目についた依頼と、その依頼主。
同じ頃。
帝都に近づく、とある魔導船の中で。
たとえばこれが七英雄の伝説なら、
『それにしても、すごかったなヴェイン』
魔導船内部で繰り広げられる、七英雄の伝説Ⅰのエンディング直前のイベントで。
船内の広間に集まった一行。
中でもバルドル山脈でユリシス・イグナートの思惑を最後の最後に止めたヴェイン、勇者の末裔が話の中心にいた。
『あの光、やっぱりヴェイン、お前が勇者ルインの末裔なんじゃ……』
『――――どうなんでしょう。俺は何も実感がないんですけど』
答えに迷ったヴェインを見て、セーラ・リオハルドが口を開く。
『昔、あたしを森の中で助けてくれたときみたいな光だった』
二人が縁を持つきっかけになった、昔の事件だ。
『あれでアスヴァルの完全復活を阻止したんだろうけど……神聖魔法にも、白魔法にも感じられない力だったわ』
『あっ、ネムもそう思う!』
『そうねー、私もロフェリア家の仕事で何度も神殿に行ったことがあるけど、どんな聖職者もあんな力は使ってなかったし』
ネム・アルティアが。シャーロット・ロフェリアが。
話題の中心にいたヴェインが、ソファに座ったまま自分の手のひらを眺める。
バルドル山脈で過ごした時間を何度も回想して、レオメル帝国全土に広がった惨劇の余波も思いながら、今度は仲間たちの言葉を反芻した。
『たくさんのことがあって、まだ落ち着いて考えられないんだ。……いまはただ、皆と無事に帰れただけで十分かな』
ヴェインの言葉に誰もが頷き、厳しい旅の終わりを喜ぶ。
帰る途中、魔導船の窓から見えた風景。
人里を離れたある地域、ほとんど平坦な大地にありながら、いくつかの巨大な河が合流した先にある珍しい地形だ。
帝都まで魔導船で二時間ほどの大自然の中に、そこはあった。
『セーラ、あれは?』
気になったヴェインがセーラに聞いた。
『
ヴェインが気になっていた地形の中心で巨大な河が合流する。
『ほら。見てて』
それらが向かった先にあるのは巨大な湖で、小都市ならそのまま納まりそうなほど広かった。周囲を緑豊かな森林や平原に囲まれている。
その湖の中心に鋭利な岩肌を誇る、塔のような山があった。山の先端はヴェインたちが乗る魔導船より高い場所まで伸びている。雲を貫く山の上で、青々とした魔力と真夏の新緑を思わせる光の粒が風に乗っていた。
『エルフェン大陸にある水や風はやがて、あの場所に向かうんですって』
本当かどうかは知らないけどね、とセーラが笑う。
『雲の上で光って見えるのが、集まってきた魔力なのか』
『みたいね』
セーラがつづけて言う。
『あの湖から山に吸い込まれた水がただの魔力に変化して、また世界に放たれる。風はその魔力に溶け込んで、水と同じように生まれ変わって空から大陸中に飛んでいく。ウィンデアは水の女神様が作り出した領域って言い伝えられてるわ』
勇者ルインの血を引くヴェインがそこでちょっとした強化を経て、新たな力を使えるようになる――――そんなイベントでもあった。
そして、いま。
この世界線でもまた、似たような会話が繰り広げられていた。
違うことといえば、彼らがバルドル山脈ではなく、レオナール英爵領から帰る途中であることなど。
「へぇ……そんな場所があるんだ」
「私もこうしてみるのは久しぶりで――――」
ヴェインが感嘆してみせれば、セーラが話をつづけるため得意げに彼の隣に立つ。
それを見たシャーロットが邪魔をしたくてセーラの後ろから抱き着けば、セーラが振り払おうとして身体をよじった。
「だーかーらっ! シャロはいっつもいきなりなのよ!」
「やん、そんな乱暴にしないでってば~」
結局、振り払いきれなかったことでセーラがため息。それはもう深く。
諦めたセーラはシャーロットを背負うような体勢のまま開き直り、背後の少女をいないものとして「仕方ないんだから」と話を再開する。
「何百年かに一度、山の頂上にある神殿の傍にある、普段は涸れてる泉が水で満たされるんですって」
「雨水で、とかじゃないよね?」
「当然。神聖を帯びた水で、邪悪な存在を寄せ付けない力があるらしいの。どこからともなく湧き出てくる水みたい。特に勇者の力に強く反応したっていうけど――――」
ぴたっ、とヴェインを除く全員の動きが止まった。次は示し合わせたかのようにヴェインを見る。
一方、ヴェインはそんな視線を一身に集めながら力強く首を縦に振った。
「俺の力が魔王教と戦うためになるのなら、調べてみるべきだと思う」
ヴェインが決めたことならば、と誰も異を唱えなかった。
彼が言うなら、その気持ちに応えたい。
「じゃあ決まりね! 近いうちにウィンデアに行かなくちゃ!」
「む、無理無理! セーラちゃん、こんな季節にあんな山を登るとかどうかしてるよ!」
「だなー……俺くらいの筋肉でも大変だぜ。ウィンデアはうちの国にある山の中でも、かなり険しいって言われてるバルドル山脈あたりよりやばいんだ。さすがに春になってからのほうがいいだろ」
「とりあえず、春の連休中でいいんじゃない?
「……そうよね。泉の水が満たされるのが今年とは限らないし」
だが彼女たちは、ヴェインの力が明らかになった今年ならきっと――――と。
意味深な触れ方には必ず何らかの意味がある。
多くのプレイヤーはこのイベントを、七英雄の伝説Ⅱの前振りと思っていた。そしてそれは正しかった。
七英雄の伝説Ⅱ・一章『勇者の血脈』
Iを経て、成長した少年少女たちの物語のはじまり。
しかし、彼らが話すべきことはそれだけじゃなかった。
「冬休みが終わったら、レンとも話したいな」
「おう! それそれ!」
「ちょっとカイトくーん、いきなり大きな声出さないでよー!」
「っとと、悪いなネム」
カイトも大きな声を出して興奮せざるを得なかった。
それくらい、この冬に耳にした出来事が衝撃的過ぎた。
「アシュトンはいったいどうなってるんだ? あの噂が本当なら、
カイトが興奮していえば、シャーロットが言葉を足す。
まだ、セーラの背中にじゃれつきながら。
背負っているセーラはもう完全に諦めきており、垂れ下がるシャーロットの前髪を弄っていた。
「もう噂じゃないわよ。事実、あの場所にいたっていう戦力から考えれば彼に間違いないわ」
「けどよ、獅子聖庁の長官殿もいたって話だろ? それにイグナート家の家令もだ」
「そんなの知ってるわよ。でも長官殿は町の中にいたって話だし、家令のおじさまもイグナート侯爵の傍に控えていたってことでしょ」
「ほーん……じゃあやっぱり、レンがやったんだろうな」
冬の時間が、ゆっくりと過ぎていく。
◇ ◇ ◇ ◇
遠くの空をヴェインたちを乗せた魔導船が飛んでいた頃、レンはルトレーシェが口にした言葉を信じ、帝都にある冒険者ギルドへ足を運んでいた。
多くの人で賑わう中、彼は周囲に目もくれずに受付へと向かっていく。
「レン・アシュトン様、ようこそお越しくださいました」
「この間の話のことで来てみたんですが、大丈夫ですか?」
「かしこまりました。
どうぞこちらへ。受付嬢に案内されてレンはギルドの奥へ進む。
奥といっても従業員が使うような空間ではなく、いわゆる賓客などが足を運ぶための特別な居室である。
長い廊下を進んだ先、特別な居室にも受付があった
高級宿の内装と言わんばかりの特別なギルドが、ギルドの中に存在していた。
壁に張り出された依頼は用いられた紙ですら高級感がある。そんな気がした。
ここにはレンのほかに数人の冒険者がいて、他には依頼に来た貴族たちや資産家、騎士などの姿があった。
「何かご希望はございますか?」
案内してきた受付嬢に問われたレンは、
(そう言ってもなー)
ルトレーシェは詳しいことを語らなかったから、ここからどうしようかという話になる。自分のペースで依頼を読み漁ろうと思ったレンは、受付嬢に「ゆっくり見てみます」と告げた。
「かしこまりました」
受付嬢が離れていってから、レンは張り出された依頼に目を向けた。
・『魔大陸へ向かう空路での魔物討伐。魔導船の甲板にて戦闘予定。
日当500万G+討伐分を参加者で等分』
・『
生え変わり抜け落ちた角を採取してほしい。
報酬応相談。Sランクに属する強力な個体のため、特記事項多数』
・『セイレーンの歌が聞きたい。人寄らずの絶海での護衛を依頼したい。
日当1700万G』
など、ほかにも多数の依頼書。
レンがいつの日か、どこかで見たことのある依頼が何個か並んでいた。
しかし、これだけならルトレーシェが言った助言と関係があるようには思えない。
うんうんと唸っていたレンが依頼を眺めること、数分。
「これって――――」
ある依頼に目が留まった。
・『聖遺物探し。荷物持ち。食事の用意。資料整理の手伝い。その他雑用。
報酬応相談』
他の依頼書と比べるとあまりにも味気ない依頼だった。
レンは七英雄の伝説でこんな依頼はなかったはずだと思った。
だが、注視すべきはそれに限った話ではなかった。依頼人の名にものすごく見覚えがある。
「……ラグナさん?」
記された名は、鞄の旅人。
神秘庁に所属する研究員こと、ラグナ。
ほかに気になる依頼がなかったレンは、ラグナの依頼が書かれた紙を剥いで受付へもっていく。
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