第2話 予期せぬ再会

 季節は春。入学式から一週間ほど経過し、新入生も高校生活に慣れだした頃。高校生活のど真ん中で停滞ていたいしていた俺は生徒の話し声が反響して騒々そうぞうしい食堂で、見た目が陽キャで中身も陽キャな男子生徒と共に食事を取っていた。


 一体いつからーーーーー俺がボッチであると錯覚していた?

 とはいえ、俺から「一緒にお昼食べよう?」「うんいいよー」「やったーわーいありがとー!(これで昼ボッチ回避)」というむなしいやり取りの成れの果てではない。

 そもそも陽キャに話しかけるとかハードル高すぎる。神のみぞ知る程には高い。


 俺が昼食を取っているテーブルに、こいつが勝手に相席いいよね?と言わんばかりに俺が許可を出すすきも与えずに着席した結果だ。

 他人よりパーソナルスペースが広いと自負する俺に取っては対象外からぶっ込まれる距離感は苦手だが、こいつはそんな事はお構いなしに襲来しゅうらいしてくるので諦めている。

 陽キャってまじで距離近い。ソーシャルディスタンスってご存知?百合子ゆりこが黙ってねえぞ。



かえでって俺以外に友達いるの?」



 何だその質問。愚問ぐもんすぎてちゃんちゃら可笑しいわ。まず友達という概念がいねんをウィキなり広辞苑こうじえんなりで調べてから出直してこい。

 そもそも昼食を取っている時にする会話にしては場違いというものだ。せっかくの塩ラーメンが不味まずくなる。

 しかし、名前のあっさり感とカロリーは比例しないので要注意。豚骨とんこつの次にカロリー高いってまじか。

 いていうなら、こいつ以外に友人と呼べる人物は存在する。といえば嘘になるということだけは言える。



「友達は量じゃない。質だ」

「いないのか……」



 勝手に決めつけんな。俺の持論からどういう経緯でその結論に至ったのか説明していただきたいものだが、説明されたらされたで俺の精神力がごっそり削られる気がするので今回は聞き流すとしよう。

 無駄な争いは起こすべきではない。誰も幸せにはならないのは自明の


 そろそろ説明すべきだろう。目の前の男の名は一条いちじょう橙真とうま。俺の小学校からのくさえんにして陽キャ。端的たんてきに言ってこの世からぜるべき人種である。


 顔は良く、身長も百七十は余裕で越えている。高校に入り、風の吹くまま気の向くままにチャラつき始め、髪は茶髪。

 だが、無駄に襟足えりあしを伸ばしていない部分は評価できる。こんな見た目だが、勉強も運動もそつなくこなすハイブリッドリア充と化している。

 何だお前は。そこら辺のモブ陽キャを馬鹿ばかにしてんのかと言わんばかりのスペック差。俺が勝てるのは……視力?それぐらいである。コンタクトレンズなどに頼る必要はないのだ。それで?と言われればおしまいだが。



「神様は人の上に人を積み上げるよなぁ。ピラミッドのごとく」

「何?病んでんの?元気出せって。カラオケでも行くか?」

「誰がお前と行くか。一対一ならともかく、お前らは多人数がスタンダードだろ」

「普通、一対一は女の子と行くぐらいしか無くない?」

「普通って何ですか……?」



 それは俺の知らない世界のお話ですねぇ。そもそも一人カラオケ以外で行くことがないからな。今じゃスマホのアプリでカラオケができる時代だぞ。わざわざ金払って、三時間で数曲ぐらいしか歌えないなんてコスパ悪すぎ。


 男は黙って独りで自分という壁を乗り越える為に立ち向かうのだ。黙ってちゃ壁どころか独りという状況に対する羞恥心しゅうちしんにも打ち勝てないので歌うけど。

 好きでもない流行はやりの曲や、メジャーな曲で歌うことを、暗黙の了解で強要させられる大人数カラオケなんて何が楽しいのかわからん。

 一人で俺得アニソンメドレーを熱唱する方が断然楽しいよなぁ……店員さんが入ってきて気まずい空気に引きり込むも申し訳ないから注文は一切しません。



「じゃあ部活は?この高校、部活の種類多いから入ればいいのに」

「なんで急にそんな話になるんだ」

「いやだってかえでの高校生活って社畜と同じじゃん。朝から出社して定時になったら直帰ちょっきするってさ……人生に縛りプレイしてんの?」

「日本の社会で生き抜く為に耐性を付けてるだけだ。……どうせ社会人になったら残業と休日出勤がもれなくついてくるからな……」

世知辛せちがらすぎる……」



 日本は本当に労働時間が長すぎる。休日出勤も夜勤も普通に存在する。ぴえぇぇんお先がブラックホールだよぉ。吸い込まれて分子レベルで精神が砕け散る未来が見える。やっぱユーチューバー最強だな。今からでも遅くない。始めてみようか。取りえず最初は自分を底辺だと思うのが大事。

 でも人前で話すのは苦手だし、一度動画をアップすれば半永久にネットの海にただよう。それが黒歴史となって生涯自分を羞恥心の波にさらわれて溺死できししてしまうかもしれない。やめた。やっぱニート最強!


 一条は自分がサッカー部に所属しているのもあってか、やたら部活を薦めてくる。

 部活に入って青春を謳歌おうかできるのは陽キャのみと相場は決まっている。俺が試しに入部して検証するまでもない。

 一条いちじょうも本気で言っているわけではなさそうだ。

 会話の中身を俺が徐々に無くしているから会話のテンポが途切れる。一条も束の間の沈黙の後に同じ話題を繰り返すことはない。



「なぁ一条。聞きたいことがある」

「改まって何。気になる子でもできた?」



 ニヤニヤとして、下卑げびた笑顔を見せる一条。質問を質問で返すことも、質問の内容も、はたまたそのムカつく顔も全てにイラッとしちゃったゾ☆

 でも俺はあと一年で成人だし、実際、気になる子がいたのは事実なので、表情は顔に出さないで質問を続けることにする。

 



「探偵部って知ってるか?」

「そんなに知らない。ていうか結構なうわさになってるぞ、その部活」

「知ってんじゃん」

「名前と部員だけはな。」


 どうやら探偵部はあまりメジャーな部活ではないようだ。まあ何となくそうだろうとは思っていたけど。

 一条いちじょうは俺の質問にあまり興味がないのか、疑問を投げ返してきたものの豚骨ラーメンをうまそうにすすることで頭がいっぱいのようだ。数多あまたの漢を狂わせてしまうラーメンさん。

 擬人化したらどんな美少女になるのかしら。はたまた「漢の子」という新たな世界が開けてしまうのか。これはプロデュースし甲斐がいがありそうですね!プロデューサーさん!



「お前でも知らないことがあるんだな……陽キャの分際で」

「偏見がすごい」



 最高のプロデューサーランクを目指すのはさておき、ラーメンをさっさと食すとしよう。麺は硬めに限る。名残惜しいが、別れを惜しみながらいただく。

 だが、「探偵部たんていぶ」という得体のしれない部活に属しているかもしれない「彼女」のこともやはり気になる。が、一条に聞いておちょくられるのも癪だ。



「その探偵部?に入部するつもり?」

「いやしないけど?」

「一回入部すれば?周りの景色が変わって見えるかもよ」

「探偵だもんな……。より鮮明に泥沼化どろぬまかした人間関係を観察できるかもな。ただれたカップルを反面教師にすれば恋愛面じゃ最強になれるかもしれん」

「恋愛しないという結論に至る未来しか見えないんだよな……」



 あきれているのか、一条いちじょうは開いた口が塞がらない様子。上を向いて歩こうとはよく聞くが、上を見ても敗北感と焦燥感に追われるだけだ。

 だが、下を見てみれば、少なくとも自尊心は保たれる。

 何もできない自分を追い詰めるよりも、誰かよりはできる自分を肯定する方が楽に呼吸はできる。救えるのも殺すのも結局は自分自身だ。なら自分ぐらいは自分の味方でいたい。


 一条は俺との会話をいつもの事と判断し、話半ばで聞いていた。俺の話に相槌あいづちを打ちながら豚骨ラーメンに舌鼓したつづみを打っている。



かえでがどう青春を謳歌するのかは知らないけど。このままじゃ何にもできないまま終わるぞ?」

「俺は割と今の平穏な日々に不満はないぞ」



 正直な嘘偽うそいつわりのない気持ちだった。一条は呆れた顔ではぁとため息をつく。俺の幸せが逃げていく気がするからやめて欲しい。



「話は変わるけど、放課後に地歴準備室に行くことってあるか?」

「世界史の先生に用事がある時ぐらいじゃない?」



 生徒が頻繁ひんぱんに出入りするような場所ではない。どちらかといえばその隣の社会科教室で授業を受けるため、生徒が出てくるとしたら社会科教室の筈だ。

 先生に用事がある以外の理由で地歴準備室に出入りする理由があるとするならば、やはり地歴準備室のドアの前の張り紙だろう。

 つまり「探偵部」。彼女は何かしら「探偵部」に関わっているということだろう。


 予想はあくまで予想だ。事実ではない。社会科の先生に提出物を届けただけかもしれない。決定的証拠が無い以上、断言することはできない。



「宿題でも忘れた?」

「まぁそんなところ。さっき職員室覗のぞいても世界史の先生いなかったから」



 いつの間にか一条は完食してスマホを弄っていた。一瞬見えてしまった画面には複数人の学生がカラオケで歌っている映像だった。はいはい楽しそうですねー。アオハルアオハル。


 誰も傷つかない嘘はついても罪悪感に見舞われることもない。あと、面倒臭いことから逃げるための嘘も罪悪感を感じることは少ない。だって面倒だもんね!




 ***




 昼食を食べ終え、喧騒けんそうに包まれた食堂から教室に戻ると、急激な睡魔すいまに襲われた。

 五時限目の授業は英語。話し方と授業のテンポがスローリーな先生なので時間が過ぎるのが倍に感じる先生だ。、朝だろうが昼だろうが眠くなる授業ということである。生徒の敵。

 俺の教室の席は前から二番目。もし睡魔に敗北してぐっすりとおやすみしてしまった場合、起こされてクラスの注目を集めるのは目に見えている。また隣の女子生徒に起こしてもらう訳にもいくまい。

 昼休みが終わるまでの十数分。今日中に提出しなければならない宿題も無い。片時の昼寝と洒落しゃれ込むか。昼下がりとなれば子守唄こもりうただからなあんな授業。


 開いたままのドアから一人の美少女が教室の外から誰かを探しているのかキョロキョロと視線を忙しく動かしていた。

 俺には関係ないだろう。大体女子から話しかけられる時は「宿題見せて」もしくは「アメちょーだい」のどちらかだ。

 乞食こじき共め。ちょっと容姿が恵まれてるからって何でも手に入るなんて大間違いだぞ。宿題はみせるしアメもあげるけど。

 断れない自分が憎い。もっと……俺に嫌われる勇気があれば……。


 優雅ゆうがに昼寝を満喫しようかと自分の腕を枕代わりにして目を瞑って数分後、睡眠と覚醒の間でうとうとしていると、不意に俺の周りで食堂ほどではなかった喧騒が静まっていく。あっ……寝れる……。ノンレム睡眠最高。もう起きられないや。



「なぁあれって……」

「誰かに用事かな?それにしても……」

「いつ見ても可愛いよなぁ……」



 発言が教室内をせわしなく飛び交うが、発言内に出てくる熟語の意味ができなくなるくらいには夢と現実の間で微睡まどろんでいた。



 ***




 夢を見ていた。遠い遠いもう鮮明には思い出せない過去の夢。

 小学生の低学年ぐらいだろうか。もっと小さかったかもしれない。二人の子どもが一緒に遊んでいる夢。目を活き活きとさせて、毎日を冒険していた日々。そこにはいつもあの子が側にいて、あどけない笑顔を向けていて。

 けれど、いつの間にか隣には居なくなってしまっていた。確かその子の名前は___



「ねぇ君」



 りんとした声音こわね。その声は確かな目的と意思をもって誰かに話しかけている。どこか懐かしさを感じて脳が現実を受け入れ始める。少なくとも俺に話しかけているわけではないだろう。てかこの声はどこかで聞いたことがあるような。


 話し声が囁きに変化していく。教室の背後では男子高校生が話に花を咲かせて盛り上がっていて、話し声は何となく聞こえてくるが、教室の前側では静寂が訪れていた。

 トントンと肩を叩かれる。え、もう授業始まってます?またオレ何かやっちゃいました?


 寝惚ねぼけ眼を擦りながら頭を無理矢理上げて横を見ても誰もいない。周囲も授業が始まったにしては騒がしい。ということはまだ授業は始まってないらしい。

 なら誰が俺を起こしたのだろうか。その答えは火を見るよりもファイヤーで、俺の真正面にその答えは用意されていた。つまるところ、俺を起こしたのは目の前の美少女。先日、地歴準備室で偶然にも遭遇そうぐうした成宮なるみや朱音あかね。その人だった。



「起きてる?死んでる?」

「生死は彷徨さまよってないから……え?俺になんか用?」

「どちらかと言えば私に用があるんじゃない?君が」

「はい?何で?」



 全くもって彼女の言動に対して身に覚えがない。あの時何か言ったっけ?むしろ何も言ってない気がする……。自虐じぎゃくじみた発言にカウンターを食らって瀕死になったはず。常人なら別れて数分で忘れるやり取りをしたぐらいしか覚えがないのだが。



「君、入部希望者でしょ。今日の放課後、入部テストするから」

「そんなこと昨日言ったっけ?全く記憶にないんだけど」

「……昨日会ったかな?てか君がこの入部届出したんでしょ?」



 グサリ。ですよね覚えられてないですよね知ってましたええ知っていましたとも。べ、別に期待してた訳じゃないんだからね!流石に顔ぐらい覚えてるかなとか淡い希望を持ったわけじゃないですから。ダメだ。全身から水分が溢れ出そうだ。

 成宮は至極真面目な顔で首を傾げ、俺の目の前にその入部届を見せてくれた。全く何を言ってるのか分からないという表情をしている。どんな表情をしていてもその優れた容姿が端麗たんれいであることに変わりはない。なんかスペックの差を見せつけられているような気がする……。


 ただ成宮が俺に見せた入部届には確かに黒咲くろさきかえでという名前が書かれている。ただ俺の字によく似ているが、俺が書いた字ではないような気がする。どこかで見たことある筆跡だな……。



「い、いや俺の勘違いかも……」

「そう。とりあえず放課後。地歴準備室に来てくれる?」

「えぇ?あぁ……。分かった」

「それじゃまた放課後に」



 言いたいことを言い終え、成宮は踵を返して颯爽さっそうと教室から出て行った。とんだアクシデントだ。バックれようっかな……。

 だが、入部希望者という俺が一生なることはないであろう肩書きを手に入れてしまった。強制的に持たされたと言った方が正確だけど。



 部活なんて自主的に参加することに意義があって、強制的に参加させられるものではない。一体誰が仕向けたんだ?心当たりが少なすぎて逆に簡単ではある。九割九分九厘あいつに決まってる。あの可燃物覚えてろよ……。

 やはりリア充は一度爆発した方がいい。俺にとって敵であり、相容れない存在であり、理解できないやからだ。異論は認めない。断じて絶対に。

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