アオハル・探偵部

霜谷七音

第1話 灰色の景色

 青春。なんとさわやかでみずみずしい響きだろうか。

 多くの人々は青春に期待し、希望を抱いて、はかなく散っていくのだろう。

 誰もが自分の思い描く未来を実際に目の前の景色に反映できるかと言われればそうではない。


 子供の頃に描いた夢も、今では「そんなふうになりたいとか思ってたなぁ」と完全に過去の思い出と化している。

 だから、高校生となって一年が経過した今となっては、入学式の後のホームルームで提出した「高校生活の抱負ほうふ」の内容も二割も覚えてないだろう。


 プロ野球なら一軍昇格の話もかからないレベルだが、あの方々は幼少期から夢を叶えるために努力し、その結果夢を叶えてるのでまじ尊敬する。まじリスペクト。

 リスペクトしすぎて上がらない頭を無理矢理上げてみれば目の前には灰色の景色。

 恥の多い生涯しょうがいを送ってきた自信の程は、黒歴史を量産してきた厨二病ちゅうにびょうよりは上だと豪語できる。豪語すればするほど自分の生傷をえぐることになるのだが。


 そんな生き恥をさらしてきた俺だが、最近は落ち着きを覚えて静かに過ごし始めていた。静かすぎて普通に授業に出席していても欠席扱いされるレベル。


 そんな無味無臭、無味乾燥で味のしないガムのような学校生活を送っていた俺の視界に突如、可憐かれんで暴力的なまでに鮮やかな色が舞い込んできた。


 その色は俺にはまぶしすぎたのだが。



「君、探偵たんていにならない?」



 鮮やかな色でいろどられたその少女との邂逅かいこうによって、俺の青春に色がつけられようとしていた。




 ***




 高校二年生ともなれば慣れたもので、校舎のどの位置に何の教室があるか、どの先生の授業なら寝れるのか、何となく分かるようになる。

 だが百パーセントではないので、余裕ブッこいて昼寝をカマしていたら、先生が俺の隣の席で授業を受けている女子に「起こしてあげて」と優しく頼む場面も見受けられる。


 肩を叩かれて起こされた時に隣で起こしてくれた女子と合う視線がもう気まずい。変な汗かいてなかったかなとか、寝顔ブスだったらどうしようとか考えるが、そもそも俺の寝起き顔に誰も需要じゅようがないことを悟って落ち着きを取り戻す。

 夏だったら、絶対に肩を叩くんじゃなくて机を蹴られる。そんなに俺の肩に触れたくないのね……。

 より一層悲しさが増すから夏場は要注意。


 起こしてくれた女子の「何で私がこんな奴を起こさないといけないの?」みたいな面倒臭いが前面に押し出た表情を見てしまった時の後ろめたさは異常。舌を切って死にたくなる。

 授業に戻る時に女子がスカートで手をこすっていたら二重にダメージ。真っ昼間からメンタルをフルボッコだドン。


 話が脱線してしまったが、つまり何が言いたいのかといえば、一年やそこらで他人の全てを知るなんてことは不可能ということだ。

 それは広大な土地の上に建つ、通い続けて見慣れた校舎も同様で。

 ましてや、どの教室がどの部活の部室なのかなんて把握はあくできるわけもなく。



探偵たんてい?」



 放課後、暖かな春の日差しに照らされた校舎の三棟さんとう

 クラスの班で階段掃除を終え、トイレに寄って颯爽さっそうと帰宅しようと地歴準備室を通り過ぎようとした際に、見慣れない部活動のり紙を見て立ち止まってしまった。


 何ともけったいな名前の部活動だ。少なくとも一般的な部活動ではないだろうと思われる。

 聞き慣れない名前のせいか、少しばかり興味をそそられる。

 ゲームの隠しキャラをゲットできたような、一部の人間しか知らない情報を手に入れた時のような優越ゆうえつ感をいだいてしまいそうだ。

 最近は課金しないとゲットできないキャラもいるからな。あれは隠しキャラでは無い。断じて認めん。でも強いんだなあいつら。


 部活というのは基本は自主的に活動する団体のことだ。一部の高校では生徒全員に半強制的に参加を強いる学校もあるらしいが、俺が通う蒼陽そうよう高校はあくまで生徒の自主性を重んじている為、部活のするしないは自由だ。

 なるべくどこかの部活に所属するのが喜ばしいらしいが。


 つまりやらなくていいのだ。

 じゃあやらないわー放課後カラオケでも行く?と考えるパリピや本日発売の新刊を買う為にグフフと気味の悪い笑みをこぼしながら書店へ向かうオタッキーなどが属する帰宅部の生徒が多い中、わざわざ面倒臭いことを率先そっせんして行うその意思に、かのご意見番のごとくあっぱれをつけてあげたい。かく言う俺もその帰宅部な訳だが。


 だが、数多く存在する部活動の中でこれ程、初見で実態をつかめない部活は見たことがない。どっかのラノベに出てきそうな部活だ。

 しかし、興味は湧いても時間が経てば次第に薄れゆく。非日常への入り口のような気がしてならない。人間は急激な変化を恐れる。まだだ……まだその時ではない。

 俺はうしがみを引かれる思いで地歴準備室を後にしようと思ったのだが、突然目の前の地歴準備室のとびらがスライドする。


 突然の出来事に指先一つ動かせぬまま呆然ぼうぜんと立ち尽くしてしまう。

 そして、扉を開けた生徒と目が合い、時間が停止する感覚におちいる。


 そこにいたのは一人の少女。レディシュの様な綺麗な色の髪が、窓から吹いた風で一瞬ふわっと浮かんで広がる。

 だが、俺は彼女に目を奪われたのは綺麗きれいなセミロングの髪では無い。

 目。若干青がかっており、瞳孔どうこうの黒色と絶妙ぜつみょうに相まっている。

 顔も非常に整っていて、やや幼なげな顔立ちだが、鋭く切れ長な目に見惚れてしまった。


 彼女の名前は成宮なるみや朱音あかね。同じ学年の生徒なら誰でも知っているであろう有名人である。



「何か私に用?」



 永遠にも感じる一瞬。それも長くは続かず、じっと何処どこの馬の骨とも分からない一般スチューデントに見つめられた彼女は自分に用があるのかと思ったのだろう。


 こちらとしては何も用が無いのにも関わらず、引きめたみたいになってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだが、これ以上無言でいるにも限界がある。視姦しかんされたのなんだのと縄をかけられるという展開も有り得る。全力でその未来は回避しなければならない。



 →「通りがかっただけだから」

「実は君に用があって」



 下の選択肢を選ぶことができるのは主人公ぐらいだろ。一介いっかいのモブにはちと厳しい。

 俺は予期せぬアクシデントはできるだけ最小限でダメージを抑えたいタイプの人間だ。ゼロか百のような行動は取ることができない。



「いや、通りがかっただけだから」



 何とも普遍ふへんてきで面白みもクソもない返答だが、言い訳にしてはまずまずといったところだろう。彼女も納得してこの場を去っていく……。



「本当に?」



 無理でした。不審者を見る目つきで顔をしかめる少女。どうやら選択肢を間違えてしまったようだ。

 今まで「無害」やら「カゲナシ」とかなんとかかんとか陰で言われていた程度だったのに、次の日には学校中に「変態」「視姦犯」「有害」とうわさされて不登校になる未来まで見えた。

 最後のはむしろ男としてはいい方向に向かっているのだろうか?男らしさが変態性のみ顕著けんちょに出ている時点で良くは無い。


 今こそ恋愛ゲームやノベルゲーで鍛えたフラグ回収マシーンの底力を見せる時。……大体初見プレイはどこかでゲームオーバーになるんだよなぁ。

 だがここは現実。バーチャルのカケラもなくリアリティしかない。一か八かで切り抜けるしか道は無いのだと覚悟を決め、意を決して口を開く。



「俺みたいなのがこんな場所に用なんかあるわけないだろ。掃除が終わって帰るところだよ」

「ふぅん…。まぁそれもそうか。見るからに普通だし。ゴメンね。勘違いしちゃって」



 疑いの目線で終始見られていたが、自分で言って悲しくなる言い訳はどうやら彼女には納得できる内容だったらしい。

 美少女のカウンターは俺にとって効果はバツグンのようで、反動でメンタルが瀕死ひんしの状態に。目の前が真っ暗になる。早く回復しなければ。

 見た目が普通ってだけで許される世界が果たして優しいのだろうか。


 彼女は納得した様子で職員室のある方向へ歩いて行った。俺のことも忘れてしまったかのように迷いなく進む。あと五分もすれば彼女の記憶から完全に消去されるだろう。流石「カゲナシ」と言われるだけのことはある。


「カゲナシ」とは影が薄いではなく、影が無いという意味を持って、クラスの陽キャラですみたいな自称リア充が俺に付けたニックネームだ。そいつ自身もう忘れているみたいだが。


 影が無いほどに存在感も個性も無いおかげで平穏に高校生活を送れていると考えれば、まぁいいかという気にもなる。

 スクールカーストの上位の方々のご機嫌を伺って毎日神経をすり減らして呼吸する日常を送らないで済む。

 一般多数の生徒にとってみればそれが日常かもしれないが、俺にとってはそれは非日常だ。



「あ、いた。おーい黒澤くろさわくんカバン忘れてるよ!」



 その声で俺はそういやトイレに寄るつもりだったなと思い出す。

 クラスの班で一緒の女子生徒が俺のカバンを持って小走りで駆け寄ってくる。

 別に忘れていたのではなく、トイレに寄ろうとしたから置いておいただけだったのだが。

 心優しい女子生徒はトイレの方向に向かう俺に慈愛じあいの精神で届けてくれたのだろう。その優しさが俺には申し訳なさのあまり、心が痛い。



「ごめん。ありがと」

「いえいえ。じゃあバイバイ黒澤くん!」



 申し訳ないという気持ちを含んだ謝罪を聞いて、元気に走り去って行った優しいクラスメイト。

 その優しさをなるべくなら自分以外の他人に向けていただきたいと思いつつ。

 まぁ名前違うんだけどね。多分優しい人なんだろうけど。


 一年の時から同じクラスの人間にすら名前を覚えられてもらってないという現実に打ちのめされる。

 ちなみの俺の名前は黒咲くろさき楓。《かえで》名前は割と個性溢れる名前だと自負じふしていたのだが、どうやら名前負けしていたらしい。というか勝負にすらなってなかった。

 ま、まぁもう一年も間違えられてたら流石に慣れるし?こんなのは日常茶飯事ですよハッハッハ。もう一年経つんだよなぁ……。

 だが、灰色の景色に一瞬、色が差した気がした。

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