第10話 優柔不断
俺が探偵部に入部することが決まった翌日の放課後。教室で一人、
新一年生のようなフレッシュさは消え、自分たちがこの学校の中心なのだと錯覚する。
遠慮するということを忘れていくのだ。
「ごめんペン借りるわ」
「あっ、えっ、あぁうん」
「よしできた。せんせーこれでいいですかぁ?」
現在進行形で俺の赤ペンを使い始めてから言うな。許可を取れ。礼を言えとは言わん。ありがとうぐらい言えこの野郎。
できたそばから赤ペンを放り投げて俺の元を離れる
この学年の野球部の数はかなり多く、陽キャもそれなりに多い。そのせいか、自分がクラスの中心であるかのように振る舞う奴も多い。やれ面白い話をしろだの体育の時にはちょっとミスをするだけで『使えねぇわアイツ』と平気で
だが、こんな
赤ペンを筆箱の中にしまい、筆箱を通学カバンの中に入れて、通学カバンを肩にかけて教室を出る。
教室を出る瞬間、目の前を見覚えのある人物が横切った。
「それでね。駅前のカフェでチーズケーキ頼んだんだけど」
「あーそれ前に
榊は中代ではなく、違う女子生徒と会話を弾ませながら歩いていた。
それ自体に違和感は無い。だけど、俺はあることに気づいてしまっていた。
榊と中代が一緒にいる場面を今まで一度も見たことが無いのだ。俺が会った時はどのシチュエーションにおいても、二人が
だからこそ、本当にあの二人は友達と呼べるのだろうかと思って中代に質問した。
「白奈は私の友達」
「とは呼べないかもしれませんね」
返ってきたのはその回答。
もう依頼は解決しているというのに。
「なんでドアのとこで立ち止まってんの」
「あっ悪い……なんだ
「俺なら迷惑をいくらかけても大丈夫とか思ってない?」
「勝手に入部届に俺の名前を書いて提出したことはまだ許してないからな」
俺がそう言うと一条は分かりやすく眼球が
それはそうと、よかったと言った理由は、迷惑をかけた相手が一条だったからではない。丁度今、聞きたいことがあったからである。この陽キャは俺の数少ない情報源の一つだ。俺にとっての情報源が一つだけとも言う。一条に聞けば
「丁度いいや。聞きたいことがあるんだけど」
「なに。
しょうがないといった様子で俺の話を聞こうとする一条。どんな表情でもイケメンが崩れないのは犯罪だと思います。
「
「え、誰?聞いたことないけど」
「はぁ?何言ってんだお前」
「いや言いたいのは俺の方。初めて聞いたわそんな名前」
そんなはずはない。依頼を受けている最中に中代が
中代が嘘をついていなければ。
「それは本当か?本当に中代は二組にはいないのか?」
「二組どころか学年にもいないけど多分……。それで?その中代って子がどうかした?」
「いや、いないならいい」
「怖くねそれ?まさか過去にこの学校で命を落としたという」
「じゃあな。お疲れ。部活がんば」
「さっきから何なんだよお前……じゃあまたな」
こうなったら直接榊に聞くしかない。彼女以外に中代咲を知っている人物はこの学校に存在しないかもしれない。そんな訳ないと思うけど。だけどもし本当に存在しなかったら軽くホラーだ。怪談を話すにはまだ時期が早すぎる。
俺は榊が歩いていった方向へダッシュして追いかけた。だが無駄に広い校舎では
「歩くの速過ぎだろ……」
俺は完全に榊の姿を見失ってしまった。
こうなればプランBも同時進行で進めるしかない。俺は数少ない連絡先から一人の人物を選んでメッセージを送り、榊の捜索を再開した。
***
今日から探偵部の部員ということも忘れ、学校中を探し回っていたが、自販機のある休憩所で休んでいたところ、飲み物を買いに来た成宮とばったり運命の再会をした後、『サボるな』と耳を引っ張られて部室まで連行された。
現在は反省の
ちなみに俺に正座を強要させた張本人はせっせと学校の課題を進めている。ちゃっかりしてる。
「で、なんで活動一日目からサボりを決め込んでいたのかしら」
「いやサボろうとしてサボっていたというよりは、なるべくしてサボっていたという感じで……。つまりサボろうとする意識が俺には無いからここは
「部活に来ていないという事実に何も変わりは無いけどね」
課題に対する集中力が切れたのか、俺に話しかける成宮。心なしか眠そうに目がとろんとしているように見える。
おっしゃる通りでごもっとも。何も言い返せないので大人しく従うしかあるまい。どんな罰でも受け入れますと頭を
「もう飽きたわ。楽にしたら?」
「は、はい」
女王様の許可が出たので遠慮なく足を伸ばす。まだビリビリする。
「それで何があったの」
「
スッと成宮の目が細くなり、スマホを制服のポケットから取り出す。おっと人生が詰みそうな予感。
「ご、誤解だ成宮。まずは落ち着け。深呼吸しろ」
「スゥーー……ハアァァァーー……よし、一、一、零と……」
「ストップストップ!話を最後まで聞け!」
疑わしきは罰したすぎるんじゃないのか。古代ローマの時代ならば優秀な処刑人になれそうだ。
「え……?言い残すことは?」
「考える余地は
「仕方のない人ね。チャンスは一度だけよ」
このチャンスを活かさないと俺は社会的に死ぬことになるだろう。そんなことはあってはならない。
俺はまだ死にたくない。不労所得で生活する夢は捨てたくない。
***
俺は
「中代さんが二組に存在しないかもしれないっていう疑念が生じたから、
「お前の判断が早すぎたんだよ」
「優柔不断よりはマシに決まってるわ」
「いや優柔不断な方がいいに決まってるだろ。陽キャはロクに頭も使わず、後先考えずに楽な選択肢を選びがちだ。その結果、よくしらん私立大学に指定校で入学して、簡単そうな授業だけを選択した結果、単位取得させねぇ系教授との邂逅を果たし、そしていつの間にか必修の単位も落とし、もう一年遊べる状況になり、文字通り遊び
「なんでそんなに詳しいの?もしかして君の未来予想図?」
俺の未来予想図には、よりそってゆきたいあなたはいない。ヘルメット五回ぶつけても
俺は必要以上に誰かに寄ろうとする気持ちは持ちあわせていない。疑問は放っておけば風化する。そして記憶の
「明日聞いてみるか……いや、もしかしたら俺の勘違いかもしれないしな…やっぱり辞めておこうそうしよう」
「直接本人に聞いてみればいいじゃない」
「え?どうやって?」
「はいどうぞ」
そう言って成宮は俺にスマホの画面を見せてきた。そこに映されていたのは海の写真。そして真ん中にsiroと書かれている。
「ラインで連絡を取ればいいのか」
「そうよ。何のためのSNSよ」
「わかった。頼んだ」
「は?自分でしたら」
何言ってんだこいつという目で見られてます。だってしょうがないじゃない。連絡先持ってないんだもの。
てかsiroって中代の代の部分からきてるよな。何故そんな中途半端な位置をラインの名前にしているのだろう。名前でいいだろうに。
「いや……連絡先持ってないし」
「連絡先送ってあげるから自分でやったら?」
「それは中代が困るだろ。いきなりどこの馬の骨ともしれん奴から紹介されても」
「彼女の父親じゃあるまいし……そもそも顔見知りじゃない」
「お前もこの依頼のことはまだスッキリしてないんだろ?なら本人から直接聞いた方がお前も納得できるだろ」
「そういう情報収集は助手の仕事って相場が決まってるの」
どこの相場だそれは。そして無感動にも俺のスマホに通知音が鳴り響く。
女の子の連絡先ゲット。だがテンションは上がるどころか急降下中。大丈夫?依頼も終わったのにいきなり連絡してキモがられない?ねぇ?責任取ってくれるの?
成宮は
メッセージを飛ばすべきだろうか。
「いややっぱりやめとこ」
「えいっ」
少し前にも聞いた
部室に一定のリズムで呼び出し音が響き渡る。悪魔はやってやったと言わんばかりに微笑んでいる。顔が良いからってやっていいことと悪いことがあるぞ。だが世の中は顔がよければイージーモードらしい。大体は顔で許されるのだから、イケメンと美女は税金をもっと支払うべきである。
「何やっちゃってくれてんのお前」
「判断が遅い。
「せめて会話のテンプレートを書き出すぐらいはしておくべきだ。じゃないと『あ』とか『え』とか中身スカスカの
「コミュ障どころか電話恐怖症なのね……でも試練を乗り越えてこそ人間は成長するの。もしかして人間の姿をしたヒキニートなのかしら」
「どっちも人間だよ」
俺の精神を削るやり取りをして緊張感を紛らわせる。こいつとやり取りをしていると何かを失っている気がする。もしかして俺が緊張しないように気を遣って……いやないな。毒舌で
数十秒が経過しても
「はい……もしもし……?」
何というタイミング。あとコンマ数秒早く俺の指が触れていたら。成宮がニヤっと性格の悪そうな笑みを浮かべて、早く話せと肩をグーで
ええいなるようになれ。俺は覚悟を決めてスマホを耳に当てた。
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