神聖魔法の現状と。
夜の庭園に白い光があった。
レンが魔剣召喚術の件について、クロノアと話した同日のことである。
「どう?」
その光を放っていたリシアの口から、白い光こと神聖魔法の効果について尋ねられたのはレンだった。
二人は庭園のテラス席に向かい合って座っていた。
「リシア様の神聖魔法、また練度が上がってるみたいです」
「よかった。練習してきた甲斐があったみたい」
「毎晩練習してるのは知ってますが、それにしても成長著しいどころじゃないような……」
「そう? けど、それを言ったらレンの剣もじゃない」
実際そうなのだが、それはそれとしてリシアの神聖魔法も急成長を遂げていた。二人がはじめて会った頃の神聖魔法とは見違える。イェルククゥと戦った頃の神聖魔法も相当なものだったが、いまでは当時と比較にならない。
リシアの剣の腕は言うまでもないが、レンにとっては神聖魔法の成長も驚嘆に値した。
「でも私、納得いかないことがあるの」
リシアがじっとレンを見ながら。
「え? 何がです?」
「レンから見て、私の神聖魔法がすごく成長してるのは嘘じゃないのよね?」
「当たり前じゃないですか。別にお世辞を言ってるわけじゃないですよ」
「……なら、猶のことよね」
するとリシアはやや唇を尖らせてみせた。普段、学院では決して見せない年相応で自然な態度は、レンの前でよく披露されるそれだ。
気取らなくていい、素の自分をさらけ出せるからこその姿だった。
「私が自分に神聖魔法を使っても、まだレンには勝ててないのよね」
「そう言えば、最近はそういう立ち合いもしてなかったですね」
「ええ、剛剣技の鍛錬にばっかり気を取られていたもの。それと、実行委員の仕事があるから、無茶してもダメだったから」
神聖魔法と纏いと併用すれば、リシアの実力は更に跳ね上がる。剣速や身のこなしなど、多くの面で普段以上の力を発揮できるのは彼女の強みだった。
彼女が不満なのは、それでも昔からレンに勝てていないことだ。
はじめて神聖魔法を使って立ち合ったのは、アシュトン家の屋敷でのことだった。次はクラウゼルの屋敷で、エレンディルに来てからも何度もその機会があったのにもかかわらず、結果はすべて同じ。
そうした過去を思い出したリシアが
「…………むぅ」
レンの前に座ったまま、もう一度唇を尖らせた
恨めしそうにレンを見ていると言うよりは、自分を情けなく思う気持ちが表情に現れているように見える。
それでも可愛らしいのは、やはりリシアだからと言ったところだろうか。
「ひ、久しぶりにしてみますか?」
「ううん。我慢する。もうすぐ獅子王大祭があるんだし、ここで無理をして怪我をしたら大変だもの」
リシアはそう言うと、いつものように微笑んだ。
気が付けば、庭園に来てからそれなりの時間が経っていた。
先に立ち上がったレンがリシアの傍へ行って彼女に手を差し伸べると、彼女はその気遣いが嬉しくて少し頬を緩ませた。
「今度やるときは負けないんだからね」
「俺もですよ」
二人はこれで夜の訓練を終えて屋敷の中へ帰る。
互いに自室で寝るまでの時間の中で、勉強をしたり身体を休めたりといつものように過ごすため。
まずは湯を浴び、自室で軽く息を吐く。
……二人が互いの自室でそうしていると、給仕が彼らを呼びに来た。どうやらレザードが執務室に来てほしいらしく、二人を呼びつけたのだ。
一足先に執務室へ足を運んだレンにつづき、リシアが足を運んだ。
執務室で二人を迎えたレザードは、獅子王大祭中の客対応に関する情報を二人に共有した。他にも、エレンディルが普段とどう変わるのかも交える。
それらを確認していく途中でレザードがつづけた。
「後は普段はない経路で魔導船を飛ばす件くらいか」
レンとリシアがきょとんとしていると、レザードがつづきを語る。
「国内外から多くの客人がやってくることは二人も知っての通りだ。中には敬虔なエルフェン教徒が数えきれないほどいる。特に国外から足を運ぶ客人は、この機会にエルフェン教の神殿などに参拝しにいくのだ」
「ということはレザード様、帝都大神殿とかが賑わうんですよね?」
「ああ。帝都大神殿はもちろん、ここエレンディルも、過去には獅子王が戦地に赴く前に祈りを捧げた由緒正しき地だ。エレンディルの古い神殿などもエルフェン教徒で賑わうだろう」
それはそれとしてリシアは先ほどレザードが言った、普段はない経路で魔導船を飛ばすという言葉が気になった。
帝都大神殿などの話と関連性が無いように思えたからだ。
「お父様? 魔導船のことはどうしてですか?」
「ああ、そのことなら――――」
レザードが地図を広げた。
それは今回のために用意した真新しい地図で、既に魔導船が飛ぶ経路が赤い線で示されている。距離や所要時間など、細かな数字も併せて記載されていた。
「エレンディルから魔導船で三十分ほど。帝都からもそう遠くない場所に位置した、古い聖域の近くへ行くための魔導船だ」
理由を語ったレザードの指先が、地図上の一点に置かれた。
(――――そこって確か)
遥か昔、誰が造ったのかもわからない遠い過去から存在する場所だ。
一つの山の大部分を抉ったような地形をしており、そこに巨大な神像が並んでいる。古き時代は、日々数多のエルフェン教徒で賑わっていたそうだ。
他にレンがわかることと言えば、魔王に襲われた影響でいまは出入り口が封印されていることなど。
(七英雄の伝説でも行けない場所だったっけ)
地図の中にそれらしきアイコンはあった。
しかし、プレイヤーが行くことはできず、ローゼス・カイタスについては帝都大神殿などで話を聞けるだけだった。地図上では意味深にアイコンが用意されていたので、プレイヤーたちの間では七英雄の伝説Ⅲで登場するかも……と語られていたのみだ。
レザードがその地を示したことで、レンは強く興味を抱いた。
どういう場所なのだろう、と考えさせられる。
「二人はこの地のことを知っているか?」
「ええ。もちろんです」
「俺も知っています」
「では、どういう地か説明は省かせてもらおう」
今回の話に至ったのはいくつかの理由があった。
「ローゼス・カイタスはいまでこそ大部分が山ごと封印されているが、山のふもとは例外だ。登ろうとすれば途中から封印で足止めされるし、その奥を見ようとしても、霧で霞んでわからない。だが、近くへ行くことはできる」
そこへ行こうとする者が多いことから、それならと魔導船が用意される。
ローゼス・カイタスの近くに魔導船乗り場はないため、開けた場所に簡易的なその場所が設けられるようだ。
また、もう一つ。
「エレンディルから向かう街道はあるが、かなり古い。石畳も多くが割れてしまっているほどでな。なので整備し直す際、せっかくだからエレンディルとローゼス・カイタスの中間に経由地を設けるのはどうか、という案が出ているのだ」
「経由地というと、町みたいなものを作るんですか?」
「いや、さすがにそこまでの規模ではない」
騎士の詰め所をはじめとして、街道の安全管理にも役立つ中継地になるようだ。もちろん宿なども併設されるため、それなりの儲け話でもある。
話を聞くレンは頭の中で、里帰りしたときににみた村がもう少し発展したくらいを想像していた。
「そうした話が浮上していることもあり、巡礼者とは別に、連日、かなりの文官や貴族が足を運ぶことになる。獅子王大祭期間中は、普段帝都にいない貴族や商人もやってくるから、都合がよくてな」
臨時の魔導船が出るのはむしろこの理由の方が強かった。
「ローゼス・カイタスの周辺は安全なんですか?」
レンが尋ねた。
陸から向かえばかなり街道を進まなくてはならないし、多少魔物が現れることも想像できた。
けれどレザードは「問題ない」と言い切る。
「聖地とレオメルが連携して管理してる地とあって、周囲の森にも魔物一匹いない。ローゼス・カイタスを囲む封印もとてつもない力があり、何百年経っても変わっていないそうだ」
ローゼス・カイタスには聖なる力が満ちていたから、猶更だそう。
それを聞いたレンはさすがの封印だと感嘆した。
◇ ◇ ◇ ◇
「魔王軍が帝都に迫った当時、レオメルとエルフェン教が力を合わせて撃退したのよね。それ以来、戦地になったローゼス・カイタスは封印されてるって」
翌日、午前の授業の休憩中にセーラが言った。
彼女は共に廊下を歩くリシアにその話をつづける。
「エルフェン教の神秘も混じってて、いまでは同じ封印を施すことは不可能って言われてるみたいよ。あたしも前にローゼス・カイタスの近くにいったことはあるけど、外から見てもわかるくらいすごい封印だって思ったし」
それほどの封印を用いた理由は、魔王が部下に授けた力を風化させるため。
エルフェン教の力を以てしてもそれを浄化しきることができなかったことから、長い年月をかける方法が選ばれた。
当時、七英雄がその場にいれば話は別だったのかもしれないが……。
「それでリシア、急にローゼス・カイタスの話をしてどうしたの? 大神殿から何か声でもかかった?」
「ううん。ただ昨日、お父様との話題に出たから」
「あー……クラウゼル子爵は確かに忙しそうよね。魔導船の便が特別に増えるからでしょ?」
「ええそう。私はローゼス・カイタスに行ったことないけど、セーラなら見たことあるかもって思ってたの」
「せっかくだし、リシアも行ってみたら?」
「無理よ。もう予定が詰まってるし、この忙しい時期に行く必要もないでしょ?」
「そうよね。実行委員の仕事とクラウゼル家の仕事で大変でしょうし」
クラウゼル家は以前までと違い、上位貴族に強く出られることがあまりない。もしあっても、多少言い返せるくらいには力を付けていた。つまり、あまり爵位を気にせず仕事をできるようになっていた。
廊下を歩いていた二人は、その反対側を一人で歩くレンの姿に気が付いた。リシアがじっと彼を見つめる様子を、隣からセーラが眺めている。
するとリシアがおもむろに、
「あの――――」
リシアのいつもと違い歯切れが悪そうな言い方だった。
心なしかその姿も、セーラの目には印象的に映っていた。
「セーラって、ずっと前から名前だけで呼ばれてるの?」
「名前? どういう――――」
リシアがレンをじっと目で追っていたことから、すぐに察しがついた。
「ああ、なるほどねー……」
他でもないリシアに尋ねられたとあって、セーラは自分がどうだったのか昔のことを思い返す。
――――――――――
本日からまたどうぞよろしくお願いいたします……!
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