ?何言ってんだお前」

「いや言いたいのは俺の方。初めて聞いたわそんな名前」



 そんなはずはない。依頼を受けている最中に中代がさかきのことを教えてくれた時に、同じクラスに私の友達がいると中代は確かに言っていた。そして榊は二年二組に所属している。ならば必然的に中代も二組にいるはずだ。

 中代が嘘をついていなければ。



「それは本当か?本当に中代は二組にはいないのか?」

「二組どころか学年にもいないけど多分……。それで?その中代って子がどうかした?」

「いや、いないならいい」

「怖くねそれ?まさか過去にこの学校で命を落としたという」

「じゃあな。お疲れ。部活がんば」

「さっきから何なんだよお前……じゃあまたな」



 こうなったら直接榊に聞くしかない。彼女以外に中代咲を知っている人物はこの学校に存在しないかもしれない。そんな訳ないと思うけど。だけどもし本当に存在しなかったら軽くホラーだ。怪談を話すにはまだ時期が早すぎる。

 俺は榊が歩いていった方向へダッシュして追いかけた。だが無駄に広い校舎ではわずかな時間も命取りらしい。



「歩くの速過ぎだろ……」



 俺は完全に榊の姿を見失ってしまった。

 こうなればプランBも同時進行で進めるしかない。俺は数少ない連絡先から一人の人物を選んでメッセージを送り、榊の捜索を再開した。




 ***




 今日から探偵部の部員ということも忘れ、学校中を探し回っていたが、自販機のある休憩所で休んでいたところ、飲み物を買いに来た成宮とばったり運命の再会をした後、『サボるな』と耳を引っ張られて部室まで連行された。

 現在は反省のあかしとしてゆかに正座している。ちなみに足はしびれて感覚がなく、少しでも動こうものならジーンと苦痛の時間が訪れるだろう。文字通り一歩も動けない状況が出来上がっている。

 ちなみに俺に正座を強要させた張本人はせっせと学校の課題を進めている。ちゃっかりしてる。



「で、なんで活動一日目からサボりを決め込んでいたのかしら」

「いやサボろうとしてサボっていたというよりは、なるべくしてサボっていたという感じで……。つまりサボろうとする意識が俺には無いからここは無罪むざい放免ほうめんでも良いのでは」

「部活に来ていないという事実に何も変わりは無いけどね」



 課題に対する集中力が切れたのか、俺に話しかける成宮。心なしか眠そうに目がとろんとしているように見える。

 おっしゃる通りでごもっとも。何も言い返せないので大人しく従うしかあるまい。どんな罰でも受け入れますと頭をれていることにしよう。



「もう飽きたわ。楽にしたら?」

「は、はい」



 女王様の許可が出たので遠慮なく足を伸ばす。まだビリビリする。しばらくは立てそうもない。



「それで何があったの」

さかきを追いかけてた」



 スッと成宮の目が細くなり、スマホを制服のポケットから取り出す。おっと人生が詰みそうな予感。



「ご、誤解だ成宮。まずは落ち着け。深呼吸しろ」

「スゥーー……ハアァァァーー……よし、一、一、零と……」

「ストップストップ!話を最後まで聞け!」



 疑わしきは罰したすぎるんじゃないのか。古代ローマの時代ならば優秀な処刑人になれそうだ。慈悲じひ欠片かけらも無いぞこの女。



「え……?言い残すことは?」

「考える余地はつめの先ほどでいいから残しとけ」

「仕方のない人ね。チャンスは一度だけよ」



 このチャンスを活かさないと俺は社会的に死ぬことになるだろう。そんなことはあってはならない。

 俺はまだ死にたくない。不労所得で生活する夢は捨てたくない。




 ***




 俺は事細ことこまかに放課後のチャイムが鳴ってから成宮に連行されるまでの出来事をたっぷり時間をかけて説明した。



「中代さんが二組に存在しないかもしれないっていう疑念が生じたから、さかきさんに聞こうとしたってわけね。初めからそう言えばいいのに」

「お前の判断が早すぎたんだよ」

「優柔不断よりはマシに決まってるわ」

「いや優柔不断な方がいいに決まってるだろ。陽キャはロクに頭も使わず、後先考えずに楽な選択肢を選びがちだ。その結果、よくしらん私立大学に指定校で入学して、簡単そうな授業だけを選択した結果、単位取得させねぇ系教授との邂逅を果たし、そしていつの間にか必修の単位も落とし、もう一年遊べる状況になり、文字通り遊びほうけて二留にりゅうまでがテンプレだ」

「なんでそんなに詳しいの?もしかして君の未来予想図?」



 俺の未来予想図には、よりそってゆきたいあなたはいない。ヘルメット五回ぶつけても鬱陶うっとうしいなとしかならないし、そもそもそんなシチュは発生しない。

 俺は必要以上に誰かに寄ろうとする気持ちは持ちあわせていない。疑問は放っておけば風化する。そして記憶の彼方かなたへと去っていくのだ。



「明日聞いてみるか……いや、もしかしたら俺の勘違いかもしれないしな…やっぱり辞めておこうそうしよう」

「直接本人に聞いてみればいいじゃない」

「え?どうやって?」

「はいどうぞ」



 そう言って成宮は俺にスマホの画面を見せてきた。そこに映されていたのは海の写真。そして真ん中にsiroと書かれている。すなわちそれはラインのプロフィール。



「ラインで連絡を取ればいいのか」

「そうよ。何のためのSNSよ」

「わかった。頼んだ」

「は?自分でしたら」



 何言ってんだこいつという目で見られてます。だってしょうがないじゃない。連絡先持ってないんだもの。

 てかsiroって中代の代の部分からきてるよな。何故そんな中途半端な位置をラインの名前にしているのだろう。名前でいいだろうに。



「いや……連絡先持ってないし」

「連絡先送ってあげるから自分でやったら?」

「それは中代が困るだろ。いきなりどこの馬の骨ともしれん奴から紹介されても」

「彼女の父親じゃあるまいし……そもそも顔見知りじゃない」

「お前もこの依頼のことはまだスッキリしてないんだろ?なら本人から直接聞いた方がお前も納得できるだろ」

「そういう情報収集は助手の仕事って相場が決まってるの」



 どこの相場だそれは。そして無感動にも俺のスマホに通知音が鳴り響く。

 女の子の連絡先ゲット。だがテンションは上がるどころか急降下中。大丈夫?依頼も終わったのにいきなり連絡してキモがられない?ねぇ?責任取ってくれるの?


 成宮は我関われかんせずといった様子で自分の席に戻り、中断していた宿題をまた解き始めた。しかし、たまにこちらの方をチラリと見てくるので、気にはなるらしい。

 メッセージを飛ばすべきだろうか。



「いややっぱりやめとこ」

「えいっ」



 少し前にも聞いた無邪気むじゃきな声。声を発した悪魔は机に置いてある俺のスマホの通話ボタンをタップする。

 部室に一定のリズムで呼び出し音が響き渡る。悪魔はやってやったと言わんばかりに微笑んでいる。顔が良いからってやっていいことと悪いことがあるぞ。だが世の中は顔がよければイージーモードらしい。大体は顔で許されるのだから、イケメンと美女は税金をもっと支払うべきである。



「何やっちゃってくれてんのお前」

「判断が遅い。覚悟かくごが甘いのよ」

「せめて会話のテンプレートを書き出すぐらいはしておくべきだ。じゃないと『あ』とか『え』とか中身スカスカの助詞じょしでしか会話できなくなるんだよ」

「コミュ障どころか電話恐怖症なのね……でも試練を乗り越えてこそ人間は成長するの。もしかして人間の姿をしたヒキニートなのかしら」

「どっちも人間だよ」



 

 俺の精神を削るやり取りをして緊張感を紛らわせる。こいつとやり取りをしていると何かを失っている気がする。もしかして俺が緊張しないように気を遣って……いやないな。毒舌でもてあそぶのが趣味みたいな奴だからなコイツ。

 数十秒が経過しても中代なかしろが電話に出る気配はない。後で折り返すか……しょうがねえなぁ。いや、これはもう切るしかないでしょ。流石さすがに。次は成宮なるみやにかけさせようと通話を切ろうとしたその瞬間。



「はい……もしもし……?」



 何というタイミング。あとコンマ数秒早く俺の指が触れていたら。成宮がニヤっと性格の悪そうな笑みを浮かべて、早く話せと肩をグーで小突こづいて早く話せとかしてくる。目の前の物体に対する破壊衝動がおさえられそうにないですわ。

 ええいなるようになれ。俺は覚悟を決めてスマホを耳に当てた。

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