18.Traitor
――同時刻。
エルドラ合衆国屈指の都市部である『スティル・ヨーク』。その中央にある高級ホテルの最上階レストランにて、彼女らは円卓を囲む形で座っていた。
彼女ら……ママ・ロザリアをはじめとする、いわゆる『
後ろ暗い者たちの話し合いと言うのは、往々にして秘密に行われるものだ。スティル・ヨークの夜景を一望できるそのロケーションも、豪奢なレストランのレイアウトも伊達ではなく、全てはプライバシ・セキュリティの質の表れなのである。
「……つまり、『プロジェクト』は予定を繰り上げて行えると、そう言いたいのですね?」
妙齢の女性は、そう口を開いた。上品を絵に描いたような人だが、その目は鷹のように鋭く、見るものを思わずひるませるような厳格さがあった。
ママ・ロザリアは、その問いに対し微笑みで返す。
「ええ、そう解釈して頂いて構いませんわ、ミス・スタンフィールド」
スタンフィールドと呼ばれたその女性は、それに是と取れるような、ゆっくりと静かな首肯をした。
スタンフィールド。彼女の役職は、エルドラ合衆国トップの補助を行うもの……すなわち、『大統領首席補佐官』と呼ばれるものである。
それ以外にも、この場所には層々とした面子が揃っていた。陸軍大将、財閥の重鎮、エルドラ民主党議員。まさに国そのものを動かせる
「とにかく、予定にはなかったことですが、思わぬところから黒髪黒瞳の特上品が手に入りました。これによって、『クリーピーローズ』の服用者探しについては、ひとまず解決したと言ってよいでしょう」
「そうですか。しかし、何とも幸運なお話ですね。神の思し召しと思えるほどです」
「ここまで話が美味いと、神よりも悪魔の誘惑に思えてくるわね」
スタンフィールドの言葉に答えながら、民主党議員の女性は、手に持っていたシャンパンを傾ける。
「その黒髪黒瞳は大丈夫なのかしら? そのような特上のレアもの、どこぞの権力者が所有していて然るべきでしょう。面倒なことにならなければいいけど」
「当然、その点は現在調査中です。しかし今のところ、『彼』の所有者に該当する人物は見つかっておりません。その部分に関しても、問題はないと考えてよろしいかと」
「……本当に、怖いほど美味い話ね」
議員はそう言うものの、その顔には安堵の色が濃かった。目先の小さな不安以上に、自分の投資が返ってくる目途が立ったのだから、無理もないともいえる。
「兎にも角にも、これで『プロジェクト・ローズ』は一気に最終段階まで進めます。後は、薬の最終調整を残すのみ」
「……我々の悲願が叶う時も近いですね。祝杯をしましょう」
ママ・ロザリアにそう答えたスタンフィールドは、シャンパングラスを掲げ、シャンデリアの光を通して、その美しさを見つめていた。
他の面々もそれに従い、グラスを傾け、出された料理を口に運ぶ。
彼女らは酔っていた。目前の成功に。鼻の先にある勝利に。きっとこの酔いも悦も、しばらくは続くことだろう。
ある一人以外は。
「失礼します、ママ!」
扉の音と共に、ママ・ロザリアの側近であるレックスが入ってくる。焦っているようで、その動きは冷静ではあるが、しかし余裕を感じられなかった。
「どうしたの?」
「実は……」
神妙な顔をしたレックスは、ママ・ロザリアの傍により、彼女の耳元であることを囁く。レックスがある程度まで話すと、ママ・ロザリアは目を見開いた。
「……失礼、急なアポイントが入りまして。どうぞ皆さまは、このままお続けくださいませ」
そう言って、彼女は席を立ち、踵を返す。
「それは残念ね。また会う機会があれば、貴女の『コレクション』を見たいものね、ミス・ロザリア」
「……ええ、ぜひまたいらして下さいませ。きっと、満足なさいますわ」
議員に対してそれだけ言い、彼女はレックスと共にレストランから出た。
「状況は?」
「かなりひっ迫しています。屋敷から『奴ら』の射殺許可を聞いてきてますが」
「許可する。見つけ次第殺しなさい。『彼』は絶対傷つけないよう」
ママ・ロザリアは歩きながら、忌々し気に親指の爪をかじる。その表情からは、普段の余裕は感じ取れない。
「リネン、ラミー……代償は高くつくわよ」
そう言って彼女は、乱暴にコートを羽織った。
◇
薄暗い中に砂埃が舞う。それはなかなかに煙たくて、普段なら咳き込みでもするところだが、そうも言ってられなかった。
リネンとラミーが立っている。ご丁寧に機関銃やグレネードまで持った重装備でだ。
正直な話、なんてタイミングの悪いことだろうと思った。壊れた入り口の光が逆光になって、二人を不気味に照らすものだから、余計にそんな思いも強くなる。
「……お前ら、何のつもりだ、『後ろのそれ』は?」
イトは銃を構えながら、困惑した声色でそう聞いた。
後ろのそれとは、一体何のことなのだろうか? イトの方を見ると、彼女は唖然と言った表情でリネンを……。
……いや、これはそのさらに奥の方を見ているようだ。
(なんだ? 何を見てるんだ?)
不思議に思って、その目線の先を覗いてみる。
死体だ。
俺は愕然とした。
リネンたちの後ろに、あの赤毛の手下であろう死体が、『なます切り』になってバラバラになったモノが、おおよそ2、3人分散らばっていた。
「なん……これッ……!」
「見るなハリ、お前にゃキツ過ぎる」
イトはそう言うが、しっかり見てしまった後に言われてももう遅い。
胃の中が逆流しそうになったのを耐えながら、俺はリネンの方を見る。
「……なんだ、意外と情けない男だな、黒髪黒瞳」
ひどく見下したようなにやけた顔で、彼女は言った。表情こそ冷めていたが、その奥にある獰猛さが見え隠れしている。そんな顔だった。
「おい、まだ質問に答えてねえぞ。後ろの死体はなんだ? お前らとうとう敵と味方の区別もつかなくなったのか?」
「……口の減らないやつだ。その服だけじゃなく肉ごと削いでやってもいいんだぞ?」
「あぁッ?」
イトが銃を構え、リネンがククリナイフを向ける。
時間が止まったかのような、ひりついたその静寂。
一触即発の、爆発する寸前。
「コラッ!」
……と、思っていた矢先、ゴンッという派手な音が聞こえた。
何故かはわからないが、ラミーが日本刀の柄で、リネンを殴ったのだ。
「痛っ!? な、何すん……!」
「ケンカァしてる場合じゃないっしょ! ロジーババアが帰ってくる前に、この子ら連れて逃げるんでしょうが!」
……どういうことだ? 話についていけてない。
「あのさ、何がしたいわけ?」
「ショートコント見せに来ただけなら、2丁目のライブハウスでやってくれ」
どうやらルーラとイトも同じようで、二人とも困惑半分、呆れ半分の目をしながらリネンたちを見る。
「違うってぇ! 私たちは加勢に来たの、アンタらの!」
「……何?」
そう言ったのはイトだったのか俺だったのか。少なくともどちらだとしても、ラミーの言葉が予想外のものだったのは間違いないだろう。
そんなことを考えていると、殴られた頭を抱えてしゃがんでいたリネンが立ち上がって咳払いをした。
「……ゴホン、そういうことだ」
「……わかんねえな。ロジーを裏切るってのか?」
リネンはそれに黙って首肯する。
イトは訝しんだ。それもそうだろう、数時間前に敵だった奴らが、どういう心境の変化なのか。
俺がそう考えていると、リネンが俺を指さす。
「その特大の金づるを、わざわざ奴に渡す道理もないって気づいただけだ」
「……結局はハリ目当てかよ。どいつもこいつも」
「ならどうする? 私たちはこのまま帰ってもいいんだ。お前、そいつを守りながら、この屋敷の包囲網をどう突破する気だ?」
イトは痛いところを突かれたように口を噤む。
はっきり言って、事実だろう。いくらイトとルーラとはいえ、二人だけで、しかも俺と言う足手まといをつけた状態で、この屋敷の外に逃げられるとは流石に考えにくい。それはルーラも同じようで、彼女はイトの方を見る。
「……イト、どうする?」
「ほら、どうした? もうすぐ連中が騒ぎに駆けつけるころだぞ?」
リネンの言う通り、確かに出口の方からけたたましい警報が聞こえる。このままでは彼女の言う通り、あの赤毛の手下がすぐにこっちに向かってくることだろう。時間があまりないのは明白だった。
「……ああ、もう面倒くせえ」
ルーラの問いにもロクに答えないまま、イトは頭をガシガシと、片手だけでかきむしる。それを数秒行った後、まるで諦めをつけたかのように、「ハァ」と短いため息をついて、リネンを見た。
「ちょっとでも変な動きしたら後ろから撃つぞ、いいな?」
「構わない、その時は叩き切ってやる」
リネンがそう言い終わると、イトは無言で、渋々といった様子で銃を下げた。
――数分も経たない時間で、イトとルーラはリネンたちが持ってきた装備を身に付けていた。
アサルトライフル、ショットガン、フラググレネードなどなど、このまま戦争でも始めるかのような出で立ちだ。
「屋敷にいる敵の数は?」
「100人以上はいる。恐いのか?」
「ひえぇ……神様、助けて……」
「いいねぇ、バッキバキにアガってこっかぁ」
イト、リネン、ルーラ、ラミー。四者四様に、それぞれが戦いの準備を終わらせる。
「……ハリ」
「どうした?」
イトに呼ばれて、俺は彼女に近づく。近くで見ると、その長いまつげと薄緑の瞳が、しっかりと俺を捉えているのがわかった。
「私のそばを離れるなよ。絶対だ」
「……でも、それじゃ足手まといになるだろ? 銃を貸してくれよ。自分の身くらい自分で守らなきゃ」
「ダメだ」
にべもなく、彼女はそう言い放った。俺がそれに少々困惑していると、彼女は俺を真っ直ぐ見た。
「お前は私が守る。もうリドーの時みたいな無茶は絶対するな。いいな?」
「……わかったよ」
俺の言葉を聞くと、彼女は少し柔らかい表情で、俺を見つめた。すぐに逸らされてしまったが。
彼女はその表情を険しくして、他の3人の方を見た。
「『錠剤』を飲め! 始めるぞ!」
号令ともいえるその声と同時に、彼女らは『錠剤』を飲み込み、あるいはかみ砕き、その身体に入れた。
長い夜の、最後が始まる。
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