彼を疑ったことなんて、一度もない。
帝都大通りを彩る街路樹の葉が徐々に落ち、枝々が秋の装いを失っていく。
夏の経験から、レンとリシアはより一層訓練に身が入る思いだった。
エレンディルで、学院で、そして獅子聖庁で過ごす時間が一日、また一日と過ぎていく中で生じた、ある変化。
獅子聖庁が最奥にある訓練場で、休憩中のレンが汗を拭い、
……ほんと、夢じゃなかったんだよな。
夢のような出来事。
そうは言ってもいい意味ではなく、複雑な感情である。
しかし、時の檻の中でのことは現実だった。
――――――
レン・アシュトン
[ジョブ]アシュトン家・長男
[スキル] ・魔剣召喚(レベル1:0/0)
・魔剣召喚術(レベル6:586/6500)
レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。
レベル2:腕輪を召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。
レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。
レベル4:腕輪を召喚中に【身体能力UP(中)】の効果を得る。
レベル5:魔剣の進化を開放する。
レベル6:腕輪を召喚中に【身体能力UP(大)】の効果を得る。
レベル7:魔剣を【三本】召喚することができる。
レベル8:*********************。
[習得済み魔剣]
・大樹の魔剣 (レベル4:1726/3500)
自然魔法(中)程度の攻撃を可能とする。
レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。
・ミスリルの魔剣 (レベル4:2151/6500)
レベルの上昇に応じて切れ味が増す。
・盗賊の魔剣 (レベル1:0/3)
攻撃対象から一定確率でアイテムをランダムに強奪する。
・盾の魔剣 (レベル2:0/5)
魔力の障壁を張る。レベルの上昇に応じて効力を高め、
効果範囲を広げることができる。
・炎の魔剣(レベル1:1/1)
その業火は龍の怒りにして、力の権化である。
――――――
剣魔との戦いは現実だ。嘘でも幻でもない。
レベル6で得られた身体の強さは、戦いや訓練の中で以前と比較できないほどの膂力を誇っていた。これはいずれ、レンが別の機会で戦うことがあれば特に役立つだろう。
これまで多くの戦いを経験した彼も、どうせその機会が来ると思っている。
つづくレベル7になれば魔剣を三本召喚することができるようになる。腕は二本だけだから三本目は召喚して鞘に納めておけばいいのかもと思いつつ、先は長い。
……他にも一つ、腕輪の水晶から窺えない情報もあった。
その存在を確認できるようになったのは、ローゼス・カイタスでの戦いを終えたあと。剣魔の魔石を貫いたことで得た力。はじめて、魔剣そのものとは別に得られたもの――――概念としては、恐らく
レンが得た、新たな力強い存在。
気が付いたのはあの戦いのあと。
レンがそれらのことを思い返そうとしていたら、
「休憩中か」
唐突に訓練場にやってきた獅子聖庁長官、エステル・オスロエス・ドレイク。
レンは腕輪から目をそらして彼女を見た。
「お疲れ様です。エステル様」
「うむ。今日も訓練に勤しんでいるようでよろしい。それにしても――――」
彼女は皆の訓練を眺めていたと思えば、いきなり「ふむ」呟いた。
「レン、ちょっと話がある」
「はい――――って!?」
前置きもなしに身体をぐいっと引っ張られ、強引に肩を組まれたレンが驚く。
「いきなりなんですか!?」
「いいから黙って教えろ」
「わ、わかりましたって! ってか、本当に急にどうしたんですか!?」
「まぁまぁ、ちゃんと話すから落ち着け」
「……落ち着いてほしかったら、もっと落ち着いた呼び方をしてくださいよ」
「おお、言われてみればその通りだ」
ため息交じりのレンへ、彼よりずっと背が高いエステルが、
「リシアはどうした」
今日はリシアも獅子聖庁にいて、レンと剣を振っていた。
急にエステルに絡まれ出したレンのことを、彼女は剣を振りながら視界の端にちらちらと収めていた。
「どうしたって、何がです?」
「リシアは最近、まったく神聖魔法を使わないではないか。私は訓練によっては魔法の行使も許可しているというのに、何故だ?」
レンはその理由を知っていたが、答えるわけにいかずごまかしの言葉を口にする。
「神聖魔法に頼りすぎて剣がおろそかになってるからだと言ってました」
「おお、そうだったのか! うむ! 勤勉でよろしい!」
肩が開放され、ほっと胸を撫で下ろした魔剣使いの少年。
リシアは訓練相手との戦いを終え、彼らの元へ足を運んだ。
「お疲れ様です、エステル様。それであの……」
「安心しろ、レンを取って食おうとしたわけではない」
「あ、あはは……エステル様ったら、何を仰ってるんですか……」
「違うのか? 剣を振りながらこちらを気にしていたではないか。それでも一方的に勝利したことは素晴らしいが、怪我をしては危ないぞ。次は気を付けるように」
「……なんでもおわかりですのね。すみません。以後、気を付けます」
ばつの悪そうな顔を浮かべたリシアが照れくさそうに頷いた。
レンは腕時計を見て、
「エステル様、俺たちはそろそろ」
もういい時間だった。
今日も学院が終わってから訓練に来ていたとあって、随分と時間が経っていた。
レンとリシアは軽く湯を浴び、獅子聖庁を出る。
湯を浴びたことによる火照りが、冬が近づく季節の風で和らいでいく。
制服の上にコートを着た二人が歩きながら……いつもならこのまま駅に向かい、エレンディルに帰るだけ。
もう夜の九時を過ぎていたから早く帰らなくては。
「少しだけ、寄り道していかない?」
しかしリシアがいつもの様子で、けれど、やや弱々しい笑みを浮かべて。
レンはリシアの様子を窺うと迷うことなく頷き、
「いいですよ。どこに行きますか?」
「ちょっとでいいわ。いつもより一駅分だけ歩きたいの」
この辺りは官庁街とあって、夜でも賑わっている。
文官に限らず、夜勤の騎士たちの姿も多く、また彼らを客とするレストランなども多くあるからだ。
ここではその姿が少し浮いて見える少年少女。
「そういえば、エステル様と何を話してたの?」
嫉妬による問いかけではない。
彼女に恐らく、という予想があってのことだった。
「リシアが神聖魔法を使ってない件について聞かれてました」
やっぱり、とリシアが苦笑い。
「バレちゃってたのね」
「あのエステル様ですから、いつかこうなってたと思います」
「……うん。わかってる」
「俺からはリシアが、神聖魔法に終始して剣がおろそかになってたからって言っておきました。念のために申し添えておくと、俺の本意ではありませんからね」
「ふふっ、わかってるってば。気を遣ってくれてありがと」
秋の夜空に浮かんだ星々が作る景色は、夏と違うようで同じようにも見えた。
リシアの口から、仄かに白い吐息が漏れた。
「やっぱり、まだちょっと怖いの」
彼女が唯一レンにだけ見せる、か弱くも気丈な微笑みだった。
「あれからずっと。また同じことになったらって思うと神聖魔法を使いたくない」
ローゼス・カイタスにて、魔王軍の将を務めた魔物、剣魔と戦っていたときの出来事が常に脳裏をよぎっていた。
レンの声に救われなければ、あれからどうなっていたか想像もつかない。
だからあれ以来、リシアは神聖魔法を一度も使っていなかった。
「もう、あんなことにはなりたくないから」
彼女の怖れを聞くレンが夜空を見上げ、リシアと同じ仄かに白い息を吐く。
「大丈夫ですよ」
「――――レン?」
「リシアの身体に異変が生じた理由はわかりませんが……」
昔から変わらない、優しい微笑み。
あのようなことになった理由がわからなくても、たとえそれが根拠のない自信ととられることがあろうとも。
レンはそれを、確固たる自信にしてみせた。
「俺が必ず止めてみせます。何度でも、絶対に」
「……ばか」
嬉しくもあったけど、心配でもあった。
「もしも二度目があって、次はレンに攻撃しちゃったらどうするのよ」
あのとき、不可思議な状況から意識を取り戻したリシアは、まるで魔石がレンに命令されて言うことを聞いたような――――そう表現した。
同じことはもう起こらないかもしれないし、起こるかもしれない。
二度目がない保証ができないからこそ、リシアは不安だった。
「あのときの私の力、剣魔だって一人で簡単に倒せそうなくらいだったんでしょ?」
「それは事実ですが……だとしても大丈夫です。俺の方がどう考えてもリシアより強いので、絶対に絶対にどうにかします」
虚を突かれたリシアが何度も瞬きをした。
先ほどまでの不安を少しだけ忘れ、甘えるように。
「あら、こないだまた
「安心してください。俺も追い越されないよう頑張ってますから」
「っ~~い、言ったわね!」
「言いましたよ。俺が本気だってわかってほしいですから」
レンなりに寄り添った言葉で、むしろ他にないとも思える。
魔剣使いの少年が、白の聖女を包み込むように。
「俺はずっと、リシアの前に立ちつづけます。なにも怖いことなんてないと思えるくらい、いつだってリシアの先に立っています」
「…………」
「俺が言うこと、信じられませんか?」
リシアはレンのコートの裾を摘み、彼を見上げる。
「……わざわざ言わせないでよ。結構恥ずかしいんだからね……?」
夜長の空から、雪が舞い降りる。
これまでの冬と違い、いつもより少し早く振りだした雪だった。
――――――――――
告知&お礼です!
ただいま秋葉原駅の目立つところに2巻の巨大ポスターを掲出していただいております! 詳細について、写真付きで活動ノートに記載しております!
本当に大きなポスターなので、是非ご覧くださいませ!
また書籍版への感想など、いつも痛み入ります。
お手に取ってくださった皆様、本当にありがとうございました!
引き続き、2巻をどうぞよろしくお願い申し上げます!
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