19.Brianstorm
安全というものを手に入れるためには、安くない対価を払う必要がある。それは多くの場合、おびただしい量の血だ。真っ当に生きてるやつらがどうかは知らないが、少なくとも私の今までの人生で、寝床ひとつ分の安全を買うためには、実に何百ガロンに及ぶ他者の血を払う必要があった。
――うんざりすることに、今日1日だけで、その総量を更新できそうだ。
「誰か! クソ、応援を呼――」
目の前にいる敵が言い終わる前に、その首と胴体がきれいに別れた。周辺にいる奴らも同じ。次々に肉が削がれて、周りを赤黒く染めてゆく。
――リネンが、全てを切り裂いてゆく。
「ハァハハハハ……!」
掠れるような笑い声を出しながら、アイツは舌なめずりをした。
「気をつけろ! コイツら特上の『錠剤』をキメてるぞ!」
「死ねえ! ヤク中共がァッ!」
別方向からの怒号。
振り向くと、そこにはサブ・マシンガンを装備した連中が5、6人ほど。
私はハリを連れて、とっさに壁に身を隠す。
瞬間、けたたましい銃声が屋敷中に響く。
「イト!」
「大丈夫だハリ! 私がやる!」
私は『ある銃』を手に取って、勢いよく壁から飛び出す。
奴らが、その銃口の先を壁から私へと変えた。
完全に捕捉されるその寸前。
『ある銃』を構えた。
狙いは、大体でいい。
どうせ、全て『吹き飛ぶ』。
「――ッシ!」
私は引き金を引いた。
――奴らの一人の、その上半身が『吹っ飛んだ』。
「な、なんだア――」
「チクショウ! あんなの聞い――」
吹き飛ぶ。
吹き飛ぶ。
また、吹き飛ぶ。
仲間の無残な姿に狼狽する暇もなく、他の奴らも次々と、あるいは肩から上が、あるいは腹が全て。私の銃が轟音を出すたびに、消えていった。
「増援を! 場所は本館の――」
最後の一人、その頭も吹き飛んだ。
……銃声が止んだ。残ったものは、尚もいじらしく大音量で鳴り響く警報と、そのアラートがいかに無意味かを見せつけるような、屋敷中に広がる血の海だった。
「……スゲエ銃だな、それ」
ハリは、私が持っている銃を見つめて、感心したような表情をしていた。
「まったくだ、『フルオート・ショットガン』なんて、どっから引っ張ってきたんだか」
銃身が焼き付いたそれをみながら、私はそう言った。リネンたちが持ってきた銃は、毎分300発を発射できる連射型ショットガンだった。威力の高いスラグ弾が使われていて、効果は今やった通り。
確か警察で開発中の最新式だったはずだ。一体どうやってかっぱらってきたのやら。
「お、終わった……かな?」
マシンガンを構えていたルーラが、願望のようにそれを呟く。
私もそうだったら嬉しいのだが、きっとそういうわけにもいかないだろう。
「んなわけないじゃぁん、まだうじゃうじゃって出てくるって」
手をワキワキとジェスチャーさせながら、からかうようにラミーは笑う。ルーラはそれを見て、心底に辟易としたような表情になる。
実際、ラミーの言う通りだろう。ここはただでさえ広い屋敷だから、私たちを探すのに手間取ってるだけだ。
けれど、場所もさっきのやつの無線で気づかれただろう。敵の増援がここに来るまで、数分もないはずだ。
「しかも、ママがもうすぐ増援を引き連れてやってくるときたもんだ。そろそろ勘付いてるだろうからな」
リネンがククリナイフについた血を払いながら、私たちの方に歩いてくる。
確かにコイツの言う通り、この騒動はもうロジーの耳に入っていると考えた方が良いだろう。
「で、どうすんのぉ? やっぱ全員殺す?」
「無理に決まってんでしょ! そう言うんじゃなくって……」
「ガレージに向かう」
そう言うと、ラミーとルーラが会話を中断して、こちらを見る。
「足の速い車を手に入れて、それで逃げるんだ。当然、他の車は全部ぶっ壊したうえで」
「……それしかないだろうな。幸い、ぶっ壊す道具ならたんまりある」
ずいぶんと珍しいことに、リネンが私の意見に賛同した。とは言え、私と違って『ぶっ壊す』の部分に魅力を感じてるらしく、体中に取り付けてるグレネードを、奴はこれ見よがしに見せつけてきた。
「えぇーつまんないなぁ」
「ここで死にたいならそうしろ、ラミー」
「わかったってばもぉ、いじわる」
ラミーの方は不満そうだったが、リネンに窘められると、口をとがらせながら渋々折れた。
ラミー、リネンとも知り合ってそこそこ長くなるが、何と言うか、未だにラミーは何を考えてるかわからないところが多い。
「とにかく、やることは決まった。ガレージまで進む。邪魔な奴は撃て」
リネンの言葉を聞きながら、私はショットガンに弾を込め直す。
遠くから騒がしい音が聞こえる。どうやらもう増援が来たようだ。
「……そら、おかわりが来たぜ」
私はそう言いながら、グレネードのピンを抜いた。
奥の角には、たくさんの人間。
何も考えず、私はそこへ思いっきり投げる。
「ッ! グレネードだ!」
「伏せ――」
言い切る前に彼女らの身体は四方に飛び散る。
大量の血と、硝煙の匂い。
またこうやって、何百ガロンという血を、私は安全へと捧げる。
ただ、いつもと違うのは。
「……絶対離れるなよ、ハリ」
「……ああ、わかってるって、イト」
捧げる相手が、一人増えたということだ。
――撃ち殺して、刺し殺して、切り殺して。そんなことを繰り返していくうちに、私たちはひとつの部屋に辿り着く。確かここは昔、サロン室のひとつだったはずだ。しかし、部屋の近くから、何やら薬品の匂いが漂ってくる。医務室にでもなったのだろうか?
「この部屋か?」
「ああ、ここを通るのが一番近いはずだ」
「そうか……む、カギがかかってるぞ」
「蹴破れるか?」
「舐めたことを聞くなよ、オトコ女」
リネンは私にそれだけ答えて、ドアの前に立つ。
もしここ数年の間で間取りに変更がなければ、今私たちがいる部屋を通って、裏手から真っ直ぐ進めば、ガレージに辿り着く。恐らく、一番時間のかからない道のはずだ。
「……よし、行くぞ」
全員が武器を準備したのを確認してから、リネンは扉を勢いよく蹴って、強引にこじ開けた。
「……なにここ?」
「すっごぉい」
ルーラとラミーが感嘆したような声をあげた。とは言え私も似たような心境だ。
その部屋は何と言うか、まるで大掛かりな研究室のようで、試験管や顕微鏡、はたまたよくわからない装置が所狭しと並んでいた。まさに、フィクションの中のマッド・サイエンティストが暮らしてるような、そんな部屋だ。
「おやおやおや、そこにいるのはひょっとして、イトたちじゃないか?」
声がした場所に、私は即座にショットガンを向ける。
「おおっと、ずいぶんとおっかないモノを向けてくれるじゃないか。恐くて泣いちゃいそうだよ」
「……ベル」
私が銃を向けた先には、ベルがいた。
コイツがいるということは、おそらくこの場所で『クリーピーローズ』を調べでもしていたのだろう。こんな状況なのに相も変わらず、ムカつくようなニヒルな表情を、コイツは私に向けてきた。
「ベル……アンタさっきはよくも!」
私の隣で、同じように銃を構えたルーラが叫ぶ。当然だが、ベルの裏切りには――そもそも味方だったのかと聞かれると微妙なところだが――相当オカンムリのようだ。
当人はといえばたいして気にしてない様子で、銃を向けられてもどこか芝居じみた動きをしている。
「……いいよルーラ、ほっとけ」
「でも、イト!」
「今は逃げることが最優先だ。こんなのにかまけてる暇ねえんだよ」
私がそう言うと、ルーラは悔しそうに舌打ちをして、銃を降ろした。
正直、私もまったく思うところがないわけではないが、この際仕方ない。こうしてる間にも追っ手が迫っているのだから、コイツと楽しくお喋りしてる場合でもないのだ。
「……なあ君たち、ハリくんを連れて、ここから逃げるのかい?」
「そうだよ、何、邪魔しようっての?」
あからさまに嫌悪の目を向けて、ルーラはベルの質問に答えた。しかしそんなことを歯牙にもかけない様子で、ベルは少し考えるような仕草をした。
それを2、3秒。
彼女はあっけからんと、こう言った。
「私も連れて行ってくれないかね?」
「……はあ?」
私とルーラの声が重なる。それも仕方ないことだろう。
何なんだ? 一体何を言い出すんだこのマッド・サイエンティストは?
「……お前、ロジーについたんじゃねえの?」
「そんなこと一言も言ってないだろう? 私は『彼』を持っている側につくだけだよ」
彼女はそう言って、腕を組みながらハリの方を見る。その表情は張り倒したくなるようなニヤけた顔だった。
「私は、彼の体液が欲しいんだ。最初からそう言ってるだろう?」
……やはり撃ち殺したほうがいいんじゃないだろうか? そんな考えが脳裏をよぎった。
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