獅子王大祭がはじまって。
獅子王大祭がはじまる前日、学院が休みの朝に。
「少しだけなら、使えるようになってきたかも」
また一人、森にやってきて新技の訓練をしていたレン。
この日も炎の魔剣を使った訓練を終えてから、襲い掛かって来た魔物たちが横たわる傍で彼は腕輪を見た。新技の訓練がてら、襲い掛かってくる魔物の相手をしていたからそれなりに熟練度が溜まっている。
鉄の魔剣にいたっては、
・鉄の魔剣(レベル3:4400/4500)
次のレベルまで、ちょうど切りのいい数字だ。
……鉄の魔剣は木の魔剣こと大樹の魔剣と違い、最初からレベルアップに必要な熟練度が多かった。ここまでくるのにもかなり苦労したことをレンは覚えている。だからもうすぐレベルが上がると思うと、自然と頬が緩む。
(そろそろ鉄の魔剣も進化してくれたりしないかな)
進化したらどういう名前になるだろう。
それを想像するだけでも気分が高揚してくる。
だが、今日はここまで。もう町を出てから結構な時間が経っているし、獅子王大祭の前に怪我をしてもまずい。
レンは冷静にそのことを考えてから、イオの傍に戻った。
「イオ、帰ろっか」
『ヒヒィン!』
日が昇ってからもう二時間近く経っている。
狩った魔物を縄で縛り上げて担ぐと、そのままイオに乗った。イオはその程度の重さはものともせず、いつも通り歩きはじめた。
森を抜け、街道を進む。
エレンディルに帰り、ギルドに寄ってから屋敷への帰路に就こうとしていた頃。
「やぁ、レン」
エステルに声を掛けられたのは、その途中でのことだった。
朝の賑わいの中にある大通りにて。
「おはようございます。今日はどうしてエレンディルに?」
「非番だから外の空気でも吸おうと思ってな。帝都は混んでるから、少しでも人が少ないエレンディルに来たわけだ」
しかしエレンディルもいつもと違って大いに混み合っている。それでも、帝都に比べたらかなりましだろうが。
「レンはどうした? 見たところ町を出て剣を振ってきたところか?」
「はい。そんな感じです」
さらっと誤魔化したレンがエステルに尋ねる。
前もこうしてエレンディルで顔を合わせたことがあったからだ。
「エステル様って、普段はどういうお仕事をされてるんですか?」
「私か? 獅子聖庁に舞い込む仕事を確認したり、騎士の管理をしている。長官という役職の割には、現場仕事が多いな」
「なるほど。だから普段はお忙しそうなんですね」
エステルは「帰国したというに、仕事ばかりで夫との時間もとれん」とため息交じりに言った。いくら長官でも息抜きは必要だろう。こうして外を歩きたくなる理由も理解できる。
(旦那さんは帝都にいないのかな)
夫婦仲が良いことは彼女の態度から察しが付く。それなのに休みの日に一人で街歩きをしているあたり、レンの予想は的外れではないのかもしれない。それかエステルの夫も忙しく、休日が合わなかったのかもしれないが……。
「ふわぁ……」
エステルが欠伸を漏らした。
「非番と言っても、午後から獅子聖庁に行かねばならんのだがな。――――ところでレン、あれから剣の調子はどうだ?」
「まぁまぁです」
「……ふむ。何か心境の変化があったらしいな」
「え? どうしてわかったんです?」
「先日と違い、晴れやかな表情に見える。迷わず答えたのもそうだ」
レンは苦笑して、頬を掻く。
実際、色々なことがあって以前より調子が良い。そんなレンの様子を見て満足したのか、エステルは腕時計を見てから、帝都へ帰るため空中庭園へ向かって歩を進めへじめた。
彼女はレンに背を向けて、
「私はもう行く。励めよ若者」
「わかりました。帝都までお気をつけて」
「ふっ、誰に物を言っているのだ。まったく」
エステルは背中越しに言って、片手を上げて軽く振った。
数歩進んだところで、猶も足を止めぬまま、
「剛剣の本質は獅子王が
そう言い残し、レンの前を立ち去る。レンはいまの言葉を反芻しながら、じっと彼女の後姿を見送った。
……片やエステルは賑わうエレンディルの大通りを一人で歩きながら、
「不思議な少年だ――――会うたびに別人のように強くなっている」
楽しそうに笑って呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
新たな週のはじめ。
大講堂に集まった生徒を見渡しながらクロノアが、
『みんな、この学院の生徒として節度ある楽しみ方をすること! 今回のお祭りのために頑張ってきた人たちへの感謝を忘れないようにね!』
全校生徒に告げてすぐ、指をパチン、と鳴らす。
大講堂の外へ通じる扉がすべて一斉に開かれて、数多くの生徒たちが意気揚々と立ちたがる。
『行ってらっしゃい! みんな頑張ってね』
歓声に似た声が大講堂中に響き渡った。
今日からはじまる獅子王大祭では、帝都のいたるところに設けられた会場が賑わうだろう。特に武闘大会が行われる帝都大闘技場では、巨大な会場を観客が埋め尽くすはずだ。
『っしゃあ! 行くぜ行くぜ!』
二年次の生徒たちが座る席でカイト・レオナールが。
『行きましょ、ヴェイン!』
『ああ!』
レンとリシアの近くで、セーラ・リオハルドとヴェインの二人が。
武闘大会に出場する生徒たちは特に多くの注目を集めながら、この大講堂を後にした。だが、他の競技に参加する生徒たちも負けずに期待を背負っている。
彼らはこの学院の代表として胸を張って各会場へ向かっていく。
今日ばかりは、この大講堂に残って話をしようとする生徒は皆無だった。
――――ここまでが朝一のことである。
場所は変わり、帝都の中でも学び舎が並ぶ区画のすぐ傍。
そこにある広場は普段、学生向けの屋台が並ぶ場所だったのだが、この獅子王大祭期間中は違っていた。普段と違い、獅子王大祭の運営が用意した各学び舎の本部が置かれている。
「ここが我らの本部になる」
ラディウスが言った。
ここは簡易的な建物と言ってもそれなりに丈夫で、中に入ると外の声があまり聞こえなくなるくらいには防音性能も高かった。作業に使うための家具やちょっとしたキッチンもあることから、利便性の高さが見て取れる。一見すれば、小さな民家のような造りだ。
全員が席に腰を下ろしたところで、ラディウスがつづける。
「基本的にはここで仕事をすることになる。といっても、準備期間以上の仕事量はない。それなりにゆとりがあるはずだ」
今日からはこの本部に残り、これまで以上に裏方に徹するのみ。
「競技に参加する生徒が質問に来ることがあるかもしれんし、教員側から何らかの共有事項があって連絡が来ることもある。が、各会場には既に必要な物資を準備してあるし、教員もいるから我らが現地でする仕事は少ない」
だが、ゼロではないため数える程度に仕事がある。
そのための本部で、実行委員はそのために常駐するのだ。
「私はこの後少し席を外す。レンには武闘大会の会場で仕事を頼もうと思っていた。私とレン以外の三名には、ここで仕事をしてほしい」
この本部が並ぶ区画の警備は万全だと言う。ラディウスがいることもあり、辺りには獅子聖庁の騎士たちもいるそうだ。
……どうせ隠れてイグナート家の者もいるだろうから、心配は不要だ。
「ラディウス、俺が途中まで護衛しようか?」
「気にするな。今回は
「……おー」
なら、自分は必要ないな。
レンが思わず苦笑した。
「レンは確かユリシスたちと話す予定があったな。ならあっちで仕事をしていた方が楽なはずだ」
「ごめん。気を遣ってもらっちゃって」
「構わんさ。普段は私の立場で皆に気を遣わせているからな。――――というわけで、レンは帝都大闘技場へ向かってもらいたい。あちらにも我が学院の準備室があるから、そこで仕事に勤しんでくれ。することは現地にメモを用意してある」
ラディウスはそう言うと、さっさと本部を出て行ってしまう。
レンは彼を見送ってからミレイを見た。彼女はレンが何言いたいのかすぐに察して口にする。
「こっちのことなら任せるのニャ。帝都大闘技場での仕事はレン殿一人で問題ないはずニャから、それも心配要らないのニャ」
「りょーかいです。では、本部はお任せします」
「ん、任されたのニャ」
「というわけでリシア様、フィオナ様、俺は帝都大闘技場に行ってきます」
すると、二人の令嬢がレンを見て微笑む。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「私たちはこっちにいますから、困ったことがあったらいつでも呼んでくださいねっ!」
レンは二人と軽く言葉を交わした後に、不要な荷物を本部の棚に置いた。
もう一度「行ってきます」と口にして外に出ると、燦々と降り注ぐ陽光に目を細める。
広場を歩いていると、僅かに汗が浮かんできたことに気が付き、
「もう夏だなー」
つい先日まで春だった気がするのに、もう夏なのかと笑いが零れた。
闘技場へ向かう足取りは、いつも以上に軽い。
◇ ◇ ◇ ◇
帝都大闘技場は既に賑わっていた。
もうすぐ記念すべき初戦が行われるとあって、観客たちも興奮している。夏の暑さに負けじと、観客の熱気に包まれていたのだ。
レンは帝都大闘技場の中でも一階にある、戦いの舞台へ通じる連絡通路にいた。
連絡通路の傍には各学び舎の実行委員や教員が使えるよう、準備室が設けられている。
いまそこを出たばかりのレンは、各学び舎の代表たちの様子を眺めていた。
(みんな緊張してる)
中でもレンは、ベンチに座った一人の男子生徒に意識を向ける。
勇気に満ち溢れた少年ヴェインといえ、これほど巨大な催し事で名門の代表を務めることは緊張して止まない。
何せ彼は、この後すぐの開幕戦で戦うのだ。
いつもは傍にいるはずのセーラもすぐに出番がやってくるため、支度に勤しんでおりここにはいなかった。
「大丈夫……やれることをやるだけだろ。村を出てずっと頑張ってきたんだ。その成果を見せろ――――ヴェイン」
ヴェインの呟きが聞こえて来たような気がした。
レンはそんなヴェインを見てから一度準備室の中へ戻り、準備室内に置かれた木箱を空ける。木箱と言っても中に魔道具があるため、容器に入った飲み物は冷えていた。
これを配るのは本来、レンの仕事じゃない。
あくまでも剣術などの授業の教員が担当する仕事なのだが、その内の一本手に取ったレンは改めて準備室を出る。
ヴェインの傍へ近づき、彼の隣に腰を下ろした。
「少し飲んでから行った方がいいよ」
「レ、レン!? どうしてここに!?」
「実行委員の仕事の一環としてかな」
「ああ……だからなのか……」
ヴェインはレンから受け取った飲み物を一口飲む。次に大口を開けて、今度は一気に飲み干した。
「ははっ、すっごく冷たい」
緊張で喉がカラカラに乾いていたヴェインは、いまのやり取りで少しだけ緊張がほぐれたようだ。
レンはヴェインの隣に座りながら、次にどう声を掛けるか考えはじめる。
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