【2巻、本日発売です!】秋の休日は忙しなく。

 エルフェン教には正義があった。

 主神が望むは魔王に与する者を皆、亡きものとすること。即ち、魔王教を自由にさせることは主神の意に背くことであると、エルフェン教はそう考えている。



 魔王教には大願があった。

 七英雄と戦い打ち取られたと言い伝えられる魔王を蘇らせ、その魔王の悲願を果たすことにすべてを賭けていた。

 魔王の宿願は主神を殺すこと、魔王が世界を恐怖に陥れた理由だ。

 何故、主神を殺そうとしていたのかは、誰一人として知る由もなかった。

 いまでは、魔王の強大な力に魅入られた者らがその復活を願うのみ。



 帝都、神殿が立ち並ぶ厳かな区画。

 近頃はエルフェン教と魔王教の戦いが毎日のように話題に挙がる。



『七英雄に敗北した魔王を信奉したところで、どうせ二の舞』


『左様。奴らも愚かだ。英雄派の勢いが増しているというのに、何故レオメルに手を出そうと思ったのか』


『愚かだから負けたのだ。聖なる力を前にしてのう』


『昨今はレオメルを避けているとも聞きますぞ。レオメルが保有する軍に加え、聖地が魔王教対策に本腰を入れはじめたことで、レオメルに手を出しづらくなっているとか』


『もはや先が見えたも同然。教主や幹部がいるそうじゃが、恐れるに足らず』



 聖職者たちの間には、魔王教の振る舞いを一蹴する意見が多かった。

 済ました声も、老成して嗄れた声も、主神の威光を信じて止まない。この状況をエルフェン教の好機と捉える者もいたくらいだ。



 朝の礼拝を終え、外で話をする聖職者たち。

 彼らの近くを、白龍姫が歩いていた。



「これは剣王殿」



 白龍姫ルトレーシェ、レオメルに力を貸している見目麗しい剣王である。

 悠然と、誰に声を掛けるわけでもなく一人で歩いていた彼女がふと足を止めた。聖職者に声を掛けられたからだ。



「何か?」



 冷ややかではないが、あまり好意的な声音の返事ではなかった。

 一瞬、聖職者たちはルトレーシェの美貌と、硬い声に圧を感じて息を呑む。



「……剣王殿から見て、最近の情勢はいかがでしょうか?」


「最近の情勢? エルフェン教と魔王教の小競り合いのことを仰っているのでしょうか」


「もちろんです」


「――――それでしたら」



 剣王は皆、常人離れした力を持ち、超然とした人となりをした者ばかり。

 されど魔王は別。世界を混沌に貶めた存在が関係してると聞けば、さすがの彼女も興味を抱くと思っていたのに……



「私には関係のない戦いです」



 彼女は躊躇することなく言い切り、聖職者たちを驚愕させた。



「そんなことより、ローゼス・カイタスの件はどうなったのです?」


「あれこそ、時の女神が示した神性の証。剣王殿は何を気にしておられるので?」


「本当に神性それだけなのか、ということです。私も現地を拝見しましたが、魔力の名残りが感じられましたよ。邪悪で力強い、古代のものでした」


「浄化される直前まで、敵が生きていたのでしょう」


「ええ。それほど強大な魔物が封じられていたようです」



 自信満々に、誇らしげに言う聖職者たちの話を聞き、ルトレーシェは彼らを称賛するわけでもなく表情を変えた。



「……おかしなことをいいますね、あなたたちは」



 白龍姫がはじめてみせた笑みは妖艶だった。

 くすりと微笑し、すぐに興味を失った様子で、



「時の女神の力とやらも、魔王軍の力を浄化するのにこれほどの時間を要するのですか? 数百年、決して短い時間ではありませんよ」



 聖職者たちに対して、神に対しての挑発的な発言である。

 相手が一般人なら激怒しただろう。けれどいま、聖職者たちの前に立つのは白龍姫ルトレーシェその人だ。

 敵意を示すのは、恐れから本能が避けてしまう。



「それは――――」


「我ら人の身で神の力を論ずることなど……」


「ふふっ、論ずることができない力を偉大と称するのですか? まるで理解できていない力だと言うのに?」


「……」



 彼らなど、石畳を這う虫のように屠られる。

 敬虔な聖職者らは、情けなくもルトレーシェを見送った。



「――――神様なんて、大っ嫌いです」



 穏やかなこの区画の片隅で、彼女はそう吐き捨てた。



 帝都に存在する戦神の神殿は静かだった。

 秋口の夜明けは夏に比べて日が昇るのが遅いが、神殿の中は暗くない。神殿内を構築する磨き上げられた石材に魔道具の光が反射していた。

 彼女の目の前にある石板に浮かんだが文字も光を放ち、辺りを鈍く照らす。



 ――――五位・白龍姫ルトレーシェ



 剣王序列。

 自分以外も含めた世界最強の五人の名を双眸に映した彼女は、その目に様々な感情を浮かべていた。

 感情のすべてとそれらを思う理由は、彼女のみぞ知る。

 聖職者たちに覚えた煩わしさは、とうに忘れていた。



 カツン、ルトレーシェが神殿の中に足音を響かせたのはそれから。

 すると、



「ここにいたのか」



 ルトレーシェが石板に背を向け、この神殿を後にしようとしたところで届いた声。



「第三皇子ですか」



 彼女が見た先に、広い回廊に並ぶ柱を背に立つ少年がいた。

 こんな時間から第三皇子がどうして、とは口にしない。

 第三皇子、雑にそう呼ばれることは昔のことだから、ラディウスは気にしていなかった。



「少しだけ時間を貰いたい。話がしたくてな」


「申し訳ないのですが、私は特にありませんので」


「たとえアシュトン家のことでもか?」



 本当に微かな動きだった。

 しかし間違いなくルトレーシェの眉が揺らいだのを、第三皇子は見逃していない。



「夏のことが度々脳裏をよぎっていた。というのは今夏に限った話ではなく、昨夏のこともそうだ」


「前置きは結構です。本題を」


「ああ、ではそうしようか」



 ラディウスが柱に背を預けたまま、



「アシュトン家について、何か思うことでもあるのか?」



 今度は何も。

 ラディウスが注意深く様子を窺おうと、ルトレーシェは一切の反応を示さない。

 


「クラウゼル家に仕える騎士、と」


「他には?」


「さぁ、あまりよく存じ上げません」



 ここでそうかと頷けるはずはないが、これ以上の答えが望めないことをラディウスは知っていた。

 そして、命令することもできない。剣王ルトレーシェは誰に仕えるわけでもなく、彼女の厚意でレオメルに手を貸している傭兵に似た存在だ。レオメル皇家の強権でも縛れない、世界でも数少ない理不尽な力を持つ個人である。



 ルトレーシェは興味を失った様子で再び足を動かし、ラディウスの前を横切った。

 もう、ラディウスを一瞥することもなく。



「白龍姫、アシュトンと聞き大時計台で手を貸した理由は?」



 彼女は足を止めずに言う。



「噂の実力が気になっただけですよ。私は以前、同じ答えを口にしたはずですが」



 やはりそれ以上の言葉はなく、神殿を後にした。

 彼女の後姿を見送るわけでもなく、柱に背を預け腕を組んでいたラディウスが剣王序列者の名が刻まれた石板を見る。

 


「世界最強の五人に数えられる者が、ただそれだけで一人の少年に興味を抱くとは思えんがな」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ローゼス・カイタス。

 レオメル帝都から魔導船で進んだところにある、数百年前から封印されていたエルフェン教の聖域のことだ。



 この夏、ローゼス・カイタスを覆っていた封印が解けた。

 世界中のエルフェン教徒に衝撃を与えた出来事は、帝都で開かれる学生たちのための催し事、獅子王大祭の最中に起こった。

 聖歌隊が歌を捧げてすぐの出来事とあって、教徒は祈りが届いたと思っている。



 が、事実はそうではない。

 レンが、リシアがローゼス・カイタスを覆う封印、時の檻の中に巻き込まれたことを発端として、二人が魔王軍の将を倒したことで時の檻が消えたのだ。

 どうして時の檻に巻き込まれたのか、まだ謎は残っている。



 それらの事実を知る者は限られており、知る由もない聖職者たちはエルフェン大陸のいたるところからひっきりなしに足を運んでいた。



 九月を過ぎ、そして十月に入ったいまでもそれは変わっていなかった。



 そして、剣魔が死ぬ間際に口走った神子という言葉と、剣魔によるアシュトンへの執着。

 すべてはいまだ不明のまま、レンは秋の休日を過ごそうとしていた。



「はぁ……はぁ……っ……!」



 レンが帝都に到着して間もない魔導列車を飛び出して、別のホームへ駆けていく。

 腕時計を見れば、時刻は朝の十時四十分。約束していた十一時に間に合うか、ギリギリだった。



『――――間もなく――――行きが発車いたし――――』



 ホームに響き渡ったのは、レンが乗り換える予定だった魔導列車の案内だ。

 レンはより一層忙しなく足を動かし、休日の人で賑わう駅を駆け抜けた。やがて、どうにか乗り継げた魔導列車の中で息を吐いた。



 なんとか間に合った。

 落ち着いたレンが額にうっすら浮かんだ汗をぬぐう。



「……よし」



 周りの乗客は、休日を楽しむ会話で賑わっていた。

 魔導列車の窓からは、休日の帝都がよく見えた。

 秋になり、人々の服装も移り変わっている。街路樹を彩る青々とした緑も消え、少し物悲しくとも情緒あふれる景色が広がっていた。



 レンもコートを着ていた。

 冬に着る物より薄手で、都会に住む者らしく洒落たコートだった。



「ギリギリ……かな」



 念のためにもう一度時計を見た。腕輪をしていると手元がかさばるから、胸ポケットに入れた懐中時計だった。

 魔導列車が線路を進む音と、僅かな揺れ。

 レンは安堵のため息を漏らし、もう一度息を吐いたのだった。



――――――――――



 本日、原作書籍2巻が発売となりました。

 すでに読了報告をくださった皆様、お手に取ってくださった皆様、本当にありがとうございます!


 また1巻(電子版)が2巻の発売に合わせてセール中ですので、書籍版がまだの方も是非、この機会にご検討いただけますと幸いです!


 引き続き書籍版も、何卒よろしくお願いいたします!

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