第9話 駆け出しの青春
「今回の依頼……何か裏がありそうね」
「もう解決したけどな」
「そりゃそうだけど。でもこのままでいいのかしら」
外は真っ暗ではないけれど、
「じゃあ俺も帰るわ。これから頑張ってくれ。探偵部」
「は?何言ってるの?君、入部希望者でしょう?」
「いや、それはあいつが勝手に」
「今回の依頼に対する
「就職する予定のない企業から内定を
昨日は入部しないと言っても受け入れてくれそうな雰囲気だったと言うのに。ふんすと腕を組んで
正直ぶっちゃけると嬉しくない。フリーターもしくは留年を
正直他人と関わることでここまで疲れるとは思わなかった。これを毎日やるのは流石にしんどい。
だが、そんな俺の考えなど知ったことじゃない成宮は俺に向かって右手を差し出す。
「君、探偵にならない?」
「嫌、探偵にはなりません」
訪れる沈黙。とても気まずい。しかし、成宮はそんな感情は捨ててしまったのか、はたまた持ち合わせてすらいないのか、差し出した手を下げるつもりはないようだ。
しかし、よく見ると口元が若干ピクピクしている。恐らく彼女には
俺が入部を断るって分かってる
「……君、私の助手になりゃない?」
「いえ、貴女の助手にもなりません」
噛んだ。時間が経つにつれて彼女の顔は
俺がなし
「ほ、本当に?これだけ勧誘してるのに?何で?もしかして私のことタイプじゃないの……?」
「昨日から入部しないってずっと言ってるだろ……あと好きな女のタイプで部活は決めないから」
目の前の部長の勢いが見る見る内に
目をうるうるとさせて本当に入らないのかと問いかけてくる。とてつもない後ろめたさを感じる。
なんなら昨日の時点では入部しないとは言ってないんじゃないかという錯覚まで起きそうになるレベル。
女子のその目線の使い方はとても
そして俺には効果はバツグン。弱点がJKとあざとい仕草なので、四倍弱点に跳ね上がって大ダメージ。つまるところ瀕死。
だがこんなところで目の前が真っ暗になる訳にはいかない。気合いだ!気合いでこの場を耐えなければ……。
俺はどうすればこの状況を切り抜けられるのか
「
「いえ、俺はただのの通りすがりの帰宅部です」
「そうか。新入部員か。これでとりあえずは部活として活動していけるな」
「ちょっと?俺の話聞いてました?帰宅部ですよ?探偵部に入るつもりはないんですけど」
「まあそう言わずに。いいじゃん。こんな
唐突にやってきた人物に見覚えがある。というか忘れようにも忘れられない。この
だが何故だろう。独身貴族感が
「
「…はい?」
そんな事を考えていたらふと視界から何かが消えた。いや先生なんだけど。しかし、どこに消えたというのか。というか成宮を呼んで視界から消えるってどういうこと。呼んだんじゃねえのかよ。
「先生。何してるんですか?」
「え?見えてるのか?先生はどこにいるんだ?」
「ここだ若いの」
先生の行方を目で探していると、後ろから柔らかい感触。何故だろう。幸せを感じる。
「人間の目は
消えるド〇イブじゃねえか。よく持ってきたなそんな技。まさかスポーツ以外で使用するとは作者もあまり考えてないだろうに。せめてコートの中でやれ。
「ま、幻の六人目……少年誌見てるんですね。こりゃあモテな」
「えいっ」
「何すかその見た目にそぐわない可愛い声は。アラサーにはキツすぎ……痛い痛い痛い首首首ギブギブギブ!」
「まだ二十代だこの
見事に背後から
先生の腕を連続タップすると、緩やかに力を抜いてくれた。流石にやりすぎだと思ったのだろうか。
「ごめんねうっかり技をかけちゃって。たまにこうなる時が来るから今度も頑張って耐えるように鍛えておいて」
「き、鍛えておきます。特に注意力」
そんなことはなかった。あと頑張って耐えてって何だよ。技をかけることに遠慮ないのかよ。
本当に気を付けよう。こんなところで死ぬわけにはいかない。俺にはまだすべきことがある。そもそもこの世界にバトル展開の描写は本来必要ないのだ。ラブコメっぽく書かせてほしい。
だが、
「教師がそんな発言をしていいんですか。男は
「そんなことを考えていたのか。オトすべきだったかな……」
「た、例えばの話として考えていただけてますかね?」
まるで成宮にそういう行為を今後迫りますと言っているみたいだな。てか言ってるね。もう少し考えて発言すべきでした。反省。
下手すれば二秒後には通報されてもおかしくない。もしくはKO。嘘だよな?流石にな?信じてるぞ
「山に埋めるか、プレス機でぺっしゃんこにすればいいんじゃないでしょうか」
「そうだな。そういう知り合いに心当たりがない訳じゃないから、もし貞操の危険を感じた場合は隠さず言ってくれ。しっかり始末する」
こえぇわ。普通こういう時の女性って社会的に殺そうとしません?シンプルに生命を終わらせようとするな。
しかもその二択は絶対ヤのつく人の手段だよ。多分。外国人を
俺にその気がないことを証明するにはどうすればいいだろうか。いや入部しなけりゃいいじゃん。忘れかけてたわ。
「
完璧。一瞬この世から消されかけたが、これでまた一つの命を救うことができた。いやぁ人助けっていいものだな。
「「無理」」
「何でだよ」
「
「経験?あっ、つまりどうて」
「待て。決めつけるな静まれ。先生は先生で勝手に未使用扱いしないでください」
どこかのバンドみたいな称号はいらん。一体なにが未経験だというのだろうか。脳内では滅茶苦茶経験してますけど。そこら辺の一般男性なんて目じゃねえわ。
逆に相手にされないまである。逆じゃないよなぁそれ。
「いいよ、いい、いい。分かってるから。よく一人で今まで頑張ってきたな。褒めてやる。よしよし。えらいえらい」
そう言いながら頭を
「頭撫でられてニチャァとして……やっぱりプレス機……」
「お前は今何もされてないだろ。あとそんなに気持ち悪い笑い方してた?」
「鏡見たら?」
「鏡どこだよ。あともう手遅れだよ」
自分の肩を抱いて
普通ニヤニヤだろ。なんで気持ち悪さが五倍ぐらい膨れ上がってる。そんなに気持ち悪かったの?
誰だよ美少女のジト目はご褒美とか言ってる変態は……。何故か生まれた罪悪感で
「本当に俺は入部する気は無いです。すみませんが他を当たってください。失礼します」
とんだ茶番だ。
カバンを拾って教室の扉を開けて帰ろうとしたその瞬間、今までとは比べものにならない程の圧を頭に感じる。それは先生の手だった。
嫌な予感を全身で感じる。さっきまでとは比べ物にならないプレッシャー。とうとう先生が本気を出してきた。本気じゃなくても勝てる気しないのに。
「こっち向いて」
「首もげる」
頭ごと俺の体を回転させようとする先生。力技すぎるわ。首の筋が何本か引きちぎれた音がしたような気がする。これが証拠を残さない体罰なのね。やだ悪質。
抵抗したら本当に首が
「ところで話は変わるけど……冬休みの宿題はまだ終わっていないのか?」
「それを言うなら春休みでは……え?マジで?出してませんでしたっけ?」
そう言えば再提出っていわれてからやる気が
だがどうやら時効は不成立のようだ。証拠は俺の頭を
まずい、回答をミスれば頭をもぎ取られるかもしれない。だが目の前のメロンメロンしている物体πから目が離せない。
おっとそんなことを考えている内に頭が
シンプルに命の危険。
「君は私にこの一年で
「片手で数える程かと……」
「両手両足の
それは盛ってる……と言いたかったが、握力に至っては確実に女教師からアマゾネスと進化してしまっている。
柏木先生のこめかみに
「誰が
「そこまで言ってねぇ」
ミシミシと何かが壊れていく音が頭の中もとい頭の上から聞こえてくる。
「早めに出してって先生、言わなかったかな?」
「記憶にございませイタタタタ」
「聞こえないからちゃんと言って♡」
「なんで変な抵抗を毎回試みるのかしら……」
先生の
だがこのままでは平穏な日々を手にすると同時に風通しの良い頭部も手に入れてしまいそうだ。髪は男の命でもあることを忘れるな。
「あ、明日までに提出しますから許してください」
「いらん。一年生の現代文の宿題なんか今更評価しようもないよ」
「じゃあどうすればいいんですか」
先生は俺の頭から手を離すと、上着の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
そこには見覚えのある名前が書かれていた
「今までのペナルティとして探偵部に入部すること。異論、脱走、退部は基本的に認めないからそのつもりで」
「俺が探偵部に入部する必要あります?」
「知らないの?部活は二人からじゃないと活動を認められないの」
「逆に二人から部活ってできるんだ……」
それは同好会と言うべきなのでは。好きでやる訳では無いけども。
探偵部は成宮一人しかいないから、最低限活動する為に俺みたいな
いや俺以外にも入部してくれる人はいるでしょうに。なぜ俺。
そうしてまで探偵部を継続させる理由は俺には分からないが。わざわざ人のいない部活を
だが先生の目はブレることなく俺の目を見てそう言い放った。発言を取り下げる気は無いらしい。これはもう逃げられないな。
観念するしか道は残されていないようだ。さらば俺の平穏な日常。
「…………はい。入部させていただきます」
「なら決まりね。ようこそ探偵部へ。これでやっと公式に活動ができるわ」
楽しそうにこれからの未来に思いを
何でこんなことになっちゃったんだろう……と教室に誰もいないなら頭を抱える状況だが、目の前には予想通りと言わんばかりにドヤ顔で胸の前で腕を組む成宮。
「もう一回聞くけど」
「なに?」
成宮が何を聞こうとしているのかは分かっている。それは一度通ってきた道だ。でも俺はイエスなんて言ってやらない。俺にその職業は多分向いてない。
「君、探偵にならない?」
即答でならないと言ってやるつもりだったのに。一瞬、
俺は入部するだけだ。すぐに幽霊部員になってフェードアウトするつもりだったのに。何故だか俺はこの部活から逃げられない予感がした。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。
「ならねぇよ」
なりたくねぇよそんなもん。絶対疲れる。他人の事情に首を突っ込んで秘密を
「じゃあ助手と雑用どっちがいいの?」
「なんだその二択」
少しいじけた様子で口を
「仕事の内容に違いは?」
「ないけど」
「……なら雑用で」
結局雑用は俺がすることになるのね。ならば雑用係として活動してやろうじゃないか。
……本当に俺の存在が必要なのか疑問でしかないが、どうやら探偵様は雑用を手に入れてご
「明日からどうしよっかなぁ」
「私、
「それはもういいだろ」
「えぇーー?ノリが悪いのね」
「陰キャにノリの良さを求めるな」
どうやら俺の青春はここから始まってしまうらしい。俺が開けたパンドラの箱に入っていたのは希望か絶望か。それともどちらとも言えない何かなのか。
その答えはきっと最後まで分からない。
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