Phantom Revenge

アクヴァーリオ

雨が降っている。すでに日は傾き人々の姿は町から消えた。どうも気分というのは引っ張られやすいもののようで暗い世界に引っ張られ私の気持ちも暗くなる。こんな時は決まってあの日を思い出す。私のあたりまえが崩れたあの日のことが。

 その日はどんな日だっただろうか。今となっては思い出すことさえかなわない。それでも忘れられない感情が…いやその感情のせいで私はほかすべてを忘れてしまったのかもしれない。張り付いた光景は胸を貫かれ地に付した父と返り血のついた男。それだけをはっきりと覚えている。それだけはこの胸に燃ゆる恨みとともに消えてはくれなかった。

 頭を振って感傷に浸っていた自分を追い出し窓の外をにらみつける。来るはずだ。必ず。そんな時捉える。瞳に焼き付けられた刃が男の背が。長かった。ここまで。今日こそ無念を。恨みを。報いを。受けさせてやる。


はやる気持ちを静め得物に手をかけ深くフードを被り男の背を追う。今日までに得た技術を生かすためには恨みを排斥せねばならない。なぜなら私は正々堂々正面から己の力を比べあう戦士ではないのだから。手段を択ばず目的だけに手を伸ばす殺し屋なのだから。静かに。静かに背を追い必殺の一撃を浴びせる。その時まで息を殺して忍び寄る。

どれ程たったのだろうか。時がたてばたつほど思いとは裏腹に腹の中では強く恨みが燃ゆる。雨脚はどんどん強くなっている。好都合だ。天は私に味方している。男が人の目のない路地へ入り雨脚がその他の音をかき消すまで強くなったと同時私の足は動いていた。


得物を抜きただまっすぐ男の命に手をかける。…その刃は男には届かず阻まれる。男が剣を抜きこちらを見据えていた。どうやら私は致命的なミスを犯したらしい。いつから気が付いていたのかは分からないが抜いた刃は戻せない。ここでやるしかない。冷たい汗が頬を伝う。フィジカルでかなうだろうか。いやそんなことよりも目の前に集中しなければ次の瞬間倒れてるのは私だ。強く得物を握り斬りかかる。重い得物のわりに俊敏に動く男の刃は難なく刃を受け止める。つばぜり合いになどなろうものなら得物と体格双方で勝ち目がないだろう。そもそも私はそんなものに勝てるよう準備はしていない。ぶつかり合った刃をすぐに引き、致命傷にもならないであろう軽い攻撃を繰り返す。数発当たって多少でも隙ができればという甘い考えは打ち破られ男はそのすべてを受け流し、最小限の動きで避ける。であれば、正面からの打ち合いに勝ち目が薄いのであれば別の角度からだ。幸いここは路地だ。身を隠すものも足場となるものも多い。一度距離をとって一瞬息を整えて再び疾駆する。時に遮蔽に身を隠し時に壁を蹴り、あらゆる手段を用いてたった一撃、必殺の一撃を探す。正面からと比べれば明らかに反応が鈍い。慣れぬ戦いを強いられているからだろうか。男の顔には苛立ちが浮かぶ。いける。必ずこの先に必殺の一撃が!…そんな希望的観測は男の顔に浮かんだ微笑とともに砕かれた。


 …私の刃は私から少し離れた場所に転がっていた。致命的なミスだ。男も待っていたのだたった一撃を。一撃で勝負を決められるタイミングを。その表情さえ私を油断させるために浮かべたものだったのだろう。見誤ったのは私か。どうやら先の一撃でフードも外れてしまったようだ。顔も割れたようでは例えこの場から逃げたとして逃げ切ることはできないな。まさしく必殺の一撃をもらったわけだ。男は刃を私に向ける。私の敗北か。男は私に向かって口を開く。…かに思われたが口を開いたまま止まっている。なんだ?何を狙っている?少なくともチャンスだ!そう考えるが早いか動くが早かったか私にもわからない。次の瞬間には私は得物を手に取り男の胸を貫いていた。やった!これで無念が果たせた!お父さん私はお父さんの仇を…!喜びが溢れ出る中男の顔を見上げた時すべてが止まった…。男は胸を貫かれたのにもかかわらず苦痛をこらえている様子は見て取れるが微笑を浮かべていた。…誰に向かって?私…?いやでもそんな…。


ドクン!


強く心臓が跳ねる。強い痛みが頭に走る。何かが何かを…何か大切なことを私は忘れている?何を?


ドクン!


今更いったい何が?


ドクン!


 

 

「やめて…やめて…。」


 少女の声が聞こえる。弱弱しい少女の悲鳴が。

 

「やめてお父さん…。」

「うるせぇ!誰のおかげて生きてると思ってる!お前は俺の思うとおりにしてりゃいいんだよ!」

「やめて…。許して…。誰か助けて…。」

「おい!何やってるんだ!」

「あ?チッなんだよ何の用だ。」

「様子を見に来たんだよ嫌な予感がしてな。来てよかったな。お前何しようとしてた!?」

「俺の勝手だろ。」

「お前ッ!」

恐怖から耐えきれないのか少女は目を伏せ耳をふさいだ。

「お、俺はなんてことを…」

肉を貫く鈍い音がして男のうろたえる声が聞こえた。少女は頭を上げる。…あの光景が見えた。

「ッ…。ごめんな。守れなくて…。」




 目の前で苦痛に顔をゆがませた男と頭によぎった男は同じような表情で同じことを口にした。思わず刃から手を離した瞬間男は地に倒れた。致命傷だ。避ける気もなかったのだろう綺麗に急所を刃が貫いている。



 私は間違えたの…?そんなわけは…


『お前が殺した。』


違う私は仇を…


『お前が恩を返したんだよ。』


違う私は…


『お前が恩を仇で返したんだよ。』


違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う


『お前が恩を最悪の形で返したんだよ。命を助けてもらって命を奪った。貰った未来を捨てて未来を奪ったんだよ。』


………

…………………

…………………………

私が返した。私が殺した。私が奪った。私が捨てた。


残りは?残ったものは?


醜い私だけ…


「アハッ!アハハハハハッハハハハハッハハハッハハハ!」


すべてすべてすべて!尊ぶべきものはすべて!私が奪って捨てた!もう何もない!





 乾いた笑いは雨音にかき消されて消えていった。







「お父さん!お父さんどこ!?」

「まったく…全然帰ってこないし見つかんないよ。すぐ帰ってくるって言ってたのに。」

「…!?お父さん…?お父さん!どうしたの!?嘘でしょ!?目を開けてよ!ねぇ!嫌だ!ねぇお父さんもう十分驚いたから…。こんな手の込んだいたずらして僕なんかよりよっぽど子供なんだから…。ねぇ!ねぇってば!」

「お父さん!!!!」


 虚しい声が響く中そんな姿を見て闇の中で潜む人影が一つ。変わり果てた無垢な少女は狂った笑みを浮かべていた。


 次の標的はお前だ。


END

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Phantom Revenge アクヴァーリオ @akvario2020

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