3.3つめの人生

こんな世があっていいものか。

自由な恋愛もできない世など。


私はまだ、若かった。

幼かった、といってもいいかも知れない。

良家に生まれ育ったばかりに、世間知らずで。

下にも置かない扱いを受けて育った。

親にしてみれば、当然だろう。

大事な跡取り息子。

それも、とても病弱ときている。

それこそ、目の中に入れても痛くないほどに、両親は私を可愛がり、甘やかした。

それが、良いことだったのか悪いことだったのか。未だにわからないが。

ただ、それが事実だった。


世間知らず。

その一言につきたのだ、私は。


やがて私は、親に勧められるままに、親の決めた娘と結婚した。

私にとって、初めての女性だった。

何しろ、世間知らずの私だ。

悪い遊びはもとより、私はその年まで「性」に関して何の知識もなく、結婚した娘に教えてもらう、という、何とも情けないこととなった。

だが、結婚して数年後。

何の拍子にか、私は「遊郭」なるものの存在を知った。


ほどなくして始まった、遊郭通い。


別に、妻に不満があったわけではない。家に不満があったわけでもない。

妻はとてもできた娘であったし、両親は相も変わらず、私に有り余るほどの愛情を注いでくれる。


では、なぜ。


強いていうなら、初めは好奇心から、ということになるか。

金には不自由していなかったし、やらなければならない仕事が、さほどあったわけでもない。

時間を持て余し、金に不自由のない暮らし。

そして知った、遊郭なるものの存在

遊郭通いが始まるのは、当然の流れだと言えよう。


お吉に初めて会ったとき。

あの時の私の気持ちは、とうてい言い表せるものではない。

恋愛とは、かようなものか。

私はその瞬間からお吉に、恋をしてしまったのだ。

お吉と過ごす、あの夢のような時間。

だが、許されない想い。

それでも、禁じられれば禁じられるほど、止められれば止められるほど、それは大きく強くなる。

人間の弱さか。あるいは、私の。


私はお吉に恋をしていた。

お吉も、私を慕ってくれていた。

惹かれ合うもの同士が、何故結ばれることができないのか。

別れたまま生きるか、死んでひとつになるか。


私たちは、死を選んだ。


この世で結ばれることのない、恋人達の行く末。

心中。

自由な恋愛もままならぬこの時代に、いったいどれだけの恋人達がいわゆる「あの世」への希望を抱いて死んでいっただろうか。

私もお吉も、死を目前にしても少しも怖くはなかった。

なぜなら私たちの心は、「あの世」への希望で溢れていたから。

このまま結ばれることなく生き長らえるよりも、死んであの世で結ばれたい。

多くの心中者達が願ったように、私もお吉もそう願った。

お互いに幸せだった。死ぬその瞬間まで。


そして私はまた、「この世」に生を受けた。

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