第11話 偽りの名前

「あ、もしもし。黒咲くろさきだけど。中代で合ってるか?」

「く、黒咲君!?合ってます……けど、急にどうしたんですか?」

「ちょっと聞きたいことがあって……中代のいるクラスってなん組だっけ?」

「二年二組ですけど……それが何か?」



 やはりだ。中代はさかきと同じ二年二組。本人の口から聞けたので確実な情報だ。

 やはり電話というものは苦手だ。自分の知っている声によく似ているが、所詮しょせんは限りなく本人の声に近い合成音声だ。

 俺と会話しているのは中代本人でおそらく間違いはないだろうが、やはり違和感というものはついて回ってくる。

 今、会話している相手は果たして本当に俺の知っている人物なのだろうかと。考えても仕方のないことなのだが。



「いや、すまん。それがちょっと気になって」

「いえ……用件はそれだけですか?」



 ここで会話を終わらせてもいいだろう。むしろ会話を終わらせるべきだ。

 俺はこれから中代の秘密をあばこうとしている。それが中代にとってどれ程大きな秘密かもはかれないのに。

 俺は先程さきほどメッセージを送った人物から返信が来ていないか確認することにした。ここで返信が来ていなければまた今度と自分に言い訳して有耶無耶うやむやにできる。

 自分の力でどうしようもなく手詰てづまりな状況ならば諦めるのは仕方のないことだ。言い訳も立つ。


 だが、画面には一件の新着メッセージが届いていた。メッセージを送った人物の名前は一条いちじょう橙真とうま

 仕事のできる奴だ。そして、一条から送られた内容は俺の予想通りだった。これで俺が抱いた疑念は確信へと変わった。

 手札はそろった。後はその手札を切るか切らないか。この後の選択で俺は後悔をするかもしれない。夜中に布団の中で声にならない悲鳴をあげることになるかもしれない。

 だがそれでも、俺は。彼女の正体を見破りたい。

 何故だか、初めて中代を見たときに感じた既視感。頭の片隅にあったもやもやが今日、ここで晴れる気がする。



「……中代。聞きたいことはまだあるんだ」

「……何でしょうか」



 ふと成宮なるみやの方へ顔を向けると、彼女も俺の口調が変わったことを察しているのか、さっきまでニヤニヤとしていた表情は何処どこかへ消え、真顔でこちらを見つめていた。



「本当に中代は本当に二組に在籍ざいせきしているのか?」



 電話の向こう側で、明らかに雰囲気が変わった音がした。彼女の息をむ音。世界は静寂せいじゃくに包まれ、今は運動部の喧騒けんそうすらも邪魔はできやしない。



「何が言いたいのでしょうか」

「お前は本当は二組……いや、この学校にすらいないんじゃないのか」

「どうしてそう思うのでしょうか」

中代なかしろさきという女子生徒が本当にこの学校に存在するのか、ついさっきサッカー部員に調査をしたんだ。先輩後輩含めてな。誰も知らなかったよ」



 一条の所属するサッカー部は大所帯だ。全学年の全クラスから最低でも一人は所属しているらしい。

 三学年で六クラス。最低でも十八人以上はいる。よくもそんなむさ苦しい環境で活動できるものだ。感心する。

 まぁ実際に調査をしたのは一条なのだが。今度ジュースでもおごってやろう。



「私は目立つタイプじゃないので、覚えられてないだけだと思います」

さかき白奈しろなの友達という情報も、中代の外見もちゃんと伝えてある。だけどそんな奴と一緒にいるところは見たことはないそうだ。だけど、お前と同じ特徴の生徒がいることをクラスメイトは知っていた。でも口にした名前は中代咲なんて名前じゃなかったよ」



 逃げ道はふさいだ。後は中代から真実を教えてもらうだけだ。



中代なかしろさきなんて生徒はこの学校に存在しない」



 中代なかしろさきと名乗る、正体のわからない誰かから。



「話は聞かせてもらったわ中代さん。貴女あなたは一体……誰なの?」



 途中からスピーカーをオンにしていたので、成宮なるみやにもほとんど、俺たちの会話は聞こえている。

 だが、返ってきた言葉は俺の予想を上回るものだった。



「じゃあ私の本当の名前を当ててください。正解したら証拠として目の前に姿を現します」

「は……?何でそんなことを?」

「探偵部と名乗るからにはさぞ頭が回る人たちだと思いますから。これは探偵部に対する挑戦みたいなものです」



 俺は巻き込まれた側だっての。自分が探偵に向いてるから入部したわけじゃない。ただの雑用だ。それ以上でも以下でもない、以下だったら困るな。多分人権が消滅する。



「もし当てられなければ、探偵部に個人情報を暴かれそうになったと先生方にご相談させていただきます」

「なんだそりゃ。冤罪えんざいじゃねえか」

「えぇ。でも一般的に噂は二ヶ月半ほど続くらしいですよ」



 中代はこうなることが分かっていたのか、いつの間にか彼女の土俵に引き摺り《ず》込まれていた。

 罠にかけていたつもりだったが、められていたのはどうやら俺だったらしい。



「お手並み拝見ね」

嬉々ききとして言うな。こういうのは探偵の役目だろ」

「対戦相手に指名されたのは君だから。横槍よこやりを入れるのは野暮やぼってものじゃない?」

「どこでわきまえてんだ探偵もどき」

「上司に喧嘩を売るとはいい度胸ね。柏木かしわぎ先生に頼んでもっとペナルティを増やすべきかしら」



 八方塞がりとしかいえない状況になってしまった。自分で自分の首を絞めてるかもしれない。だが言いなりになるのはもっと嫌。

 彼女の正体という謎を、探偵でもない俺が暴く。本当に大丈夫でしょうか。隣の探偵様の出番はいつ来るんだろう。本気で心配です。

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