12.Rule
外では雨が強くなっている。
恐らくは郊外に当たる場所なのだろう。近くに街灯がないのか、窓の外を見ても真っ黒で、ただゴウゴウとうねりのような音が響くだけだった。
それが却ってある程度、俺の腹を据わらせたのかもしれない。俺は、抜き身の『日本刀』をこっちにちらつかせながら、一緒に歩いている少女を見た。
「……ん、どしたの? まさか、私のおっぱい気になっちゃったりしてるぅ?」
イトからラミーと呼ばれた少女は、大きく開いた胸元を見せつけるようにして、ケラケラとからかうように俺にそう聞く。
彼女は何と言うか、派手な娘だった。きっと丹念に手入れしているのだろう。イトとはタイプの違う、まさに金色と呼ぶにふさわしいブロンドのストレートロングを携えており、その整った顔には、ルビーのような赤い瞳がはめ込まれている。表情は軽薄な薄ら笑いを崩さないで、蛇のようなその長い舌を、時折見せびらかすように出していた。
先程病院で、彼女と一緒にいたリネンと呼ばれる子もそうだったが、彼女ら二人は、まさに『獰猛』という言葉が似合うだろう。
その美貌を狂暴な表情で歪ませるその様は、イトを見たときとは別の意味で、近寄り難いくらい様になっていた。
そんな彼女に連れ去られてから、一体どのくらい経ったのだろうか。俺は今、いやに豪華で広い屋敷に降ろされ、ラミーと一緒にその廊下を歩いていた。
イトは果たして、無事だろうか?
ルーラは? ベルさんは?
そんな俺の胸中を見抜いているのか、ラミーは嘲笑うような表情を俺に見せる。
「ねぇ~、そんなにあの『オトコ女』が気になるの? 好きなの? あんなのが」
「……少なくとも、アンタよりはな」
俺はラミーを睨んで、できる限りの精一杯の憎まれ口を叩く。だが、それもただの強がりだと気づかれているのだろう。
彼女は持っていた刀を鞘に納めた。すると、いきなりほぼゼロ距離まで俺に近づいて、舐めまわすような目で俺を見た。
「えぇ、もったいない。ねえ、今からでも私に変えない? 絶対その方が良いっしょ。……もちろん、アッチのほうもさ」
ラミーはにやけた顔でそう言うと、ゆっくりと俺の身体に手を這わせてきた。
「なんッ……!?」
俺はそれに面食らい、フリーズしてしまう。固まっているうちに、ラミーは俺の手を掴み、そして自分の胸を触らせてきた。
「ね、イトのよりおっきいっしょ? 私に『飼われる』んなら、全部満足させてあげる。心も、カラダも、ぜぇんぶ」
彼女の手が、俺の腰に回される。
ねっとりとした口調で、彼女は誘うように俺に密着してくる。
改めて考えさせられる。この世界の男とは、やはりこういうものなのだろうか。
イトとルーラから聞いた、この世界のこと。素直にそれに即して考えるならば、彼女は今、俺を手に入れて、その先の成功を考えているのだろう。さらにその先にある、手に入らんばかりの欲望のことも。
「……悪いけど、ギャルっぽい子はタイプじゃないんだよ」
「……ふぅん?」
……本当に、彼女にそれが当てはまるのだろうか?
先程までの表情とは一転して、ラミーは酷く無感情な顔で俺を見上げる。まるで俺を試すような、下手な嘘をついた子供を見るような、そんな無機質な顔。
キスができそうな距離まで、顔を近づける。ルビーのような瞳の奥は、空っぽだった。それが嫌に恐ろしかった。
「何をしている、ラミー」
すると廊下の奥から、別の女性の声が聞こえてきた。
俺は声がした部分を見る。すると、長身で、そのスーツの上からでもわかる筋肉質な体躯をした女性が、ラミーを睨み付けていた。
「ラミー、そいつは真っ先にママに渡す手はずだろう。余計な面倒を増やすような真似をするな」
「いいじゃん、減るもんでもないし。アンタもどう、レックス? 黒髪黒瞳に触れる機会なんて、一生あるかないかだよ?」
「いい加減にしろよビッチ、火遊びで焼け死にたくないだろう?」
少しの静寂。
するとラミーは「ハイハイ」と、拗ねるように口をとがらせながら、俺から離れた。
「……身内が無礼を働いた。ママ・ロザリアに会ってもらう。来い」
レックスと呼ばれたその女性はそう言うと、踵を返して、廊下の奥に歩いてゆく。
ついていきたくなど毛頭ないが、よくない結果になることは目に見えているので、俺は素直に彼女と同じ方向を歩くしかなかった。
歩いていくと、廊下の突き当りにある、大きな扉の前に来た。レックスと呼ばれたその人はドアを数回ノックする。すると、奥から聞き覚えのない声が聞こえた。
「レックスかしら?」
「はい、ママ。ご注文の『品物』が届きました。ご確認を」
「その子を通しなさい」
それを聞いて、彼女はドアを人一人が入れる程度に開け、そして俺を見て、無言で入るようジェスチャーをする。
後ろを振り返ると、ラミーはそれをつまらなそうな目で見つめている。どうやら入るのは俺一人だけらしい。
意を決して、俺はその部屋に入る。
部屋の中は、まるで『フォーチュン』でインタビューを受けるセレブでも住んでそうな、豪華ながらも品の良い調度品が揃っている。その一つであるソファに、恐らく先程の声の主であろう。女性が足を組んで座っていた。
「あら、よく来たわね」
そう言って彼女は俺に微笑む。
襲撃までしておいて、『よく来たわね』などと、それこそよく言えたものだ。
「手荒な真似をしてゴメンナサイね。イトったらおイタが過ぎるものだから、つい」
「……イトは、彼女らは無事なのか?」
イトの名前をその女性から聞いて、俺は思わずそう聞く。それを聞いたその人は、その微笑みを崩すことなく、口を開く。
「ええ、無事よ、他の子たちも。今こっちに来てるところよ」
その言外の意味を含んだセリフに、俺は閉口する。こっちにきてる……つまり、拘束されたのだろう。
とは言え、少なくとも生きてはいるみたいだ。俺は安堵し、思わず息を漏らしてしまう。
「もっとも、これから先は、アナタの態度によるかも」
俺はその言葉に息を止めた。
女性の顔を見る。その赤黒い長髪を携えた美貌は、底冷えするような笑い顔をして、俺を見ていた。
「貴方、イトと一緒にいたのなら、この薬は見たことあるでしょう?」
そう言いながら、女性はソファの前のテーブルにある、お茶請け用の菓子が入っている皿から、あるモノを取り出した。
それはあの青いバラの錠剤、『クリーピーローズ』だった。
「……貴方、世界の買い方を知っている?」
女性は、俺に突拍子もないことを聞いた。彼女は続ける。
「ひとつだけ嘘をつくの、『世界は貴方のもの』っていう嘘。それを世界中で読まれる新聞紙に載せるの。そうすれば、一行だけしかないその見出しをみんな信じるわ」
彼女はひとつ、ふたつと、皿にある『クリーピーローズ』を手で拾ってゆく。長くきれいなその手の動作は、いやに様になっていた。
「結果的に、世界を思い通りにできるのは、最初にひとつの嘘をついた人。そんなはずないって思う? けれど本当よ」
そう言って、彼女はその手を、俺に差し出した。掌に乗っている薬が、宝石のように輝いていた。
「みんな、この世界を支配したがっているんですもの」
「……なにが言いたいんですか? 俺に何をしろと?」
俺は彼女にそう聞くしかなかった。今わかっているのは、下手なことすればイトたちが危ないということ。少なくとも、俺の行動ひとつで彼女らの生死が決まるということだ。
女性は、俺のその言葉にただ、ひとつだけ答えた。
「この薬を、飲みなさい」
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