第2章:男の使い道

21.Heaven

「男の人は、女の人の肋骨からできたんだって」


 月明りの夜中、酷く寂れた田舎の廃教会に、一人のきれいな少女がいた。彼女はそこらにいるロウ・ティーンとは全くかけ離れた特徴を持って、窓から漏れる月明りに照らされながら、その十字架の前に立っている。


「シスターがそう言ってたんだけどね、それはわかるの。そもそも誰でも女の人から生まれるもん。『私みたい』な子だってさ」


 ひとつは、彼女には『耳』があった。それは人の耳の形ではなく、その淡いベージュの髪の毛から突き出している。髪と同じ色の毛で覆われているそれは、まるで獣のような、けれどそう言うには少々冒涜してるようにも感じる、どこか歪でとがった大きな耳だ。


「でも、それは間違ってると思うの、きっと違う。男の人は、『へその緒』だったのよ。人と人を繋げる、私たちの手を優しく取ってくれる『よすが』だった。だからみんな、彼らをとっても求めるの」


 獣耳の少女はそう言いながら振り向いて、十字架の反対方向に歩く。足元からは、びちゃびちゃと水音がした。



「貴女たちだって、そうでしょ?」



 もうひとつは、この世界でももはや歴史博物館でしか見られないような、大きな直剣を持ちながら、血と臓物を踏みつけているということだ。


「あ……グッ……!」


 少女の足元、そこには瀕死になった、スーツ姿の女性が仰向けに転がっている。他にも数人いたのだろう。彼女の周りに、様々な人体のパーツが『飾られて』いた。

 彼女たちは、ママ・ロザリアの部下の人間……転じて、イトたちの追っ手だった。

 彼女たちがなぜこのような夜中に、このように教会になぞ居るのか? それに大した理由はない。

 追ってる途中、彼女たちは教会の近くを通った。『それだけ』だ。


「ねえ、貴女もそう思うでしょ?」


「……た、頼む、許してくれ。も、もう……話せることは全部話した……」


 唯一生きている、いや、『運悪く』生きている彼女の様子は、それは酷いものだった。手足を切られ、腹の皮を剥がされ、もはや生きているのが不思議なほどだった。

 少女はその生きている追っ手に、あどけない顔を見せる。


「……ねえ貴女、天国には誰がいると思う?」


「……は?」


 追っ手は意味がわからないという顔をする。けれど、少女はそんなことにお構いなしだ。


「天国にはね、私のパパがいるんだって。それで、百年に一度下界に居りてきて、私を天国に連れてってくれるんだって」



「私、やっと見つけたわ!」少女は天真爛漫な笑顔を、血まみれの追っ手に向けて、そう言った。


「ありがとう! お礼に、私が天国に連れてってあげるね!」


「……た、助け――」


 少女は剣を振った。

 同時に聞こえるのは、肉と骨が斬り潰された音。

 血が勢いよく飛び散る。

 それは存外に遠くまで飛び、十字架をも染め上げた。


「……やっと会えるね、パパ」


 彼女は無邪気に笑いながら、追っ手の一人から奪った写真を、愛おしそうに見つめる。


 そこには、ハリが写っていた。





 CHAPTER.02:The way of life for hooker





 ――屋敷での逃走劇から一週間後。


 太陽が容赦なく照り付ける街中、ヤシの木と白い砂浜の海辺が近くにあるような、まさに温暖な西海岸の気候を体験できる場所だ。

 そんな場所で、ベルは汗をかきながら、眉をひそませて、とある店先に立っていた。


「……なあ、オイオイ聞き間違いかね? いいかいもう一度聞くがね、君はこのハンバーガーが1個8ラルもすると、そう言ってるのかね?」


「さようでございます、お客様」


 ベルの目の前には、いかにもつっけんどんな言動をした店員がいる。店員のその答えを聞くと、彼女は厭味ったらしいくらいの苦笑いをした。


「これで8ラル? ガーリック・クラブやグリル・ロブスターを挟んでるわけでもない、この薄いパティをテキーラでフランベしたわけでもない、少ないチーズとピクルスしか入ってないこれが8ラルもすると?」


「さようでございます、お客様」


「……ああ、そお」


 店員の態度が一向に変わらないのを見てついに折れたのか、ベルは拗ねたように頬を膨らませる。


「お買い上げになりますか、お客様?」


 シレっとそんなことを聞く店員を前に、ベルは考える。

 ここ以外でこの近くの飲食店といえば、あとは高いレストランが並ぶばかりだ。安いチェーン店などという気の利いたものは州を跨ぐほど遠くにしかない。スーパーマーケットは? ダメだ。この辺は高い食材しか売ってないし、第一料理なんかつくれる奴がいない。ただでさえ手元が寂しい現状を鑑みると、選択肢はもはやないだろう。

 そこまで思考を巡らせて、彼女はため息を吐いた。


「ああ、ああ、買うとも。8ラルのハンバーガーを6つ、大至急だ」


「ありがとうございます」


 全くひどい散財だ。そんなことを考えながら、ベルはおもむろに空を見上げる。目には実に見事な青色が映り、それはインドアな彼女の思考をネガティブにするに十分な力を持っていた。


(ジリ貧だな、このままだと)


 ロジーの屋敷から逃げて一週間、イトたちは西海岸に位置する『ウィンストン・ヒルズ』という場所に来ていた。西海岸で特に高級住宅が多い場所で、裕福な住民が多いためか、エルドラ合衆国の中でも一等治安が良いことで有名だ。


 ……と、言うのが観光協会などが銘打つ『ウィンストン・ヒルズ』の評価だが、実際は大分違う。

 暇なセレブが多い故か、金にモノを言わせた怪しいパーティーやら集会やらが頻繁に行われているらしく、下手を打てばチンピラやマフィア連中以上に厄介な輩が多い。


 どうにしろ、イトたちのようなストリート・キッズたちにとっては、この場所は拠点とするには相当に適さない。

 物価は高く、かと言って彼女たちのような人間ができるような仕事もなく、何より普段使っているような、高濃度の『錠剤』がどこにも売ってない。

 リネンが『ツテがある』などと言ったものだからこの場所に来たわけだが、ひょっとしてフカシだったのではなかろうか? ベルは汗をぬぐいながら、そんなことを考えていた。


「お待たせいたしました。こちら48ラルでございます」


 思考にふけっていると、注文のハンバーガー6つの入った袋が、ベルの前に差し出される。


「ありがとう、味わって食べさせてもらうよ」


 ベルはそう言って袋を受け取り、足早にその店から離れた。



 ――高級住宅街から少し歩いた場所、街の中央からやや外れた場所に、ここ数年で廃業したばかりの小さなホテルがある。まだほとんど新しく、再利用するためか解体されるような様子もないような場所だ。イトたちは、ひとまずその廃ホテルの1室に身を隠していた。

 ベルは袋をもってトントンと階段を登ってゆく。

 階数にして3階、その奥の角にあるドアまで行き、ノックを2回、3回、1回の順で叩く。

 ドアの奥から足音。

 少しの間の後、カチャリと、カギを外す音がする。

 ドアが開く、そこには、黒髪黒瞳の青年、ハリがいた。


「おかえりなさい、ベルさん」


「ただいま。イトたちの具合はどうだね?」


「起きたら、結構マシになってましたよ。まだ怠そうではありますが」


「ふむ、この調子なら、明日になれば回復するだろう」


 そう言いながら、ベルは部屋の中に入る。

 スタスタと廊下を歩いて、リビングに入ると、彼女は袋を掲げて、声を張った。


「餌の時間だぞ! イト、ルーラ、リネン、ラミー!」



「……大声出すな、頭に響く」


「ハァ……きっつ……」


「飲まないぞ……私はもう二度と飲まない……」


「おっそぉい! お腹減ってやばいんだけどぉ」


 ベルが声を出すと、名前を呼ばれた4人はそれぞれ――ラミーを除いて――非常にグロッキーな様子で、彼女を睨み付けた。ルーラはもとい、あのイトとリネンでさえ、普段の気丈さからは想像もできないほど衰弱した様子を見せていた。


「まったく、1日に強い『錠剤』を2錠も3錠も飲むからそうなるんだ」


「しょうがねえだろ、いっぱいいっぱいだったんだよ……」


 イトがベルに答えた通り、彼女らがこうなった原因は、ハイ・カテゴリの『錠剤』の過剰摂取だ。

 イトたちは一週間前のあの日、これ以上ないような大激闘、連闘を繰り広げ、自身の許容量を超えた『錠剤』を服用した。

 その結果待っていたのが、非常に大きな反動だった。

 体中を襲う酷い激痛に、嘔吐、呼吸困難と、正気でいられないような苦痛に見舞われた。今でこそ二日酔いの程度にまで回復しているが、逃げ出した直後は、それこそ――特にイトは――生死を彷徨うような状態だった。

 ちなみにラミーだけが平気そうな理由は、特になんてことはない。彼女だけはあの日、屋敷を脱出する際の1錠しか飲んでおらず、単純に許容量を超えなかったからというだけだ。


「ほれ食べたまえ、1個8ラルのハンバーガーだ」


 そう言って、ベルはテーブルに袋を無造作に置いた。


「店員にイチャモンをつけて値引きさせようと思ったのだがな、ダメだった。なかなか頑固なものだったよ」


「みっともねえことするなよ……ああ、クソ。悪いハリ、水持ってきてくれないか?」


「ハリくん、私も……」


 もはや突っ込む気力もないというイトとルーラが、頭を抑えながら、枯れた声でハリにそう言った。ハリはそれに何も言わず、コップを2つ取って、台所に水を汲みに行った。

 ベルはそれを見ながら反論する。


「とは言うがな、我々はただでさえ金がないんだ。本当はそんな高いハンバーガーを買う余裕なんてどこにもないんだぞ?」


「チクショウ……リネン、お前『ツテがある』っつってただろうが。いい加減何なのか教えろよ」


 イトにそう言われると、リネンは彼女を睨みながら、寝転んでいたソファに座り直す。


「喋るなら声を小さくしろ、イト。頭がグワングワンする……」


「知らねえよ。で、結局ツテって何なんだよ?」


「ああ、なに、簡単だ……おい、黒髪黒瞳」


 リネンは前触れもなくハリを呼ぶ。それに何なのかとイトが首を傾げていると、ちょうどキッチンから水を取ってきたハリがいた。


「なんだよ、リネンも水か?」


 彼がイトとルーラに水を渡しながらそう聞くと、リネンははっきりと、こう口にした。




「お前、私と寝ろ」




 パリン、と、そんな音が部屋に響いた。イトが、ハリからもらった水入りのコップを割った音だ。

 全員がリネンに顔を向けた。全員が、信じられないものを聞いたような顔をしている。

 そんな中で、少しだけの静寂。

 それが十秒ほど経った後。


「…………は?」


 ここ一番の低い声色で、イトはリネンにそう言った。

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