第9話 駆け出しの青春

 中代なかしろはもう一度頭を下げると、今度こそドアを閉めて帰っていった。これにて事件は幕を閉じる……と思っていたのだが。



「今回の依頼……何か裏がありそうね」

「もう解決したけどな」

「そりゃそうだけど。でもこのままでいいのかしら」



 成宮なるみやは相当気になっているらしく、に落ちないといった様子であごに手を当てていた。

 外は真っ暗ではないけれど、だいだい色の夕焼けは次第に暗い影に落ちようとしていた。



「じゃあ俺も帰るわ。これから頑張ってくれ。探偵部」

「は?何言ってるの?君、入部希望者でしょう?」

「いや、それはあいつが勝手に」

「今回の依頼に対する功績こうせきを認めて探偵部への入部を特例で認めるわ。嬉しいでしょ?」

「就職する予定のない企業から内定をもらうのってこんな感じなのかな……」



 昨日は入部しないと言っても受け入れてくれそうな雰囲気だったと言うのに。ふんすと腕を組んで仁王におう立ちして扉の前に立ちふさがる成宮。絶対に行かせないウーマンがそこにはいた。

 正直ぶっちゃけると嬉しくない。フリーターもしくは留年をまぬがれるという意味ではまだ内定通知書を貰う方が嬉しいだろう。だけど探偵部の本入部通知を貰ったところで進学にも就職にもメリットがあるようにはどう見ても見えない。めんどくさぁ……と思うばかりである。

 正直他人と関わることでここまで疲れるとは思わなかった。これを毎日やるのは流石にしんどい。

 だが、そんな俺の考えなど知ったことじゃない成宮は俺に向かって右手を差し出す。



「君、探偵にならない?」

「嫌、探偵にはなりません」



 訪れる沈黙。とても気まずい。しかし、成宮はそんな感情は捨ててしまったのか、はたまた持ち合わせてすらいないのか、差し出した手を下げるつもりはないようだ。

 しかし、よく見ると口元が若干ピクピクしている。恐らく彼女には羞恥しゅうち心が襲来しゅうらいしているのだろう。

 俺が入部を断るって分かってるくせに。それでも勧誘の手を止めないことに成宮の本気を感じる。心が揺れそうになる。



「……君、私の助手になりゃない?」

「いえ、貴女の助手にもなりません」



 噛んだ。時間が経つにつれて彼女の顔はあかい色に塗られていく。斜陽しゃようを浴びて顔を朱くしているというよりは、部長(多分)としての威厳いげんが斜陽化しつつあるというべきであるが。

 俺がなしくずし的に入部するとでも思っているのだろうか……。甘い。甘すぎる。そんな高圧的な目線と態度じゃ入ってやらないもんね!



「ほ、本当に?これだけ勧誘してるのに?何で?もしかして私のことタイプじゃないの……?」

「昨日から入部しないってずっと言ってるだろ……あと好きな女のタイプで部活は決めないから」



 目の前の部長の勢いが見る見る内に減衰げんすいしていく。さっきまでの威勢いせいはどうした。なんか申し訳なくなってきたぞ。

 目をうるうるとさせて本当に入らないのかと問いかけてくる。とてつもない後ろめたさを感じる。

 なんなら昨日の時点では入部しないとは言ってないんじゃないかという錯覚まで起きそうになるレベル。

 女子のその目線の使い方はとてもずるい。けどチートではないからBANは出来ない。正面から受け止めるしか術はない。

 そして俺には効果はバツグン。弱点がJKとあざとい仕草なので、四倍弱点に跳ね上がって大ダメージ。つまるところ瀕死。

 だがこんなところで目の前が真っ暗になる訳にはいかない。気合いだ!気合いでこの場を耐えなければ……。

 俺はどうすればこの状況を切り抜けられるのか模索もさくする。だが、それは扉が開かれる音により中断せざるを得なくなってしまった。



成宮もさく。今日中に部員を……お?なんだ見つけてきてたのか」

「いえ、俺はただのの通りすがりの帰宅部です」

「そうか。新入部員か。これでとりあえずは部活として活動していけるな」

「ちょっと?俺の話聞いてました?帰宅部ですよ?探偵部に入るつもりはないんですけど」

「まあそう言わずに。いいじゃん。こんな可愛かわいい子と二人きりで活動できる部活なんて他に無いよ?最高に青春を謳歌おうかできる舞台が整ってるのに」



 唐突にやってきた人物に見覚えがある。というか忘れようにも忘れられない。この蒼陽そうよう高校の教師の一人であり、俺が所属している二年三組の担任を務めている。名前は柏木かしわぎあい


 つややかな黒髪は腰の高さぐらいまで伸びており、身長も百六十センチは余裕であるだろう。下手をしたら俺より高いかもしれない。目鼻立めはなだちも整っており、まごうことなき美人だ。

だが何故だろう。独身貴族感がいなめない。歳も二十代前半ではないだろうな……。二十代前半にしては仕草しぐさがいちいちさまになりすぎている。恐らく三十z……



成宮なるみや。ちょっと」

「…はい?」



 そんな事を考えていたらふと視界から何かが消えた。いや先生なんだけど。しかし、どこに消えたというのか。というか成宮を呼んで視界から消えるってどういうこと。呼んだんじゃねえのかよ。



「先生。何してるんですか?」

「え?見えてるのか?先生はどこにいるんだ?」

「ここだ若いの」



 先生の行方を目で探していると、後ろから柔らかい感触。何故だろう。幸せを感じる。



「人間の目はななめの移動に弱いんだ。だからそこで成宮なるみやに意識をらして、黒咲くろさきの足元の方へ斜めに移動すると消えたように見える訳だ」



 消えるド〇イブじゃねえか。よく持ってきたなそんな技。まさかスポーツ以外で使用するとは作者もあまり考えてないだろうに。せめてコートの中でやれ。



「ま、幻の六人目……少年誌見てるんですね。こりゃあモテな」

「えいっ」

「何すかその見た目にそぐわない可愛い声は。アラサーにはキツすぎ……痛い痛い痛い首首首ギブギブギブ!」

「まだ二十代だこの小童こわっぱ



 見事に背後からめ技をめられている。これは……チョークスリーパーか?俺の首が先生の右腕の関節に収まってしまっている。

 先生の腕を連続タップすると、緩やかに力を抜いてくれた。流石にやりすぎだと思ったのだろうか。



「ごめんねうっかり技をかけちゃって。たまにこうなる時が来るから今度も頑張って耐えるように鍛えておいて」

「き、鍛えておきます。特に注意力」



そんなことはなかった。あと頑張って耐えてって何だよ。技をかけることに遠慮ないのかよ。

 本当に気を付けよう。こんなところで死ぬわけにはいかない。俺にはまだすべきことがある。そもそもこの世界にバトル展開の描写は本来必要ないのだ。ラブコメっぽく書かせてほしい。

 だが、如何いかに美人と言えども、言っていいことと悪いことがある。可愛い子と二人きりで過ごせるなんていう発言を平気な顔でしているが、本人が目の前にいるにも関わらず遠慮もしないで言うのは教師としていかがなものだろうか。



「教師がそんな発言をしていいんですか。男はおおかみとはよく聞くのではないでしょうか?もし俺が仮に成宮なるみやに手を出したらどうするんですか」

「そんなことを考えていたのか。オトすべきだったかな……」

「た、例えばの話として考えていただけてますかね?」



 まるで成宮にそういう行為を今後迫りますと言っているみたいだな。てか言ってるね。もう少し考えて発言すべきでした。反省。

 下手すれば二秒後には通報されてもおかしくない。もしくはKO。嘘だよな?流石にな?信じてるぞ姫君共ひめぎみども



「山に埋めるか、プレス機でぺっしゃんこにすればいいんじゃないでしょうか」

「そうだな。そういう知り合いに心当たりがない訳じゃないから、もし貞操の危険を感じた場合は隠さず言ってくれ。しっかり始末する」



 こえぇわ。普通こういう時の女性って社会的に殺そうとしません?シンプルに生命を終わらせようとするな。

 しかもその二択は絶対ヤのつく人の手段だよ。多分。外国人をやとって自分の手を汚さないタイプ。

 俺にその気がないことを証明するにはどうすればいいだろうか。いや入部しなけりゃいいじゃん。忘れかけてたわ。



成宮なるみやに手を出さないという証明として本入部は取り下げます。これで見逃していただけないでしょうか」



 完璧。一瞬この世から消されかけたが、これでまた一つの命を救うことができた。いやぁ人助けっていいものだな。



「「無理」」

「何でだよ」

黒咲くろさき。私は君がどんな美少女にも手を出せないキングオブチキンだということは知っている。経験も浅……いや、未経験だな。間違いない」

「経験?あっ、つまりどうて」

「待て。決めつけるな静まれ。先生は先生で勝手に未使用扱いしないでください」



 どこかのバンドみたいな称号はいらん。一体なにが未経験だというのだろうか。脳内では滅茶苦茶経験してますけど。そこら辺の一般男性なんて目じゃねえわ。

 逆に相手にされないまである。逆じゃないよなぁそれ。



「いいよ、いい、いい。分かってるから。よく一人で今まで頑張ってきたな。褒めてやる。よしよし。えらいえらい」



 そう言いながら頭をでてくる先生。成宮がうわぁとドン引いた目で見てくる。とてもじゃないが耐えられない。軽く先生の手を払って押し退けるが、時既ときすでに遅し。成宮の氷点下ひょうてんかの視線が突き刺さって離れそうにない。



「頭撫でられてニチャァとして……やっぱりプレス機……」

「お前は今何もされてないだろ。あとそんなに気持ち悪い笑い方してた?」

「鏡見たら?」

「鏡どこだよ。あともう手遅れだよ」



 自分の肩を抱いて嫌悪感けんおかんに満ちた視線を浴びせてくる成宮なるみや。軽く死ねと言いたいのがひしひしと伝わってくる。

 普通ニヤニヤだろ。なんで気持ち悪さが五倍ぐらい膨れ上がってる。そんなに気持ち悪かったの?

 誰だよ美少女のジト目はご褒美とか言ってる変態は……。何故か生まれた罪悪感で圧死あっししそう。やっぱりこんなとこ居られねぇ。さっさと帰らせてもらおうか。



「本当に俺は入部する気は無いです。すみませんが他を当たってください。失礼します」



 とんだ茶番だ。金輪際こんりんざい関わることは無いというのに。

 カバンを拾って教室の扉を開けて帰ろうとしたその瞬間、今までとは比べものにならない程の圧を頭に感じる。それは先生の手だった。

嫌な予感を全身で感じる。さっきまでとは比べ物にならないプレッシャー。とうとう先生が本気を出してきた。本気じゃなくても勝てる気しないのに。



「こっち向いて」

「首もげる」



 頭ごと俺の体を回転させようとする先生。力技すぎるわ。首の筋が何本か引きちぎれた音がしたような気がする。これが証拠を残さない体罰なのね。やだ悪質。

 抵抗したら本当に首がねじれそうになるので自分から先生に向き合うことにした。



「ところで話は変わるけど……冬休みの宿題はまだ終わっていないのか?」

「それを言うなら春休みでは……え?マジで?出してませんでしたっけ?」



 そう言えば再提出っていわれてからやる気がせて机の上に投げてたな……。期限はいつまでって言われてないし、何ならもう二年生に進級している。時効だと思ってました。テヘッ。

 だがどうやら時効は不成立のようだ。証拠は俺の頭をつかむ手から生み出される圧迫感。

 まずい、回答をミスれば頭をもぎ取られるかもしれない。だが目の前のメロンメロンしている物体πから目が離せない。万有ばんゆう引力いんりょくって素晴らしいですね。

 おっとそんなことを考えている内に頭が圧殺あっさつされそうだゾ☆

 シンプルに命の危険。



「君は私にこの一年でいくつ迷惑をかけたのかな?」

「片手で数える程かと……」

「両手両足の指程ゆびほどだな?」



 それは盛ってる……と言いたかったが、握力に至っては確実に女教師からアマゾネスと進化してしまっている。

 柏木先生のこめかみに青筋あおすじが立っている。血管が破裂はれつしそうな程に浮き出ていた。もはや人間ではない。おにの領域へと踏み込んでいる



「誰が鬼神きしんだコラ」

「そこまで言ってねぇ」



 ミシミシと何かが壊れていく音が頭の中もとい頭の上から聞こえてくる。



「早めに出してって先生、言わなかったかな?」

「記憶にございませイタタタタ」

「聞こえないからちゃんと言って♡」

「なんで変な抵抗を毎回試みるのかしら……」



 先生のつめが俺の頭皮に食い込もうとしている。

 成宮なるみやあきれた顔でやれやれといった様子で手を振っている。うるさい。俺は平穏へいおんな日常を手に入れる為に必死なんだよこれでも。

 だがこのままでは平穏な日々を手にすると同時に風通しの良い頭部も手に入れてしまいそうだ。髪は男の命でもあることを忘れるな。



「あ、明日までに提出しますから許してください」

「いらん。一年生の現代文の宿題なんか今更評価しようもないよ」

「じゃあどうすればいいんですか」



 先生は俺の頭から手を離すと、上着の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

 そこには見覚えのある名前が書かれていた入部にゅうぶとどけだった。俺のやん。そして俺が書いてないやつ。



「今までのペナルティとして探偵部に入部すること。異論、脱走、退部は基本的に認めないからそのつもりで」

「俺が探偵部に入部する必要あります?」

「知らないの?部活は二人からじゃないと活動を認められないの」

「逆に二人から部活ってできるんだ……」



 それは同好会と言うべきなのでは。好きでやる訳では無いけども。

 探偵部は成宮一人しかいないから、最低限活動する為に俺みたいないんキャでも部員にしようと躍起やっきになっていた訳か。

いや俺以外にも入部してくれる人はいるでしょうに。なぜ俺。

 そうしてまで探偵部を継続させる理由は俺には分からないが。わざわざ人のいない部活をのこす理由が、成宮にはあるとして、果たして柏木かしわぎ先生にはあるのだろうか。


 だが先生の目はブレることなく俺の目を見てそう言い放った。発言を取り下げる気は無いらしい。これはもう逃げられないな。

 観念するしか道は残されていないようだ。さらば俺の平穏な日常。



「…………はい。入部させていただきます」

「なら決まりね。ようこそ探偵部へ。これでやっと公式に活動ができるわ」



 楽しそうにこれからの未来に思いをせる成宮を見ていると、はぁ……とついついガクッと肩を落としてしまう。

 何でこんなことになっちゃったんだろう……と教室に誰もいないなら頭を抱える状況だが、目の前には予想通りと言わんばかりにドヤ顔で胸の前で腕を組む成宮。



「もう一回聞くけど」

「なに?」



 成宮が何を聞こうとしているのかは分かっている。それは一度通ってきた道だ。でも俺はイエスなんて言ってやらない。俺にその職業は多分向いてない。



「君、探偵にならない?」



 即答でならないと言ってやるつもりだったのに。一瞬、成宮なるみやを含めた世界が止まって見えた。彼女に見惚みとれたとでもいうのか。馬鹿馬鹿ばかばかしい。

 俺は入部するだけだ。すぐに幽霊部員になってフェードアウトするつもりだったのに。何故だか俺はこの部活から逃げられない予感がした。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。



「ならねぇよ」



 なりたくねぇよそんなもん。絶対疲れる。他人の事情に首を突っ込んで秘密をのぞく職業のどこが楽しいのか俺には微塵のぞも理解ができない。



「じゃあ助手と雑用どっちがいいの?」

「なんだその二択」



 少しいじけた様子で口をとがらせて問いかけてくる成宮。その二つってもしかしてルビの振り方一緒だったりする?



「仕事の内容に違いは?」

「ないけど」

「……なら雑用で」



 結局雑用は俺がすることになるのね。ならば雑用係として活動してやろうじゃないか。

 ……本当に俺の存在が必要なのか疑問でしかないが、どうやら探偵様は雑用を手に入れてご満悦まんえつだ。ウキウキとした様子で帰り支度したくを始めている。本当に分かりやすい。



「明日からどうしよっかなぁ」

「私、中代なかしろさんのことで気になることが」

「それはもういいだろ」

「えぇーー?ノリが悪いのね」

「陰キャにノリの良さを求めるな」



 どうやら俺の青春はここから始まってしまうらしい。俺が開けたパンドラの箱に入っていたのは希望か絶望か。それともどちらとも言えない何かなのか。


 その答えはきっと最後まで分からない。

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